「あ……もうこんな時間か……」
 ふと見上げた時計は丁度十時になるところだった。
 あれから休憩をはさみながらゲームをし、気づけばもうだいぶいい時間だった。楽しい時間というものはあっという間に過ぎ去るということをこういう時に痛感する。
 人様の家にあまり遅くまで居座るのは失礼だ。それに明日のこともある。
 今日が日曜日、明日は月曜日。つまりは学校だ。
 もうそろそろお開きにした方が良い頃合いだろう。そのことを未だゲーム画面に集中する綾奈に伝えたところ
「えー……」
 案の定不満げな反応が返ってきた。口を尖らせ半眼でこちらをジトッと見つめてくる。
「もう少し良いじゃん……」
 そしてやはり駄々をこねる。
「綾奈の場合もう少しがもう少しにならないでしょー」
「むー……」
 以前やはり「もう少し」と駄々をこねた彼女の言葉を真に受けたことがあったのだが、いくら時間が経てども「もう少し」「あと少し」とずるずると居座ることになってしまい、結局日付を跨いでしまったことがあった。
 普段テスト勉強の期間でもない限りそう夜更かししない僕は翌日寝坊をし、危うく学校に遅刻しかけた。目覚まし時計が鳴ったことを覚えていないなんてことは初めてだった。
 それからというものしっかりと時間を確認し、彼女の言葉の誘惑に負けないように自らを厳しく律するようにしている。
 やはり睡眠は十分な時間取らなくてはいけない。そしてそれは彼女も同様だ。
「大体綾奈は朝練があるんでしょ? 寝坊せず起きるのは勿論だけど、しっかり身体休めて部活に備えなくちゃ」
 帰宅部の僕とは異なり彼女は日々部活動で身体を動かしているため、僕以上に睡眠が必要になる。そのことは彼女自身も十分に分かっているはずなのだが、時折夜更かししがちだ。
 基本真面目な彼女ではあるが、全く抜け目がないかといえばそうでもない。だからそこら辺は僕がしっかりするべきなのだろう。
 未だ不服そうである彼女のことは気にせずに立ち上がり帰り支度を始めると、ようやく彼女も渋々ではあるが納得したようで溜息をつき、名残惜しそうにゲームのデータをセーブするとゲーム機本体の電源を切った。

「あら? 蓮くんもう帰るの?」
 綾奈の部屋から出るとリビングにいたおばさんが顔をのぞかせた。見えないがテレビがついているようで複数の人の笑い声が聞こえた。バラエティー番組でも見ているのだろうか?
「はい。遅くまでお邪魔しました」
 僕はそう言うと軽くお辞儀する。
「全然気にしなくていいのよ? もっと遅くまでいてくれてもいいし、何なら泊っていったっていいのよ~?」
 おばさんはそう冗談めかしたように言うと笑顔を浮かべた。
 この類のことはおばさんの冗談だろうということは分かっているので本気になんてしない。ただその一方でたまに本気で言っているのではないかと思うこともある。
 けれど仮に本気で言っていたところで僕の答えなんて決まりきっているわけだが。
「いえいえ……それは流石に」
「あら、気にしなくていいのよ? 場所もお布団も十分にあるんだから」
「それでもですよ」
 何度も言うが僕は気にするのだ。ここで遠慮なく泊まれるほど図太い神経はしていない。
 それに見知った仲とはいえ女性の二人暮らし、それも片方は同級生だ。そうやすやすと泊まったりなんかできるものか。それがたとえ幼馴染であってもだ。
「もし一人で寝るのが嫌なら……おばさんの布団で一緒に寝る? おばさん大歓迎だわ~」
「ははは……遠慮しておきます」
 ホント勘弁してください……。
「残念だわ~」とお道化て見せるおばさんに苦笑いを浮かべる。
 ……本当に冗談であって欲しい。