「お茶が冷めてしまいますね。せっかくですから魔王国のことについて教えて下さい」

 イングリス様は話題を変えるように身振り手振りで話をされる。気を使わせてしまったようだ。

「ではせっかくですしアルヴァンの幼少時の話でもしましょうか」
「ちょ、ママ!?」
「ふふ、それは楽しそうですね」
「いいじゃないか。陛下に知ってもらわないとな」

 昔のアルヴァンの話、孤児院の話、そして子供達の話。
 イングリス様は興味深く聞いていた。あまりこのような庶民の話は聞かないのか1つ、1つの話を集中して聞かれているように思う。
 どうやら親しい友人もいないようで立場的に仕方ないのが……孤児院に同年代がいること出し来てもらうことはできないものか。

「魔王国のおかげで帝国が救われたのは事実ですし、栄誉勲章以外でも何か渡せればと思うのですが」
「魔王様や魔英雄だけの成果ではありません。子供達、そしてイングリス様がこうやって支援して下さるおかげですよ」

 褒章はありがたいが若いイングリス様に負荷をかけるわけにはいかない。
 自分の子ではないが、子供にはどうして甘くなってしまう。苦労するのは大人の仕事だからな。
 イングリス様は悲しそうに少し頭を伏せる。

「国内のテロ組織の対処でも苦労としているのに昨今は隣国、覇国オシロスの驚異にも人々は怯えています」

 覇国オシロス……。
 覇王イガルシュヴァラは治める戦争国家だ。
 ほぼ毎年どこかの小国を落とし、国力を高めている。
 10年以内に間違いなく、帝国へ宣戦布告し攻め込むことだろう。
 アルヴァンが七英雄2人目の討伐にこの男に決めたのはそういった危機状況にあると言っても過言ではない。

「父上は立派とは言い難い皇帝でありましたがそれでも今の私よりは立派な君主でした。私は……早く大人になりたいです」

 イングリス様の御父上、前皇帝は正直な所あまり良い評判はよくなかった。
 皇帝家の信頼度は……正直良いものではない。
 それゆえに孤児から摂政の地位まで上り詰めたアルヴァンが民衆からの支持がすごぶる高いのだ。
 裏でいろいろ危ない橋を渡っているので……それに気付いた活動家などに討伐されないように守ってやらんと。

 しかし、この優しい若き皇帝のためにできることはないだろうか。
 するとマリヴェラが突然立ち上がった。

「イングリス様……さきほど言っていられた栄誉勲章以外のもの頂いてもよろしいでしょうか」
「マリヴェラ?」
「あ、はい。何がいいですか? すぐに持って来させますよ」
「私が欲しいのはイングリス様ですから。私に抱かせて頂けませんか」
「ええ!? あ、そ、その」

 マリヴェラは両手を広げ、おいで~と声を上げました。
 さすがママだな。子供の扱い方を心得ている。
 イングリス様は顔を真っ赤にさせる。男の子だから抵抗があるのだろう。

「マリヴェラの抱擁にはリラックスする効果があるのです。アルヴァンも小さい頃はよく抱かれていましたよ」
「そうなのですか……? では」

 イングリス様はじっくりとマリヴェラに近づいてきた。
 射程内に入ったのを見ると

「えい!」
「わっ!」

 マリヴェラはイングリス様を無茶苦茶に抱きしめた。
 少し照れたようにしつつも和やかな表情を浮かべる。

「……懐かしいです。昔、乳母に優しく抱いてもらった記憶があります。乳母も…‥3年前に亡くなってしまいましたが」

 皇妃様も確かにイングリス様を産んですぐに亡くなったと聞いたことがある。
 じっくり頭を撫でている内にイングリス様から寝息が聞こえてきた。
 やはり疲れていたのだろう。出会った時から疲れているように見えた。

「アルヴァンはイングリス様のことをどう思っているんだ。本当におもちゃだと思っているのか?」
「……僕の生きる目的はママやパパのためだということは変わりない。だが帝国摂政としてはイングリス様にまとめてもらいたいと思っている。それが帝国にいる僕の役目でもある」

 この会合は俺達のためだけではなく。イングリス様のためということもあるのだろう。

「いつか魔王国が七英雄を全て倒し、世界を統一したら……その中での帝国は間違いなくイングリス様に統一されるべきなんだ」
「そうか」

 例え孤児院外であったとしても子供が過ごしやすい世の中にするのが親の役目。
 国内の騒乱として覇国、さらに言えば七英雄の驚異に晒されている現状、もっとよくしていかないとなと思う。

「アルヴァン、あなたも無理をしちゃだめよ。あなたは全能かもしれないけど……少しは他人を頼りなさい」

「……うん、分かったよ」

 30分後、イングリス様が起き、恥ずかしそうに表情を緩めていた。

「すみません、眠ってしまって」
「構いませんよ。また撫でてほしくなったらいらっしゃい」

 イングリス様の顔が明るくなったように思えます。
 ふふ、可愛らしいものだ。
 イングリス様はもじもじと体を震わせた。

「あ、あの……私用の時はアルヴァンみたいにママと呼んでもいいですか? 私のことはイングリスと呼んでください」

 マリヴェラはイングリス様の頭を撫でてあげます。

「ええ、イングリス。休みを取ったら孤児院へいらっしゃい。美味しいご飯を作ってあげるわ」
「はい、ありがとう、ママ!」

 そんな2人のやりとりにアルヴァンは近づく

「そういう話であれば……ママ、僕も抱きしめてくれて構わないよ」
「無理」
「無理!? 駄目ですらない」
「頭くらいは撫でてあげるわ。あなたも頑張っているからね」

 マリヴェラは昔のようにアルヴァンはゆったり撫でてあげていた。

 ママは人気者だな、そう思えてくる。

「じー」

 何だかマリヴェラが俺を見つめた。

「ママを癒やすのはパパの役目じゃないかしら? 頭を撫でてくれてもいいわよ」
「やれやれ、俺からすればまだまだ君も子供だな」

 こんなこともたまには良いだろう。
 先の戦いの前の静けさ。子供達とゆったりしたいものだった。