「ロード、ロードはいるかい?」
「どうしました先生?」
俺の名はロード・ハーヴァン、20歳。
このハーヴァン孤児院で働くどこにでもいる青年だ。
目の前には俺の育て親でもある還暦を迎えた先生が立っていた。
「ようやくお迎えが決まったよ」
「そうですか……寂しくなりますね」
「そうだねぇ。ここで骨を埋めようかと思ったけど……向こうは向こうで大変みたいだからねぇ」
先生は40年務めたハーヴァン孤児院を退所される。
実の息子達が住む農村に移り住む予定らしい。
そこにも小さな孤児院があり、先生はそこのフォローに行くようだ。
「この5年でアンタに全てをたたき込んだんだ。この孤児院を頼むよ」
そう言って先生は孤児院を出ていった。
10歳から10年……本当にお世話になった人だった。またそこの孤児院にも遊びにいかないといけないな。
先生が辞めるということで正式に俺がハーヴァン孤児院の院長に就任することになる。
孤児達を育てあげて、15歳で成人し外へ送り出していく仕事だ。やりがいはある。
「しかし不安だな。俺1人でやっていけるんだろうか」
「何言ってんのよ」
振り返るとそこには黒髪赤眼の女の子が立っていた。
15歳になったマリヴェラ・ハーヴァンだ。
10年の時が過ぎ、マリヴェラは美しく成長した。
背中で綺麗にまとめられた長い黒髪と柔和で優しげな鼻筋整った顔立ち、近隣の街でも評判になるほどの器量良しの女性となっていた。
元々魔の国の姫だったわけだし、その美しさは血筋的にも当然と言える。
「1人じゃないでしょ。私がいるんだから」
「マリヴェラ。君は15歳になったんだ。成人したら外に行くんじゃないのか?」
「あなたがそれを言う?」
俺も15歳になった時点で卒院するチャンスはあった。
ただ俺は捨てられたわけでもないし、10歳というそこそこ育った状態でここに来たため残る選択肢を取った。人手不足もあったし……。
それに10歳のマリヴェラを残して出て行くなんて出来なかった。
「それに魔族の生き残りが大手を振って働けるわけないでしょ。七英雄に見つかったら面倒くさいし」
七英雄。
10年前の俺を追放したアレリウス・ヴィル・アテナスを中心とした勇者パーティの総称である。
この10年、本当に歯がゆい思いをしていた。
魔王を討伐したことでアレリウスは強国、アテナス王国の王となり、恋人の聖女ローデリアは王妃となる。
他の仲間達もちりぢりとなったが皆小さな国の王になったり、機関の長になったりと栄誉を手にしていた、
本来は魔王を倒したことで魔物が沈静化するはずだったのにこの10年、魔物の勢いは増すばかりだ。
これがマリヴェラが言っていた魔獣の活性化を防ぐ力を持つ魔王を倒したことによる弊害である。
俺の時と同じように民衆にも魔王が死に際に呪いをかけたという話をしたことで魔物の勢いの責任は魔王に押しつけられることになる。
全てはアレリウス達が成り上がるために仕組まれていたことだった。
そしてこの10年奪われたと思われる記憶は戻らないままだった。
気に入らない。
だが今の俺が真実を言ったところでどうしようもないことも分かる。
幸い今いるガトラン帝国は七英雄の息がかかっていないので細々と暮らしていればバレることはない。
「だから私も孤児院に残るわ。勘違いしないでよね、あなたのためじゃないんだから。先生が10年間守ってくれたこの孤児院を守りたい気持ちなんだから」
「はは、分かっているさ」
俺はマリヴェラに恨まれたままだ。
“絶対許さない! あなたも銀髪の男も……みんな死んじゃえばいいんだ!”
