「ふわぁ」

 俺が近づいたことで目を覚ましたのか、リーゼは翡翠色の瞳をぱちぱちとさせる。
 まつ毛は長いし、シミ1つない肌は余計なものを寄せ付けない。
 まるで人形のように整われた容姿は容姿と魅了の成長率SSS+の才覚だからだと思う。

「パパ、おはよ~」
「あ、ああ。おはようリーゼ。もう夜だけどな。っんぐ」

 起き上がったリーゼは下着姿だった。
 元々この子は脱ぎ癖があって、家の中は下着姿でいることが多い。
 ただその姿は目に毒だ。圧倒的に育ちきった胸部に余分な脂肪が一才な美しい肢体。
 リーゼは顔だけではない、体全てが美しい。

 その美しさは親であると一線を崩してしまうほどに女性として魅力を感じてしまう。

「パパぁ、一緒に寝るの!」
「寝るかよ!」

 フィロ達なら娘ということでばっさりと切ることができた。
 しかしリーゼだけは違う。女性として魅力が親子の情すらも打ち破ってくるのだ。
 だけど、俺はそれを受け入れるわけにはいかない。

 だから……距離をとる。

「まったく、相変わらず無防備だな」
「えへへ~、パパに褒められたの! 嬉しい!」
「褒めてない」

 じりじりとリーゼが近づいてくる。
 逃げようと思っているのにその顔立ちと体つきの良さから目が離せない。

 どんなスキルより強力な女という個性があらゆる状態異常を無効果する俺のスキルを超えてくる。

「ちゅーしたくなってきたの。パパ、チューしてぇ」

 艶っぽい唇を見据える。その唇に触れたらとろけるように気持ちがいいだろうな。
 だが……俺は耐えるのだ!

「こら! リーゼ」

 そんな時に助け舟が来る、
 我が家の魔王様、絶対的な権力者、マリヴェラが騒ぎをききつけて院長室へ入ってきた。

「あ、ママだぁ!」
「まったくもう下着姿でぇ……。あれだけその姿で迫っちゃだめって言ってるでしょ」

 マリヴェラがぐいっと近づいてくる。
 このマリヴェラにフィロもテトラもメリシュも勝てなかったのだ。
 だから今回も同じことに……。

「リーゼ、こっちに来なさい。私の言うことを」
「いいや、チューはママにしよ」
「へ?」

 リーゼはマリヴェラの両肩に手を置き、勢いそのままマリヴェラの唇に食いついた。
 リーゼはキス魔で挨拶代わりにキスを要求する始末。だがそのキスは想像以上に上手い。

「むぐぐぐぐぐぐううう!」

 1分ほどキスをして、2人は離れた。

「ママとのチューは優しくて好きぃ……。すっきりしたのでリーゼは寝るの!」

 ばたんとリーゼは俺のベッドに倒れ込み。そのまま寝息を立て始めた。
 そして、強い口付けをされたマリヴェラは……、その勢いに全てを抜かれ失神してしまっていた。

 リーゼはこの孤児院で唯一ママを上回ることができる子供である。


 翌朝。


「みんなおはよー!」

 エクスリーゼは元気よく現れて手をぶんぶんと振り回す。
 昨日の騒動など覚えておらず、子供達にぎゅっと抱きしめてまわる。

「みんな大きくなったねー!」

 アルヴァンの次くらいに忙しいリーゼはなかなか孤児院に帰省できていない。
 今回も1年ぶり以上の帰省ではないだろうか。

「リーゼちゃんだ、リーゼちゃんだ!」
「おねーちゃん!」
「リーゼちゃんも大きい」

「うんうん、リーゼもまた大きくなったの!」

 下着ではないものの、薄いシャツにその暴力的なバストは強烈すぎる。
 また大きくなったのか……。
 いかん、子供にそんな目で見てはいかない。

「ちっ」

 主にテトラ方面からそんな舌打ちが聞こえる。

「テトラぁぁ。久しぶりなの! ぎゅっとさせて欲しいの!」

 小柄なテトラもリーゼにとってはその範疇だ。
 嫌がりながらもぎゅっと

「あれ、テトラ大きくなった?」
「背も胸も12から大きくなってない」
「テトラはずっとこのままでいいの!」
「柔らかい胸を押し付けてぇぇ、くやぢい」

 2人には明確な格差が存在する。
 頭の良さはテトラが圧倒的に上なのだが、テトラの表情には敗北感がよく出てる。

「フィロ~~、久しぶりなの! 今度、歌劇で戦いの演目があるからまた舞を教えてほしいの!」
「ええ、いいですよ。リーゼには教え甲斐がありますからね」
「でも劇団への帰り道がわかんないの」
「……相変わらずそっちの覚えは悪いですね」
「でも歌は覚えたの~! こんな感じ」

