ガトラン帝国西部オリフェストの村は人口200人足らずの小さな村だった。
 戦いとは無縁の村で情報などは日に一度新聞が村に届けられることぐらいしかない。

 ただそんな農村でもある噂は広まっていた。

「最近、帝都の方が騒がしいらしいのぅ」
「ああ、新聞に書いてあったアレだろ、七英雄に宣戦布告した魔王」
「魔王といやぁ俺達が子供の時ぐらい滅んだんじゃなかったのか……」

 この村もかつては魔物の襲撃を恐れ、それを生み出したと言われた魔王の存在を憎んでいた。
 しかし24年も月日が経過すると人々の記憶はかなり薄れてきている。
 魔王を倒した所で魔物の襲撃は変わらなかったのが要因の1つだろう。

「しかし、それが今や正義の味方だとはな」
「ああ、行商人のにーちゃんも言ってたな。帝国中の難事件を魔王の従者が解決してるって話」

 今や魔王は正義のヒーローとして帝国中に噂が流れていたのだ。
 帝国の摂政アルヴァン・ハーヴァンが直々に帝国で発生する事件の解決を魔王に依頼しているということが新聞にも書かれていた。

「ふん、だけど実際この目で見ないと信じられないな」
「んだんだ。噂は噂よ。帝国の冒険者だって滅多に来ないこんな僻地に事件が発生しても……助けになんて来るはずが」

「うわあああああ!」

 世間話をしていた村人のところへ、血相な表情で怯えた男性がやってきた。

「な、なんじゃ!」
「どうした」
「人喰いドラゴンじゃぁ! 人喰いドラゴンが村にぃ!?」

 ガアアアアアアアアァ! 
 と耳を塞ぎたくなるような咆吼を挙げて、人口の少ない村に大型のドラゴンがやってきたのだ。
 移動速度を重視し、発達した脚部。長く、思い尾。それは恐竜と呼ばれる種族でもある。
 火炎のブレスは吐けないが食欲は旺盛で、人間などペロリと食べてしまう強靱な顎を持っていた。

「なんでドラゴンがこんな所に!?」
「住処はもっと西の山奥のはずじゃ……」
「言ってる場合か、迎撃するぞ!」

 村の男衆は自警団もかねている。
 女子供を逃がすために若い衆は後方に走り、ベテラン勢は槍を構えて時間稼ぎをする。
 ベテラン勢は分かっていた。今日ここでこの恐竜に食われてしまうのだと。
 できる限り若い男や女子供を逃がして、村の存続を願う。それだけを考えていた。

 人食いドラゴンはそっぽを向いて匂いを嗅ぎ出した。
 そしてあらぬ方向に体をぶつけたのだ。
 そこは木の小屋だった。

「いかん!」

 小屋はバラバラになり、中から10歳くらいの男の子出てきた。
 小屋中に隠れていたようだ。

 男の子は小屋が壊された衝撃で怯んでいたが、やがて目の前に人食いドラゴンがいることに恐怖の表情にかわる。
 村のベテラン勢が駆けつけようとしたが一歩間に合いそうにない。
 ドラゴンが大きな口を開けた。

 男の子は思わず……目を瞑る。
 しかし……痛みはいつまで立ってもこなかった。
 男の子が目を開けるとそこには銀色の全身鎧と大兜をつけ、マントをはためかせた戦士がいたからだ。

「無事か?」

「あ……あ……」

「もう大丈夫だ。ふん! 【中級地属術(グランエッジ)】」

 戦士は手を翳し、魔法を放った。
 地面から鋭い刃が突き出し、人食いドラゴンを後退させる。

 戦士は腰につけている虹色の剣を抜き人食いドラゴンに向けた。

「我が名は魔王軍総司令【魔英雄ディマス】。魔王エストランデ様の命にて……助太刀する!」

「あれが噂の魔英雄か!?」
「なんでこんな田舎に!」
「オラ達、助かるのか!」

「【剣聖(ソードマスター)】発動」

 魔英雄ディマスの全身が淡い色で光る。

「あの技は……!」
「知っているのかじいさん!?」
「【剣聖(ソードマスター)】は熟練した剣士が何十年と鍛錬を重ねて習得するスキルじゃい。あの魔英雄……ただ者ではないぞ」

「ハァアアアアアアアア!」

 魔英雄ディマスは人食いドラゴンにまるで瞬間移動したかのように一気に近づく。
 人食いドラゴンの顎撃が飛び込んでくるが、華麗に受け流した。
 ディマスは飛び上がり、彼に虹色に光る剣を振り下ろす。
 強靱なはずの人食いドラゴンの首はすぱりと斬れてしまったのだった。

 人食いドラゴンは力なく倒れてしまう。
 ディマスは剣を鞘に戻して……ゆっくりと少年の元へ向かう。

「ケガはないか?」
「あ、……はい」
「よく頑張ったな」

 ディマスは少年の頭をゆったり撫でてる。

「か、かっこいい……」

「人食いドラゴンを一撃で……」
「なんて強さじゃあああ!」
「魔英雄ディマス様! 魔王は正義の英雄だぁぁぁ!」

 村人達は危機を救ったヒーローを賞賛する。
 村人がワラワラとディマスの所へ集まった。

「祝勝会を開かせてください!」
「子供を助けてくれたお礼を!」
「素顔を見せてください」

 ディマスは手を翳す。

「礼は結構。ドラゴンの素材をお金に換えて、費用は小屋を直したり、村への防衛費に使ってください。当たり前のことをしただけですから」

「おおおおおおおおお!」

「ふむ、申し訳ない。他の地方で事件が発生したようです。私は行きますのでみなさん、ご注意を」

 ディマスはそれだけ伝えて、風のように立ち去っていった。
 唖然とする村人達だが……その興奮は冷めない。

 ディマスと魔王を称える声があたりに響き渡ったのだ。


 ◇◇◇

 魔英雄ディマスは周囲を警戒しつつ、移動する。
 自分の体重の負荷を移動時のみ下げる【軽業(かるわざ)】のスキルを使用して細枝の上っていく。
 そうして外からは分からないように村を見据えた。

「ふぅ……これで良い噂が広まることだろう。子供がやばかった時は焦ったけどな」

 ディマスはかつて自分が同じ状況に陥ったことを思い出す。
 あの時助けてもらった英雄王はどのような顔をしていたか……。

 いや、それは偽りの記憶だったと切り捨てる。

「少なくとも俺は奴隷なんかにしない。……ただ」

 ディマスは不可解な気持ちとなる。

「そんな都合良く……人食いドラゴンが村を襲うだろうか」

 ディマスは懐から小型携帯端末『ママホ』を取り出し定時連絡を行うため電源を入れた。

「自作自演じゃなきゃいいけどな」

 こんな活動をし始めたのも全てアルヴァンの差し金だ。
時は少しまた遡る。