ウルフの群れにつっこんで子供の前に到達することができた。
 5歳くらいの女の子だ。大きな傷はないようだけど苦しそうな表情を浮かべている。

 普通で考えれば危機的な状況だ。
 10歳のおれは戦闘能力が無いに等しい。ウルフなんてとてもじゃないが倒すことなんてできない。
 腹を空かせたウルフが5匹。おれを睨んでいる。
 このまま戦っても恐らくは勝てない。

 でも手段はあった。
 俺は強く念じ、習得しているスキル達が脳内で欄になって現れていく。
 見よう見まねで英雄達の技術をスキルとして脳内にインプット。
 今の俺の肉体でも使用できるスキルを瞬間的に横に並べる。

 この状況を突破できる方法が頭に浮かんだ。
 それに適したスキルを発動する。

「スキル発動……【威圧(プレッシャー)】」

 スキル発動は無言でも可能だが、発動タイミングを任意で行える口頭発動が適している。

 アレリウス様が習得していた『武道』スキルの1つだ。
 弱い魔物を追い払うことができる、俺が7人の勇者達を観察して覚えた中の1つだった。

「きゃうん!?」

 俺の【威圧(プレッシャー)】自体は大したことはないが、この威圧は英雄の力を模した威圧である。
 狼の後ろにはあの勇者が見えているに違いない。

 狼達は驚き……すぐさま走り去ってしまった。

 助かった。だけどこの技はまだ俺の力が足りないせいで使用後待機時間(クールタイム)が非常に長い。次の使用時間まで数時間はかかる。
 すかさず【エンカウント無効(ノーバトル)】を発動。発見されていない今であればまた効力を発揮する。

 それより……。

「大丈夫か……。おい!」
「うぅ……」

 それはとても綺麗な黒髪をした女の子だった。
 触れば折れてしまいそうな、小さな手足は擦り傷だらけとなっていた、
 あとちょっと遅れてしまったら狼のエサになってしまっただろう。
 少女はゆっくりと俺を見る。

「おれはロード。君は何ていうんだ?」
「……マリヴェラ」

 目を開くとルビーのように綺麗な赤い眼をしている。
 滅んでしまった魔の国でわずかにいると言われている魔族と呼ばれている種族だ。
 魔族の血を引くと黒髪赤目になる可能性が高いとアレリウス様は言っていた。
 黒髪の少女、マリヴェラはゆっくりと起き上がる。

「こんな魔物だらけの森で何で」
「逃げてたの……」

 マリヴェラはか細く答えた。

「銀髪のよろいのやつらがわたしを人質に……パパを斬った! パパが逃げろって……わたし一人で」

 そこで直感的に理解した。
 この子は魔王の子供だ。銀髪のよろいのやつらとはアレリウス様のことだ。
 おれは魔王が住む城の前で待機していたから魔王の姿は見ていない。

「でも魔王を魔物を使役していて世界中に広めてたじゃないか!……おれの故郷は魔物に殺された!」
「パパはそんなことしない!」
「え?」

 マリヴェラの眼から涙がこぼれ落ちる。

「パパは魔物のかっせいかを抑えていたの! なのにあいつらそれを知ってたのに都合がいいからってパパを」

 何を言ってるんだ……。
 魔王が全世界に魔物を送り込んでいたんじゃないのか……?
 でもこの子言葉には説得力があった。
 あの時、死闘を演じていたはずなのに魔王を倒したアレリウス様には傷一つなかったし……。
 魔王を倒した直後、魔物の発生は収まるどころか増加していた。
 あの人は魔王が死に際に世界へ呪いを放ったと言っていたが。

 そもそも【おれの故郷は魔物に殺された】
 今の時点でこれは本当なのだろうかと今更になって思う。
 エリオスさんがおれの記憶を奪ったと言っていたこと、おれの故郷の記憶がほぼないこと……。

 俺を追放したあの人(アレリウス様)の言葉を信じるに値しない。

「そんな……おれは、おれ達はとんでもないことをしてしまったのか」
「あなた……あいつらのなかまなの!?」

 マリヴェラはばっと俺から離れてしまう。
 追放された身とはいえ当時は勇者パーティに所属していた。おれは頷いた。

 マリヴェラが顔立ちが険しくなり、歯を食いしばる。

「やぁ……。パパを返してよ! 優しかったパパもパパの仲間も友達もみんなあいつらに殺された!」

 魔の国は勇者パーティによって滅ぼされた。
 七人の勇者パーティによって女、子供問わず殺されてしまった。
 おれはその略奪と殺しを見ていることしかできなかったんだ。

「絶対許さない! あなたも銀髪の男も……みんな死んじゃえばいいんだ!!」

 マリヴェラは力の限り叫び……やがて力なく倒れてしまった。
 息が荒く、顔が真っ赤だ。熱があるんだ。
 恐らく1人でずっと逃げて力尽きかけているのだろう。

「おれは何てことをしてしまったんだ……」

 英雄達は全てを蹂躙し奪い去ってしまったのだ。
 魔の国の民は悪しき魔王の手下だということを鵜呑みにして、故郷の仇だからとおれも目を背けていた。

 でも魔王が魔物を使役した存在でないのであればおれ達のやってきたことは大罪となる。
 罪のない人々を全て殺してしまったのだから。

 おれにアレリウス様に刃向かう力がなかったとしても当時所属していた身として罪を背負わなければならない。
 おれにできることとしてせめてこの子だけでも守らないと……。
 いつか将来、この子に殺されることになったとしてもそれまではこの子を守り続けるんだ。

 おれはマリヴェラを背負い、ミドガルズ大森林を突っ切った。
 この森は確か魔の国ともアテナス王国とも違う別の国に繋がっていたはずだ。

 今の状況そこまでたどり付けられる保証はない。
 だけど、生き残って真実を知らなければ死に切れやしない。

 走って、走って、走り抜けた。
エンカウント無効(ノーバトル)】のスキルを絶えず使用し、我が身を労るのも捨て魔の森の中を走りまくった。

 飲まず食わず……ただマリヴェラへの贖罪のため走りまくったのだ。
 10歳の俺がこの広大な森を走り抜けられたのは恐らく奇跡だったんだと思う。

 そして森を抜けた先には草原が広がっており、1つ……白く古びた大きな建物があった。
 建物の前の古井戸で水を汲む壮年の女性に願った。

「助けてください! おれはいいんで、この子だけでも……マリヴェラだけでも助けてください!」

 無我夢中で乱暴なお願いだった。でも目の前の女性はニコリと微笑んでくれたんだ。
 それは後に先生と呼ぶ人との出会いだった。

 ここはハーヴァン孤児院。
 親をなくした子供達が住む所、ガトラン帝国の中の1つの街の郊外にある……小さな孤児院であった。

 それから10年の月日が過ぎた。