今も心に残っている。俺は勇者パーティの一員として幸せになってはいけない。
だから死ぬまでマリヴェラや孤児達を助けることに全力をつくそう。
「それに2人で経営すればぁ……愛が芽生えるはずだし。まだ15歳だからゆっくりとロードを落としてやる……」
「ん、何か言った?」
「何でもないわよ、バカ! 教育のことについて考えてたの!」
「子供達の教育か……」
孤児院の院長になった俺はパパとして孤児達に接していかないといけない。
15歳で成人して卒院させるまでをどう教育をしていくのか……迷うな。
そこはマリヴェラと協力していかないといけないだろう。
「あ、ロード。トラッタの街に買い物行くんだけど手伝ってくれる?」
「ああ」
ちょうどいい。行きがてらそのあたりの話をすることにしよう。
◇◇◇
「マリヴェラちゃん、今日もかわいいねぇ~! おまけしちゃおう」
「わ~、おじさま、ありがとうございます!」
マリヴェラはあざとい愛想を振りまく。
街一番の器量良しとなったマリヴェラは街の中でも人気が高い。
毎日のように手紙をもらい、告白などもされているらしい。
側に寄り添う俺が羨ましいと男達の嫉妬を一身に受ける形となっている。
まぁ確かに美しくなった。体付きも女性らしくなり、目のやり場に困るほど発育も良い。
ちなみに黒髪赤眼は魔族の象徴だがそこまで広く知られているものではない。
魔族でない黒髪の人間も多数いるので差別的な要素はまったくない。
10年前にほぼ滅んでしまった種族のことをしつこく覚えている人は少ないのだろう。
「こうして2人で歩いているとどういう風に見えるのかしらね~」
マリヴェラは何だかご機嫌のようだ。
街の人や子供達には温和に接しているだけど、なぜか俺だけツンツン具合が強い。
やはり過去の件が尾を引いているのか。
「姫と従者って感じか」
「は?」
マリヴェラが実に低い声で返してくる。
どうやら選択肢を間違えたようだ。でもマリヴェラは魔王の娘だから姫の扱いでいいような気がするんだが。
言葉にもういらだちが入っている。
何とか挽回しないと今日の晩飯が雑草になってしまう。料理はマリヴェラが担当しているんだ……。
「お、俺がパパになるから……そ、そうママ……。夫婦みたいな感じかな」
ど、どうだ?
「ロードがパパで私がママ……ふふ、悪くないわね……。ようやく私の想いが」
ちょっとご機嫌になったようだ。何か気持ちの悪い笑みを浮かべているが……。
「まぁ冗談として本当に夫となるべき人ができたらすぐ教えてくれ。俺がしっかりフォローするから」
「冗談!? ほんともう、昔っからそういう鈍感な所がイライラするの! いい加減分かって!」
「なぜ怒るんだ!?」
思春期の女の子はマジで分からん!
俺は本当に親になれるのだろうか……。
話題を変えよう。
「そ、それで相談があるんだけど」
「なに!」
そんな強く睨まないで欲しい……。
「子供達の教育のことなんだ。俺達二人三脚で育てていく形となるわけだし、教育方針をまとめておきたい」
「二人三脚……良い言葉ね、悪くないわ」
一気に機嫌が戻った。
ほんと年頃の子はわからんな……。
「どういう風に育てていくか」
「そんなのロードが持つ【しつけ】スキルで才能を見ていけばいいでしょ。簡単なことじゃない」
「そうだな、じゃあ【しつけ】スキルで……」
俺はマリヴェラをじっと見つめた。
「【しつけ】スキルってなんだ!?」
「どうしました先生?」
俺の名はロード・ハーヴァン、20歳。
このハーヴァン孤児院で働くどこにでもいる青年だ。
目の前には俺の育て親でもある還暦を迎えた先生が立っていた。
「ようやくお迎えが決まったよ」
「そうですか……寂しくなりますね」
「そうだねぇ。ここで骨を埋めようかと思ったけど……向こうは向こうで大変みたいだからねぇ」
先生は40年務めたハーヴァン孤児院を退所される。
実の息子達が住む農村に移り住む予定らしい。
そこにも小さな孤児院があり、先生はそこのフォローに行くようだ。
「この5年でアンタに全てをたたき込んだんだ。この孤児院を頼むよ」
そう言って先生は孤児院を出ていった。
10歳から10年……本当にお世話になった人だった。またそこの孤児院にも遊びにいかないといけないな。
先生が辞めるということで正式に俺がハーヴァン孤児院の院長に就任することになる。
孤児達を育てあげて、15歳で成人し外へ送り出していく仕事だ。やりがいはある。
「しかし不安だな。俺1人でやっていけるんだろうか」
「何言ってんのよ」
振り返るとそこには黒髪赤眼の女の子が立っていた。
15歳になったマリヴェラ・ハーヴァンだ。
10年の時が過ぎ、マリヴェラは美しく成長した。
背中で綺麗にまとめられた長い黒髪と柔和で優しげな鼻筋整った顔立ち、近隣の街でも評判になるほどの器量良しの女性となっていた。
元々魔の国の姫だったわけだし、その美しさは血筋的にも当然と言える。
「1人じゃないでしょ。私がいるんだから」
「マリヴェラ。君は15歳になったんだ。成人したら外に行くんじゃないのか?」
「あなたがそれを言う?」
俺も15歳になった時点で卒院するチャンスはあった。
ただ俺は捨てられたわけでもないし、10歳というそこそこ育った状態でここに来たため残る選択肢を取った。人手不足もあったし……。
それに10歳のマリヴェラを残して出て行くなんて出来なかった。
「それに魔族の生き残りが大手を振って働けるわけないでしょ。七英雄に見つかったら面倒くさいし」
七英雄。
10年前の俺を追放したアレリウス・ヴィル・アテナスを中心とした勇者パーティの総称である。
この10年、本当に歯がゆい思いをしていた。
魔王を討伐したことでアレリウスは強国、アテナス王国の王となり、恋人の聖女ローデリアは王妃となる。
他の仲間達もちりぢりとなったが皆小さな国の王になったり、機関の長になったりと栄誉を手にしていた、
本来は魔王を倒したことで魔物が沈静化するはずだったのにこの10年、魔物の勢いは増すばかりだ。
これがマリヴェラが言っていた魔獣の活性化を防ぐ力を持つ魔王を倒したことによる弊害である。
俺の時と同じように民衆にも魔王が死に際に呪いをかけたという話をしたことで魔物の勢いの責任は魔王に押しつけられることになる。
全てはアレリウス達が成り上がるために仕組まれていたことだった。
そしてこの10年奪われたと思われる記憶は戻らないままだった。
気に入らない。
だが今の俺が真実を言ったところでどうしようもないことも分かる。
幸い今いるガトラン帝国は七英雄の息がかかっていないので細々と暮らしていればバレることはない。
「だから私も孤児院に残るわ。勘違いしないでよね、あなたのためじゃないんだから。先生が10年間守ってくれたこの孤児院を守りたい気持ちなんだから」
「はは、分かっているさ」
俺はマリヴェラに恨まれたままだ。
“絶対許さない! あなたも銀髪の男も……みんな死んじゃえばいいんだ!”
