玉座の間に乗り込んだ俺達……そこには七英雄の1人、エリオス・カルバスがいた。

「な、なんだてめえら!」

 これがエリオスの姿だというのか。
 俺が10歳の頃、あいつは8つ上の18歳だった。
 勇者パーティの中では若い方であったわけで……単純計算すると40過ぎなのに腹が出てるわ頭頂部は薄くなっているわ、ひどい有様だ。

 表舞台に現れないと思っていたが……この姿を見られるのが嫌だったのかもしれない。

「女ァ! 父親を助けに来たんじゃねぇのか!」
「ふふ、愛するパパはここにいますので!」

「久しぶりです。エリオス殿」
「アルヴァン・ハーヴァン!? 帝国の差し金か。ふざけやがってぇ!」

 アルヴァンの正体に気付き、エリオスは激昂する。

「これはプライベートなので帝国は関係ないですが……ま、王国が滅んだら帝国が吸収しますけどね」
「やっぱり占領じゃねぇか!」

 相変わらず沸点の低い男、俺の正体はさすがに分からないか……。フルフェイスの兜を着けているし、24年ぶりに会うんだ。分かるはずもない。

「エリオス・カルバス。国際法に則り、貴公を拘束する」
「あぁ!? 俺を誰だと思っている七英雄だぞ!?」

「それがどうした?」

 俺が横やりを入れるとエリオスの視線がこちらに向く。

「顔を隠しやがって……何者だ!」
「おまえをよく知っている奴だよ。そうだな……。魔王討伐の際も後ろで縮こまっていたそうじゃないか。臆病なのも相変わらずだ」

「なっ!?」

 24年前の魔王との戦いの後、覇王イガルシュヴァラがそんなことを言ってエリオスをからかっていたことを思い出す。
 エリオスはその醜くなった顔を真っ赤にした。

「それは七英雄しか知らないはず……。誰だか知らねぇが許さねぇ!」
「フン……醜いな」

 俺は精霊剣『スピランチェ』を抜く。同時にアルヴァンとフィロを下がらせた。

「ふん、ガキどもがなめやがって……」
「貴様を討つ」

 エリオスは突如冷静さを取り戻し、構えを取る。
 あんなブヨブヨ肥満体で何ができるというのか……。だが気迫を感じる。

「俺を倒せるのは七英雄のみだ。雑魚が舐めてんじゃねぇぞ!」

 エリオスは大きく息を吸った。

「【英雄孔(ヒロイックオーラ)】」

 エリオスの体が淡色のオーラに包まれる。強い気迫に思わず押されてしまう。
 見ただけで分かる。エリオスの身体能力(ステータス)が大幅に向上しており、全盛期の力を再現している。
英雄孔(ヒロイックオーラ)】は勇者パーティのみが扱うことができる特別な気功法だ。魔王討伐のために授けられた特別な力だ。

 エリオスの手が黒く光る。

「這いつくばるがいい! スキル【愚者の門(カオスティックゲート)】発動!」

「なに!?」

 エリオスの手から飛び出した光が部屋中に包み込む。
 すると全身に襲い来る虚脱感。体が非常に重い。

「なんですかこれ……」
「こんな情報はなかった……」

 後ろのフィロやアルヴァンも影響を受けている。

 これは……そうだ。エリオスが持つユニークスキルだ。
愚者の門(カオスティックゲート)】は戦闘フィールド内の全員の移動速度、攻撃速度を抑制し、術者以外のスキル発動を防ぐ究極のデバフスキルである。
 エリオスのみが扱え、この力を持つゆえに勇者パーティの一員になることができた。
 奴が支援職(サポーター)とてこの力を使い、あらゆる敵の動きを遮断してきた。

 これを防げるのは【英雄孔(ヒロイックオーラ)】を使用しているもののみ。つまり七英雄のみがこの効果を受けない。

 体中が重く、動きが鈍る。くそ……失態だ。

「【愚者の門(カオスティックゲート)】の使用は久しぶりだなぁ……。これの効果を知らねぇのも無理はねぇ。俺が戦闘に立つことなんてなかったからよぉ」

 魔王との戦い以降、使用する機会はほぼ無かったのだろう。
 アルヴァン達が知らないのも無理はない。

 エリオスは懐から宝剣ベルベェーラを取り出す。
 魔王討伐の旅の前に作られたエリオス専用の武器だ。
 その切れ味は伝説級の武器に引けを取らない。

「『武術』スキル発動!【神速(クイックアタック)】」
「ちっ!?」

 エリオスが高速で距離を詰めてきた。
 俺は精霊剣『スピランチェ』を抜き、エリオスの宝剣による斬撃を防いだ。

愚者の門(カオスティックゲート)】の効果のせいで体が思うように動かない。おまけに効果中はスキルを発動できない。
 常に発動しているパッシブスキルの効果は維持できているのでかろうじてエリオスの斬撃を自身の身体能力で防ぐが……スキルが扱えないのは厳しい。

「俺が支援職(サポーター)だから弱いとでも思ったかぁ!? 七英雄を舐めんなよ!」

 そのでっぷりとした体でよくもまぁ動けるものだ。斥候要員であるのに関わらずこの力量。最弱でも七英雄と呼ばれるだけはある。

 七英雄とはその道の精鋭の集まりである。
 英雄王アレリウスと聖女ローデリアを筆頭に全員がユニークスキルを1つ以上習得している。
 性格が極悪である以外は英雄という名にふさわしい力を持っているのだ。

