『帝国議会は下記を承認する。ハーヴァン孤児院を魔王国エストランデと改名し、マリヴェラ・ハーヴァンを魔王として任命する』

 固まってしまったマリヴェラに変わり俺はアルヴァンに声をかける。

「アルヴァン。これはいったいどういうことだ。説明してくれ」
「簡単な話だよパパ。この孤児院はガトラン帝国の所有物だ。だから帝国議会を開いて承認させてやった。明日……いや、もう今日だな。今日からこの孤児院は国に生まれかわる」
「そ、そんなバカな! そんなことできるわけ」

「できるよ。だって……僕は摂政だから。パパだって知ってるでしょ」

 アルヴァン・ハーヴァン。
 王政であるガトラン帝国だがこの数年の間に先代皇帝が崩御されたことによりわずか10歳のイングリス皇帝陛下が即位することになった。
 まだ若い皇帝を補佐するために摂政の位置についたのがこの目の前にいるアルヴァンである。
 正直新聞で見た時は目が出るかと思うくらいびっくりした。

 イングリス陛下了承の下、帝国の政治を行っているのがこのアルヴァンだ。
鋼魂摂政(こうこんせっしょう)】なんて二つ名で呼ばれているくらいだ。今、アルヴァンの才覚により帝国はものすごい好景気で力を伸ばしている。

「摂政の名の下にこの孤児院は魔王国へと変わる。そしてママは魔王となるというわけだ。元々、魔王の後継者だったわけだし、問題ないでしょ」

「あばばばばばば」

 マリヴェラは混乱していた。

「さすがに状況が変わりすぎだ! 子供達はどうなる!?」
「そこはまだ計画の第一段階だから変わらないよ。魔王国になろうと孤児院であることにかわりはない。実質の経営者がパパからママに変わることになるけど、まぁ変わらないよね」

「国を作って何をするつもりなんだ」
「そんなの決まってる。七英雄をぶっ殺す」

 っ!
 アルヴァンから名前が出てくるなんて……

「全てはパパとママのためなんだ。2人のために僕達はこの4年間。七英雄に復讐するための足場を作り始めた。フィロは最強の冒険家に、僕は七英雄に関わりの薄い、帝国の全てを掌握した」

 俺とマリヴェラの道徳教育がこのような結果を生み出してしまったのか。
 そんなつもりで教育したわけじゃないのに……。
 アルヴァンは続ける。

「僕達5人は大好きなパパとママが屈辱を受けたままってのが我慢ならなかった」

「誰がそんなことを望んだ! 俺とマリヴェラは幸せにのんびり暮らせられればよかったんだ!」

「そうだね。もし七英雄が良い世界に導いていたなら僕達はもっと別の手を使っただろう。パパは分かるはずだ。あの七英雄が何をしているかを……」

 言われなくても分かっていた。
 英雄王アレリウスが治める、アテナス王国は独裁政治により力を増しており、一強の侵略国家になってしまっている。
 そのしわ寄せに平民達はかなり苦しい生活をしていると聞く。
 他の英雄達が治める国もすべからく治安、交易、治水、全てが20年前よりも悪化し衰退し始めていた。
 そう……世界は七英雄によって終わり始めているのである。

「七英雄はこの世界のために滅ばさなければならない。パパとママの復讐を成し遂げられ、世界も救える。こんなに良いことはないだろう」

「ほげーー」

 マリヴェラは完全にパンクしてしまっていた。

「言いたいことは分かった。だがマリヴェラは王としての仕事なんてしたことがない。急には無理だ」

「知ってる。ママはただ象徴的な存在でいてくれたらいい。実務は僕がやる。そして僕達5人を指揮する最高司令官になるのはパパだ」
「っ!」
「パパの力は計画のアテにさせてもらっている。ママが動かないなら……パパが動くしかない」

