そこで不意に何かに腕が引っ張られた。見ると綾奈が僕のシャツの袖を掴んでいる、というより握りこんでいる。
「ママ! 馬鹿なこと言ってないで! 今日はもう帰るって言ってるでしょ! 明日も学校あるんだから……蓮もへらへらしないの!」
さっきと言ってること逆じゃないですかね?
あと断じてへらへらなんてしていない。そう反論したかったが「早く! は・や・くっ!」と彼女が後ろから僕の背中をグイグイ押すためそれも出来ず、僕はそのまま彼女に玄関まで押し出されていく。その際チラと見えたおばさんの顔にはあのいつものニヤニヤした笑みが浮かんでいた。
彼女に急かされるままに玄関で靴を履くと、僕は二人に向き直った。
「じゃあ、お邪魔しました」
そして僕はこれまで何度したかも分からないその別れの言葉を口にしお辞儀をする。
「いいのよ~。また来てね。蓮くん。もうほとんど家族みたいなものなんだから~…………それに……いつか本当の家族になるかもしれないし。ね? 綾奈?」
おばさんはそう言うと綾奈に笑みを向ける。その表情は本当に心底意地悪そうな笑顔だ。
それに対し綾奈は瞬時に顔を真っ赤にした。
「何言ってるの! ママ!」
おばさんに掴みかかりそうになっているのを横目に僕は施錠を外すと扉を開いた。そしてそのまま外に出るとギャーギャー言い合う二人に向かって小さな声で「お邪魔しましたー……」と届くかも分からない挨拶をして静かに扉を閉めた。
外に出るとやはり肌寒さを感じた。
閉めた扉を見て、そこから漏れ出てくる彼女たちの声を聞き、出来るだけ早めに施錠をしてくれることを願いながら歩き始める。が、それから間もなく後ろで扉が開く音がした。
振り返ると赤い顔の綾奈が立っていた。急いで出て来たのか足に履いたサンダルが左右逆になっている。
「どうかした?」
首だけでなく身体ごと彼女に向き直り訊ねると、彼女は「え……と、その……」と落ち着きなく視線を彷徨わせる。
そのまま黙ってその様を見守っていると、やがて彼女は胸の高さまで右手を上げた。そして
「おやすみ……またね」
やわらかくはにかみながらその手をパタパタと振った。
トクン
胸の奥が微かにときめく
じわりと温かいものがひろがった気がした。
…………僅かな苦さを伴いながら。
僕は彼女同様に片手を上げる。
「うん。おやすみ。またね」
そう言って笑みを浮かべた。
それに彼女は満足したようで改めてやわらかい自然な笑みを浮かべる。
その笑顔を受けながら僕は廊下を進みそのまま階段を下りた。
もう振り返りはしなかったが、僕の姿が見えなくなっても彼女が見送ってくれている気がした。
「ママ! 馬鹿なこと言ってないで! 今日はもう帰るって言ってるでしょ! 明日も学校あるんだから……蓮もへらへらしないの!」
さっきと言ってること逆じゃないですかね?
あと断じてへらへらなんてしていない。そう反論したかったが「早く! は・や・くっ!」と彼女が後ろから僕の背中をグイグイ押すためそれも出来ず、僕はそのまま彼女に玄関まで押し出されていく。その際チラと見えたおばさんの顔にはあのいつものニヤニヤした笑みが浮かんでいた。
彼女に急かされるままに玄関で靴を履くと、僕は二人に向き直った。
「じゃあ、お邪魔しました」
そして僕はこれまで何度したかも分からないその別れの言葉を口にしお辞儀をする。
「いいのよ~。また来てね。蓮くん。もうほとんど家族みたいなものなんだから~…………それに……いつか本当の家族になるかもしれないし。ね? 綾奈?」
おばさんはそう言うと綾奈に笑みを向ける。その表情は本当に心底意地悪そうな笑顔だ。
それに対し綾奈は瞬時に顔を真っ赤にした。
「何言ってるの! ママ!」
おばさんに掴みかかりそうになっているのを横目に僕は施錠を外すと扉を開いた。そしてそのまま外に出るとギャーギャー言い合う二人に向かって小さな声で「お邪魔しましたー……」と届くかも分からない挨拶をして静かに扉を閉めた。
外に出るとやはり肌寒さを感じた。
閉めた扉を見て、そこから漏れ出てくる彼女たちの声を聞き、出来るだけ早めに施錠をしてくれることを願いながら歩き始める。が、それから間もなく後ろで扉が開く音がした。
振り返ると赤い顔の綾奈が立っていた。急いで出て来たのか足に履いたサンダルが左右逆になっている。
「どうかした?」
首だけでなく身体ごと彼女に向き直り訊ねると、彼女は「え……と、その……」と落ち着きなく視線を彷徨わせる。
そのまま黙ってその様を見守っていると、やがて彼女は胸の高さまで右手を上げた。そして
「おやすみ……またね」
やわらかくはにかみながらその手をパタパタと振った。
トクン
胸の奥が微かにときめく
じわりと温かいものがひろがった気がした。
…………僅かな苦さを伴いながら。
僕は彼女同様に片手を上げる。
「うん。おやすみ。またね」
そう言って笑みを浮かべた。
それに彼女は満足したようで改めてやわらかい自然な笑みを浮かべる。
その笑顔を受けながら僕は廊下を進みそのまま階段を下りた。
もう振り返りはしなかったが、僕の姿が見えなくなっても彼女が見送ってくれている気がした。