 リーゼは心に手を当て、息を大きく吸い、高らかに声を上げた。
 その声は歌となり、圧倒的な音量で孤児院内に響き渡る。

 これが【神に愛されし歌姫】エクスリーゼの姿である。
 リーゼはアーティストだ。15歳で歌手としてデビューし、その心を揺さぶる歌声で全世界の音楽の歴史を塗り替えた。
 リーゼが1曲出すだけ金貨10000枚(約10億円)稼ぐのは当たり前、リーゼの声に経済が動くほどである。
 そして女神の生まれ変わりと呼ばれた恵まれた容姿に世間は熱中。あっという間に世界三大美女の1人として崇められた。
 さらに恐ろしいのはその役者魂。普段はこんな能天気な感じだが、リーゼの演技の才能は天才達が自信を無くしてしまうほどで、主演となるたびに巨額の金が動くため数年先まで予約が埋まるほどの人気っぷりを見せつける。
 リーゼは才能に愛されていた。

「あ、アルヴァンだぁ!」

 リーゼは歌を止め、アルヴァンに近づく。

「リーゼ、なぜ君がここにいる」
「えーー、アルヴァンが孤児院に来てーって言ってたの」
「僕が言ったのは3日後だ。迎えも用意してるし、劇団にもスケジュールは告げている! なんで今いるんだ!」
「そだっけ? 覚えてないの!」
「この……バカ女」

 リーゼは超絶マイペースな女の子でスケジュール通りに動くことはまずない。
 全てを計算してスケジューリングを立てるアルヴァンの天敵とも言えるだろう。

「ママーっ!」

 マリヴェラの姿を見つけ、リーゼは走り出す。
 昨日熱い口づけのせいかマリヴェラは少し引き気味である。

「ごほん。元気そうで何よりだわ。ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるの! なんでかわからないけどしゃちょーさんやじつぎょーかさんがいつも奢ってくれるの!」
「も、もう成人してるからとやかくは言わないけど……本当に気をつけてね」
「分かってるのー!」

 絶対わかってない。ある日、子供できたのー! とか言いそうなんだよな。
 リーゼの市場価値から狙ってくる輩も多い。
 だけどアルヴァンですら制御できないリーゼを多少の男共がどうにかできるはずもなく、意外にずっとこのままな気がする。

「ママ! ママ! リーゼ、興奮しちゃったの! あのインタビュー、王って感じがしてカンロクあったよ!」
「リーゼも見たの!?」

 この間のお茶の間に流れた中二病溢れる魔王様の言動。
 せっかく終わってしまった話題が蒸し返され、マリヴェラの表情が歪む。

「あの言動がいいと思うの! 若者向けって感じ。リーゼも舞台で王とか演じる時あんな感じなの!」
「そ、そう……リーゼがそう言うならよかったのかしら」
「ママのイタ演技が最高だったと思うの!」
「イタイ!?」

 痛恨の一撃!
 マリヴェラは驚愕な顔つきになる。フィロ、テトラ……笑いをこらえるのはやめてやれ。

「成人していない子供達にはイタ演技が人気なの。多分孤児院の子達も喜んでると思うの!」
「ソレナラヨカッタワ」

 マリヴェラの目が泳ぐ

「も、もしあれが本気だったらリーゼはどう思う?」
「本気? アハハ、さすがにそれはさすがイタすぎるよぅ!」
「ひぎぃ!」

 これはもう立ち直れないかもしれないな……。

「どしたのママ!? 頭イタイの? イタイのイタイのとんでけー!」
「ほんとそれ」

「ふふ、盛り上がってるわね」

 外に出ていたメリシュが中に入ってくる。

「メリシュ、大変なの! ママの頭が痛いの! なんとかしてあげて」
「それはどうにもならないわ。手遅れなの」

「ロード、私ももう無理」
「マリヴェラァァァ、しっかりしろおお!」

 ママをこれ以上いじめるのはやめてあげなさい。