 エリオスもまた七英雄の中では落ちこぼれであったが全体で見ると決して弱い存在ではなかった。
 ただアレリウスや覇王を含む他のメンバーが強すぎたのだ。

「どうした覆面野郎! 防戦一方じゃねぇか!」

愚者の門(カオスティックゲート)】が思ったより面倒くさい。
 かなり手強いが18歳の時のエリオスに比べれば大したことはないはずだ。
 しかし……このまま防戦一方のままは良くない。

 ……だったら。

「死ねぇ!」

 エリオスの宝剣による斬撃を避けきれず、受けてしまう。
 急所に当たらないように上手く避けたが、切れ味が鋭く……防御を貫通し傷を与える。

 くっ、思ったより痛い。

「パパ!」

 フィロが近づこうとしたが手を翳して止めさせた。

「はぁ……はぁ……俺を舐めてんじゃねえぞ」

 随分と息が上がっている。【英雄孔(ヒロイックオーラ)】とユニークスキルだ。普段体を動かしていないならそろそろスタミナ切れって所だろう。
 どちらのスキルも効果時間はおおよそ10分。当然使用後待機時間(クールタイム)も存在する。

 奴のスキルが切れるタイミングを待つのがベストな選択肢だ。

 ただ、俺は例え()()()()()()()()()()()()()()()()としてもエリオスに聞かねばならないことがある。
 俺は息を吸った。

「エリオス・カルバス。殺される前に1つだけ教えて欲しい」
「あん!?」

「小部屋に子供達……茶髪で頬に傷を負ったあの子供のことだ。あれは何なんだ! なぜあんなわざとらしく似た容姿の子供を増やす!?」

 10歳の俺を見ているようで吐き気がしたんだ。その理由がどうしても知りたかった。

「アハハ! 見ちまったかぁ。あいつは俺のおもちゃだよ」

 エリオスは下劣な笑みを浮かべる。
 俺が膝をついていることに精神的な優位を感じているのだろう。
 昔と変わらないな。精神的に優位に立つとベラベラ喋るクセは。
 子供をおもちゃと評す所に怒りがこみ上げてくるが……。

「全員が全員頬に傷がつくわけがないだろ……おまえが付けたのか」

「そうだぜぇ。昔ロードっつぅガキを七英雄の小間使いとして飼っていてよぉ。まさかと思うがユニークスキルを持っていたのに奴隷扱いだったんだぜ」

「っ」

「健気なもんだぜ。あんなに殴られて、蹴られて……でも歯を食いしばって耐えてやがったんだ。アレリウス様が故郷を滅ぼした魔物から助けてくれたから期待した目をしやがって……。アヒャヒャヒャ!」

 エリオスは突如笑い出す。

 くっ、それは分かっていた。でも……あの時魔物から救ってくれなければ俺という存在はここにはいない。

「だけどよぉ。真実は簡単だ。滅ぼしたのは魔物じゃなくて俺達だったんだぜ! ほんと笑いが止まらなかった!」

「は?」

 何を言ってるんだコイツ。
 あの時……七英雄が俺の故郷に滞在。出ていった数日後に魔物が強襲してきて、直後にアレリウスが嫌な予感がしたからと言って戻ってきたんじゃないか。

 アレリウスを含む、皆がそう言っていた。

「ローデリアもひでぇこと言うぜ。儀式に使用した後は……七英雄の奴隷として別の記憶を押しつけて感謝で逃げられないようにすればいいってロードの故郷の皆殺し計画を考えたんだよ。俺も若干引いちまったぜ」

 あまりの衝撃の言葉に頭がまったくまわらない。
 何がどうなってこんなことに……。

「アレリウスも人が悪い。おまえを助けに来たって嘘ついてよぉ! アンタがしでかしたくせに! ギャハハ!」

 ああ……そうか。
 心の底では俺はまだ英雄達を信じていたのかもしれない。

「ガキってやつは単純だよな。ほんとバカだぜ、あいつ! 村長の息子っていうエラい立場だったのにすすんで奴隷になりやがったんだ!」

 アレリウスに助けられた時……俺は本当に嬉しかったんだ。
 本当の英雄だと……英雄に救われたとそう思っていた。

「まぁ結局魔王討伐しちゃって、スキルも不明だったから捨てちまったんだけどな!」

 全部……全部、俺の全てを奪ったのは七英雄だったってことなのか。
 マリヴェラの家族だけでなく、俺の全てを奪ったのも七英雄だったわけだ。

 あの助けられた記憶もねつ造されたことだって何で疑わなかったんだ。
 追放されて憎んでいたはずなのに憎みきれなかったのはそれがあったからか。
 命を救われた事実があるのだから。七英雄を訴えることをせず、静かな所で暮らそう。そう思ったんだ。

 だけど……それは間違っていた。

「アアアアアアアアアアア!」

「なんだ……?」

「パパ!」「パパ!」

「七英雄……おまえ達全員を殺してやる!」

 もう……茶番は終わりだ。