今も心に残っている。俺は勇者パーティの一員として幸せになってはいけない。
だから死ぬまでマリヴェラや孤児達を助けることに全力をつくそう。
「それに2人で経営すればぁ……愛が芽生えるはずだし。まだ15歳だからゆっくりとロードを落としてやる……」
「ん、何か言った?」
「何でもないわよ、バカ! 教育のことについて考えてたの!」
「子供達の教育か……」
孤児院の院長になった俺はパパとして孤児達に接していかないといけない。
15歳で成人して卒院させるまでをどう教育をしていくのか……迷うな。
そこはマリヴェラと協力していかないといけないだろう。
「あ、ロード。トラッタの街に買い物行くんだけど手伝ってくれる?」
「ああ」
ちょうどいい。行きがてらそのあたりの話をすることにしよう。
◇◇◇
「マリヴェラちゃん、今日もかわいいねぇ~! おまけしちゃおう」
「わ~、おじさま、ありがとうございます!」
マリヴェラはあざとい愛想を振りまく。
街一番の器量良しとなったマリヴェラは街の中でも人気が高い。
毎日のように手紙をもらい、告白などもされているらしい。
側に寄り添う俺が羨ましいと男達の嫉妬を一身に受ける形となっている。
まぁ確かに美しくなった。体付きも女性らしくなり、目のやり場に困るほど発育も良い。
ちなみに黒髪赤眼は魔族の象徴だがそこまで広く知られているものではない。
魔族でない黒髪の人間も多数いるので差別的な要素はまったくない。
10年前にほぼ滅んでしまった種族のことをしつこく覚えている人は少ないのだろう。
「こうして2人で歩いているとどういう風に見えるのかしらね~」
マリヴェラは何だかご機嫌のようだ。
街の人や子供達には温和に接しているだけど、なぜか俺だけツンツン具合が強い。
やはり過去の件が尾を引いているのか。
「姫と従者って感じか」
「は?」
マリヴェラが実に低い声で返してくる。
どうやら選択肢を間違えたようだ。でもマリヴェラは魔王の娘だから姫の扱いでいいような気がするんだが。
言葉にもういらだちが入っている。
何とか挽回しないと今日の晩飯が雑草になってしまう。料理はマリヴェラが担当しているんだ……。
「お、俺がパパになるから……そ、そうママ……。夫婦みたいな感じかな」
ど、どうだ?
「ロードがパパで私がママ……ふふ、悪くないわね……。ようやく私の想いが」
ちょっとご機嫌になったようだ。何か気持ちの悪い笑みを浮かべているが……。
「まぁ冗談として本当に夫となるべき人ができたらすぐ教えてくれ。俺がしっかりフォローするから」
「冗談!? ほんともう、昔っからそういう鈍感な所がイライラするの! いい加減分かって!」
「なぜ怒るんだ!?」
思春期の女の子はマジで分からん!
俺は本当に親になれるのだろうか……。
話題を変えよう。
「そ、それで相談があるんだけど」
「なに!」
そんな強く睨まないで欲しい……。
「子供達の教育のことなんだ。俺達二人三脚で育てていく形となるわけだし、教育方針をまとめておきたい」
「二人三脚……良い言葉ね、悪くないわ」
一気に機嫌が戻った。
ほんと年頃の子はわからんな……。
「どういう風に育てていくか」
「そんなのロードが持つ【しつけ】スキルで才能を見ていけばいいでしょ。簡単なことじゃない」
「そうだな、じゃあ【しつけ】スキルで……」
俺はマリヴェラをじっと見つめた。
「【しつけ】スキルってなんだ!?」