 全てはアルヴァンの想定通りといった所か。俺のこの恩返しの力も知っているのかもしれない。
 天才の素質の子を150%の力で育てあげたんだ。凡人の俺が何を言っても無駄なのだろう。

「いきなりの話だし、パパとママが絶対嫌だというのであれば計画の修正も考える。だけど」

 アルヴァンはまっすぐ俺を見る。

「第一段階。これだけは手伝ってほしい。この第一段階をクリアして、最後にこのまま世直しを続けるか止めるかを決めてくれ」

「どんな計画だ」

「七英雄の1人エリオスの討伐、そうカルバス王国の滅亡だ」

「……!」

「帝国でもエリオス王の暴挙は目に余っている。確か孤児院も被害を受けたんでしょ」

 数年前、孤児院達の子供が誘拐される事件が発生した。
 エリオスによって全てを奪われた国の民の仕業である。
 あれからも直接的な被害は無かったが近隣の孤児院などで誘拐の話が後を絶たなかった。

「七英雄だがすでにアレリウスはエリオスを見限っているようだ。だから魔王国がカルバス王国を滅ぼしても黙認される」

 あの国は少なくとも10年以内に滅ぶ国である。経済効果をうまず、過去の利益をただ食い潰すだけの国。
 だけどその10年を待っていればさらなる被害が発生してしまう可能性が高い。

 アルヴァンの七英雄討伐計画の第一計画がこのエリオスの討伐だという。
 あの王を……あの国を生かしたままにするわけにはいかない。ポーラとペリルが拐われた事件は本当に怖かった。
 愛しい子供達を奪われる恐怖。あれを引き起こしたあの(エリオス)を許せないと本当に思った。

 もし……子供達の手を借りれば成し遂げられる……? 本当に?

「だめだ! だからといって俺の復讐劇におまえ達を巻き込むなんて」
「どうしたのパパ」

 ばっと振り向くとそこには金色のお下げ髪の女の子が恐る恐るこちらを見ていた。

「ペリル……」

 孤児院で育てている11歳のペリルだ。

「あ、フィロお姉さんにアルヴァンお兄さん……」
「起こしてしまったか、すまない」

 アルヴァンは申し訳なさそうに声をかける。
 摂政として過激な政治を行うアルヴァンだが弟や妹にはとても優しい。

「なぁペリル」
「なぁにパパ」
「数年前にペリルとポーラが誘拐された時……怖かったか?」

「……すごく怖かった」

 ペリルは少し目を瞑る。

「パパやママや孤児院のみんなに会えないんじゃないかって……すごく怖かったよ。わたし達を捕まえた男の人達もすごく必死だったし、どんな手を使ってでも捕まえようとしている。そんな風にも見えたの」

 あの後、誘拐犯は帝国警察に捕まった。
 後々聞いた話だとやはりあの男の家族はエリオスの手により破滅させられたのは事実らしい。
 もしエリオスがいなければあの男は誘拐なんて行動をしなかったんじゃないかと思う。
 誘拐の重さに度合いはないかもしれないが、あの男の行動は差し迫ったものがあった……。
 俺におん返しスキルがなければ俺は死に、2人の子供はエリオスの国に送られてしまった可能性が高い。

「パパ……弟や妹が誘拐されてほしくない。平和な世の中が欲しいよ」

 俺はその言葉で覚悟を決めた。

「アルヴァン」

 フィロとアルヴァンは俺の方を向く。

「第一段階のみ手を貸してやる。エリオスさえ倒せば今の暮らしが安泰するのも事実だ」
「分かった。乗り気じゃないパパ、ママに押しつけるのは本意じゃない。5人の代表として心に誓うよ」

「エリオスを倒すぞ!」

 子供達には告げなかったが俺にはもう一つ思う所があった。

 ―――記憶を奪った相手に土下座なんて、ほんとお粗末だなぁ

 あいつは俺の失った記憶のことを知っているかもしれない。
 何とか聞き出さないとな……。