「ほら、いつまで落ち込んでいるんだ?」
 ジクルドは腕の中で青ざめているディアナを見てクスクス笑う。
「私、勢いでついてきましたが。」

 戦えません!
(だって今は剣じゃないの!)

 ディアナの体は戦いとは無縁の生活だった。討伐には足手まといにしかならない。
「このまま戻った方が、でも離れるのは嫌。」
 どうしようと悩むディアナにジクルドはムッとした。
「俺がディアナを守るという選択肢はないのか?」
 ディアナはえ?とジクルドの顔を目上げる。ディアナの中で守られるという選択肢は無かったとハッキリとわかる。
「俺はそんなに頼りないか?」
 意地悪く言えばディアナは慌てて首を振る。
「だって私が守ってたから。」
 剣の頃はジクルドを敵から守っていた。守られる自分を想像出来ない。
「そうだったな。では、俺から守られるのは初めてだな。」
 ディアナに初めてを経験させられると思うとジクルドの機嫌が直った。ピンときていないディアナは突然のジクルドの反応に首を傾げた。

「今夜は野営だ。」
 テントを張る者、夕食の準備をする者、周りに危険がないか見回る者、皆がそれぞれが仕事を始め散らばる。
「私に何か出来ることがありますか?」
 ディアナは隣のジクルドを見上げた。剣の頃も初代の腰に在っただけだし、体を得ても令嬢だ。身の回りは侍女がしてくれる。ジクルドはディアナが何か、出来ることがないか、考える。
「…ありません、よね。」
 なかなか返事のないジクルドに何もないのだと察したディアナは申し訳なさそうに下を向いた。
「いや、あるぞ。」
 ニッコリ笑うとディアナの手をとり、歩き出した。

***

「いやぁ、助かります。」
 ジクルドの補佐官は仕事が減ったと笑顔だ。
「女性を連れてこれないので、私がいつもジクルド様の世話をしなくてはいけなくて。」
 男が男の世話なんて嫌でしょ!ね!嫌でしょ!と補佐官はグイグイとディアナに同意を求めた。
「はぁ、確かにですね。」
 ディアナがジクルドの世話をしやすいように言ってくれているのか、本音なのか、わからない。
「では、あとはよろしくお願いしますぅ。」
 必要なものは言ってください、と補佐官は足早にテントを出て行った。

「あの、何をすれば。」
 まずは食事とか?かしら。そんなことを考えているとジクルドがディアナの前に立った。
「今日は暑かったから。」
 確かに暑かった。言葉とジクルドの行動が結びつかずディアナは首を傾げる。
「先に体を拭きたい。」
 拭く?そうなのね。テントに置かれた机の上には桶と布が置いてある。あれを使うのね。ディアナは桶の水で濡らした布を絞るとその布をジクルドに差し出した。が、ジクルドはその布を取らない。
「ジーク様?」
 いつまでも動かないジクルドにディアナは困ってしまう。
「ディアナ。服を脱がしてくれ。」
「あ、ごめんなさい。今、脱がし。え?脱がす?」
 夫とはいえ、ジクルドの服を脱がしたことはない。ジクルドはいつも自分で自分のことをしてたから。
「あ、あの!」
 ニコニコしているジクルドの前でディアナは顔を真っ赤にして固まっている。
「俺の隅々まで知っているくせに今さら。」
 ほら早く、と大きく手を広げてジクルドはディアナを急かす。
「早くスッキリしたい。」
 逃がしてくれないジクルドにディアナは目を瞑るとゆっくりとジクルドのボタンを外していく。
 顔を真っ赤にしているディアナをジクルドは優しい目で見つめる。ディアナは全く気づいてないが。

「ありがとう。」
 やっとジクルドの服を肩から下ろす。ジクルドの胸や腕を見る時は夜ぐらいだからはっきりと見たことはない。

 こんなにカッコよかったんだ。

 テント内の灯りの中、ジクルドはもう一度好きになってしまいそうなほどカッコよかった。
「次、拭きますね。」
 ディアナはジクルドの胸に布あてる。
「さっきからなぜ俺を見ない?」
 ディアナの腰を引き寄せれば、ディアナはびっくりしてジクルドを見上げた。
「…恥ずかしい、です。」
「今さら?」
 不思議そうなジクルドからディアナは目を逸らした。
「だって、かっこぃぃ。」
 ディアナの声が小さくなっていく。すると、ジクルドからさらにきつく抱きしめられて、ディアナはジクルドの胸に押しつけられる形になった。
「ジーク様?」
 呼んでも返事がない。何かいけないことを言ったかも?

