「こいつはひどいな」

 俺達が住むガトラン帝国とカルバス王国と国境を抜けて、王国内に入ったがその差は歴然だった。
 帝国の方はちゃんと旅行者1人1人の身分をチェックしている。
 なのに王国の方はもうフリーである。兵士がいるにはいるが……ノーチェックじゃないか。

 隣にいるアルヴァンが口を開く。

「向こうは偽造パスポートを作りたい放題だ。勝手に向こうの行政が了承してしまうから犯罪者が何食わぬ顔で帝国に入ってくる」
「一応正規の手続きという形になるのか」

 いくら帝国側で警備を厳重にしたとしても限度があるのだろう。
 帝国や隣国に入ってきた犯罪者達が誘拐をする。そういうことか。

「パパ。時間だ」
「分かった。行こうか」

 全てアルヴァンの予定通りに事が進んでいる。
 元々王国への侵攻も内通者を送り込んでいたため移動に使う導力車も確保されていた。
 国境から車で王都まで1時間ほど、この警備体制だったら何の苦労もせず王都入りできるだろう。

 何というか拍子抜けとも言える。
 いや、そうか……。俺があの時エリオス討伐を引き受けなくても、この国を滅ぼすつもりだったのかもしれない。

「フィロを先行させたが大丈夫なのか?」

 1人、フィロだけが先に王国入りしている。
 てっきり一緒に3人で行動すると思っていた。

「この戦いで一番面倒なことって何か分かる?」
「……エリオスを倒せないことか?」
「そうだね。もっと言えば時間をかけすぎて行方を眩ませられることだよ」

 この作戦にはかなりの数の人、資財が使われている。
 確かに時間をかければかけるほど費用は膨れ上がるものだ。エリオスを倒すだけであればフィロと対面させればそれで終わる。
 隠れられてしまうと探し出すのに時間がかかるのだ。
 なるべく短時間で費用をかけずに目的を達成することが大事だ。

「もし僕達3人が一緒に乗り込めば奴は逃げる可能性がある。僕の顔は割れてるからね」

 そうか帝国摂政であるアルヴァンは帝国のトップみたいなもの。
 面識はあるんだな。
 顔を隠したとすればより一層用心はするだろう。あの男はサポーター職だけあって警戒意識は強い。

「そこでフィロだけを送り込む。パパだって分かるでしょ。普段を知らなければフィロはただの容姿の良い女の子」
「エリオスは油断するというわけか」

 女をかき集めているエリオスにとってフィロのような容姿の良い子が1人で現れたら意地でも捕まえようとするだろう。

「父を殺された正義感の強い女騎士みたいな設定で乗り込めって言ってある」

 なるほど、エリオスのような自尊心と加虐心の強い男であれば強気な女性の心を折り屈服させるシチュエーションは大好物だ。
 逃げずに今か、今かと待ち望むに違いない。

「あの子は演じきれるのか?」
「フィロは意外に演技派だよ。らしくない敬語口調で狂気を隠しているのをパパは知っているでしょ」
「……そうだな」

 今、それを論じる時期ではない。
 エリオスを討つ……それだけを考えよう。

 まるでゴーストタウンのように静まりかえった王都に到着し、俺とアルヴァンは奥にある王宮へ足を踏み入れる。
 経済が無茶苦茶だと聞いていたが想像以上のようだ。道路で横たわる人々には活気がなく、全てを諦めたかのようだ。
 この国に住んでいたらぞっとしてしまいそうだ。

「この国は一刻も早く滅びて、再生させないといけない」

 アルヴァンの言うことに納得し、俺は拳に力を入れる。
 道路の先で駐車して、導力車から降りると、俺とアルヴァンは一直線に王宮内へ侵入した。

「な、なんだおまえたち!」

 フィロが入った後に配置された兵士だろうか。
 たった2人だ。痩せ細った体に萎びた鎧。動きも遅いが。

「俺がやろう」
「パパ、任せるよ」

 精霊剣『スピランチェ』を鞘から抜いて真っ直ぐ走りながら兵士に近づく。
 やはり伝説級の武器。手に馴染む。これならいくらでも戦えそうだ。
剣聖(ソードマスター)】スキルを発動。全ての剣の攻撃にダメージ補正が入り、威力が増大する。

「せいっ!」

 パワーを込めた一振りで兵士達の鎧を傷つけて吹き飛ばす。
 すぐさま精霊剣を鞘に戻して前へ進む。
 アルヴァンが後ろから追いついてくる。

「腕上げたね、パパ」
「やるようになっただろ? たまに父親らしいところを見せないとな」
「見違えた。まるでフィロの動きをトレースしているかのようだ」
「そ、それは……」
「何となく分かっているから、今は言わなくてもいいよ。パパが強くなることは計画において有利に働くからこちらとしても歓迎だ」

 しつけ、おん返しについては俺とマリヴェラだけの秘密事項であるため知らないはずだが……やはり感づかれていたか。
 この件は終わった後に改めてだな。

 王宮の中を走るが、兵士達の姿はかなり少ない。
 思った以上にフィロが引き付けたようだ。

 待ち合わせ場所にした、王宮の大広間に到着する。

「っ!」

 そこに立っていたのは血にまみれたフィロメーナの姿だった。

「あ、パパ!」

 フィロは振り返って、無邪気に笑う。