「ロードォォォ! 弱えぇな、おまえはよ!」

 イガルシュヴァラに向かって不器用ながら剣を振るおれだったがあっと言う間に防がれて、殴られ返されてしまう。
 イガルシュヴァラ・オシロス。
 オシロス傭兵団の若頭で、その圧倒的な戦闘力を見込まれて勇者のパーティ1人として加わった人だと聞いている。

「オラァ、立て。技の練習にならねぇだろうが!」

 おれはフラフラの体になりながらもゆっくりと立ち上がる。
 顔は腫れ上がり、手は変な方向に曲がっている。

「くっそ……【英雄孔(ヒロイックオーラ)】じゃダメだ……もっと強い気功を使わねぇとアレリウスに勝てねぇ」

 イガルシュヴァラさんは『武道』スキルを使い、大斧を振り下ろした。
 刃は外しているため切断されることはないが打撃で傷むのには変わらない。
 肋骨が砕ける音がして呼吸が苦しくなる。

「イガルシュヴァラの兄貴……さすがにやりすぎじゃ……ロードのやつ、虫の息してんぜ」
「あァ? だったらエリオス! てめぇが代わりにやられるか」
「ひぃ! 勘弁してくれぇ!」
「ちっ、技の経験は相手がいねぇと増えねぇんだよ。おい、レリーテス!」
「なによ」

 顔を向けると【大僧正】レリーテス・マテリウスさんが大あくびしてこちらを見ていた。

「ロードを立ち上がらせろ」
「しょうがないわねぇ」

 レリーテスさんの治癒魔法が発動し、俺の傷は全快していく。
 傷は治れど、暴力が無くなるはずもない。
 立ち上がった俺に待つものは次なる暴力だけだった。

「骨が折れても血が出ても全快にしてやるからよ」
「……」
「歯ぁくいしばれぇ!」

 今日もおれはイガルシュヴァラさんの技の練習台にされ続ける。
 この人の実力が上がり、それが魔王討伐に繋がるならと願った。
 この人はおれを教育しているつもりらしいが……おれは四六時中、この人に吹き飛ばされていた。

 ……また骨が折れ、痛みで失神しそうになりながらもゆっくり顔を上げる。
 レリーテスさんの顔を見た。

「壊すんじゃないわよイガルシュヴァラ。後であたしが魔法の練習台にするんだからね」
「わーったよ」
「ねぇロード。【三連続魔法(トリプルマジック)】を習得したのぉ。試し打ちさせてねぇ。ローデリアにどーしても勝ちたいのぉ」

 イガルシュヴァラさんとレリーテスさんは超えるべき対象を上回るため、ひたすらにおれをサンドバックに腕を磨いていた。
 おれの体が悲鳴を上げない日は存在しなかったんだと思う。

 ◇◇◇

「ぐぅ……!」

 作戦開始まで仮眠を取っていたが嫌な夢を見ちまった。

 また……昔を思い出してしまったか。
 頬の古傷が痛み出す……。よりによって次に討伐する予定のイガルシュヴァラ・オシロスのことを思い出してしまうなんて。

 七英雄は紛れもなくクズばかりだった。
 エリオスだって威張っていたが俺がいなくなると中傷のはけ口になるから、俺を追い出そうとしないだけマシだったが他の奴らはもはやまともではなかったと思う。
 あれをまともだと思っていた10歳の頃の俺がおかしかったんだろう……。

 いや、今もおかしいのは違いない。【怨返し】スキルを使用していたあの時の俺は明らかにおかしかった。
 だけど……例えそうであっても今は……自分の役割を果たすだけだと思う。

「行くか」

 崖の上から見落ろした先、ガトラン帝国西部オリフェストの村の中を逃げ惑う大人や子供達を見据える。
 それを追う人喰いドラゴンの姿。

 新たな英雄の出番だ。