 見られなくてよかった。

 初代の記憶もあって実際の年の何倍も生きてる気がしていたが、照れるものだな。
 
***

「ジクルド様、できれば城に帰るまでは我慢していただけますかぁ!」
 補佐官の叫びでディアナは目を覚ます。
「妻が一緒にいて無理な話だ。」
 補佐官を見ようとするが、ディアナは補佐官から隠すようにジクルドの背中に隠されているため見ることができなかった。
 私だって妻や子に会いたいのに、とブツブツと言う補佐官がテントを出て行くとジクルドはディアナに向きなおる。ジクルドは出ていたディアナの肩に布をかけた。
「今日から討伐が始まる。ディアナは俺の後ろに守られてるんだぞ。」
 鋭さを見せるジクルドの瞳を見てディアナは頷いた。

***

 補佐官が用意をしてくれた、パンツスタイルの服に着替えたディアナはジクルドと共に馬に乗った。
 討伐隊は魔獣の出没し、襲われた村へ向かう。

「遅かったか。」
 村に着いたジクルドたちを迎える者は一人もいなかった。
「どうして?」
 この村は小さい村ではなかったはず。一人くらい逃げ延びた者がいない方がおかしい。
「また、ですね。」
 補佐官の言葉にジクルドは頷いた。
「また?」
「何度も討伐をおこなったが、今まで襲われた村で生き残った者に会ったことがない。」
 ジクルドの言葉にディアナは青ざめた。
 村の建物はあちこち破壊されている。なのに、死体さえも消えている。襲われた血の跡さえないのだ。だが、生きて帰った者もいない。
「そして、魔獣達は襲った村に俺たちが到着した後にまた、現れる。」
 まるで来るのを待っているように。

「来たぞ!剣をかまえろ!」
 一人が魔獣に気づき、声を上げた。その声に皆が剣を抜く。
 ジクルドはディアナを守るように背に隠す。
 ドドドドッと音を追いかけるように地面が揺れだした。
「ディアナ、離れるな。」
 はい、とディアナは返事をした。
 体は恐怖を感じて震えていた。でも、心は覚えている。初代とこういう戦いの場に何度も共にいた。
 懐かしい。
 
***

「おかしい。」
 皆が息を切らしながら口々に言う。
「おかしい?」
 ディアナの疑問にジクルドは頷いた。
「魔獣が強すぎる。」
 まるで精鋭部隊と戦っているみたいだ。以前のように作戦もなく突進するだけではなく、頭を使って攻撃してくる。
 つい、考え込んだジクルドは近づく魔獣に遅れをとった。気づいた時には魔獣の爪が目の前に迫っていた。

 く、ディアナだけは傷つけない。

 ジクルドはディアナを抱き寄せ庇う。
「ダメ!」
 ディアナの目が大きく開かれたと同時に光り始めた。

『ほぉ。あの光。』
 離れた場所から討伐の様子を見ていた魔獣がニヤリと笑う。

「ディアナ。」
 返事をしないディアナはジクルドの腕の中で襲いかかる魔獣に向かって手をかざした。
 漆黒の剣がディアナの手から現れ、魔獣めがけて飛んだ。剣は魔獣を貫き、魔獣と共に消える。
『我が主を傷つけるものは許さない。』

 ディアナは魔獣が消えるのを見届けるとジクルドを見上げた。
『主。』
 ジクルドの目つきが鋭く変わる。
「剣。」
 ディアナはジクルドの頰に触れた。
『また、貴方を守ってもいいですか?』
「ああ。」
 ジクルドの返事にディアナは嬉しそうほほ笑んだ。

 何度、生まれ変わろうと俺たちはこうなっていく。
 ジクルドとディアナはそう思った。
「ただ。」
 ジクルドはニヤリと笑うと、ディアナに口付けた。
「これからは守る以上を求めるがな。」
 ジクルドの言葉の意味を理解できず、止まっていたディアナがゆっくりと理解し始める。
「守る以上って。」
 恥ずかしいと頰を赤くしたディアナはジクルドの胸に顔を埋めた。

「王子殿下ぁ!逃げてください。」
 補佐官の叫びがジクルドとディアナを現実に引き戻す。
 二人がハッとした時には遅かった。二人の間に大きな衝撃がぶつかり、二人を引き離した。
「くっ、ディアナ?」
 衝撃で地面に転がったジクルドが痛みに耐えながら膝をつき身を起こす。周りを見るがディアナがいない。

『ほお、光だけでなく、貴方までお会いできるとは。』
 声の方を見れば、大きな山犬のがジクルドを見つめていた。山犬の大きな口はディアナを咥えている。ディアナはまだ意識が戻っていないようだ。
「ディアナ!」
 山犬へ向かおうとするジクルドを補佐官が止める。
「離せ!ディアナが!」
『かわいい弟子に逢えるかと思えば、綺麗な女性になっていたようだ。そして、貴方とまだ共にいたとは。』

 返してもらいますよ。

 山犬はジクルドたちに背を向けると走り出した。残っていた魔獣たちも山犬の後を追うように去っていった。
 
 ディアナーーーッ!