「そろそろいい頃じゃないのか?」
 ジクルドの執務室。書類を片手に仕事をしているジクルドは膝の上で座って寝てしまっているディアナの耳にソッと手をあてる。
「兄さん。そろそろとは?」
 皇太子殿下、モノリスは二人だけの時はジクルドに兄さんと呼ばせている。理由は、兄弟だから役名で呼ばないで、だそうだ。
 皇太子殿下を役名と言ったモノリスに、今のジクルドは面倒な性格が子孫に残ってしまったと心の中でため息をついた。
「いつになったらディアナと仲良くする事を許してくれるんだい?」
 モノリスを始め、皆、誤解が解けて早く前のように仲良くしたいと思っている。
「まあ、そのうち…。」
 伸ばすにはどうするか、ジクルドが言葉を濁していた時、突然、扉が叩かれた。

***

 魔獣が国境付近の村を襲っている。
 その報告にジクルドの眉間に皺がよる。
 魔獣。
 昔、まだ魔法が健在だった頃。
 最強と言われた魔法使いが魔法と獣を合体させるという実験をした。その結果、魔獣たちが誕生した。その魔獣の繁殖力は凄まじく、絶やすことは不可能だった。
 だが、魔獣は獣の性質が強く、討伐すると一時は静かになる。おそらくコレを繰り返すしか方法はない。

 このせいで国はディアナがいないと回復出来ないほど荒れてしまった。しかし、これがなければディアナとは出会えなかった。ジクルドは複雑な気分になる。

「ジーク?」
 陛下から名を呼ばれて、ジクルドはハッと我に返った。
「今回の討伐だが、モノリスに頼もうかと思う。」
 陛下の言葉にジクルドは驚いた。討伐はいつもジクルドが出陣していたからだ。
「どうしてですか?」
 魔獣はその時によって強さも種類も違った。もし手に負えなかったら皇太子の命が危なくり、国の将来にも関わってくる。
「ほら、ジークは結婚したばかりだろう。それに、ディアナのこともある。」
 今のディアナを残して、ジクルドが城を離れればディアナは居場所をなくしてしまう。いつ終わるかもわからない討伐の間、独りのディアナはかわいそうだ。
「陛下。」
「お父さんと呼びなさい。」
 モノリスにしてこの父ありか。ジクルドは咳払いをする。
「父さん。私が討伐でいない間、ディアナとまた、昔のように仲良くしてくだされば問題ありません。」
 討伐に出る前から少しずつディアナと皆の距離を縮めれば大丈夫だろう。
「弟よ。」
 ジクルドが初代の記憶を取り戻してから、モノリスはやけに弟を強調する。理由は初代の兄であると実感したいから。
「なんだい?兄さん。」
 ジクルドがにっこり笑えばすっごく嬉しそうなモノリスがいた。
「いいのか?討伐を頼んでも。」
「もちろんです。それに、討伐に行った方が。」

 政務より何倍もマシです。

「あっはっはっ。ジークは政務が嫌いだったな。」
 書類の言葉や文字からでもわかるぐらいだ、と陛下とモノリスは笑った。
「では、第二皇子、ジクルドに討伐を命ずる。」
 陛下の言葉でジクルドから笑みは消えた。

***

 今日は皇后陛下、皇太子妃とお茶会。
「ディアナ、やっとお話が出来たわね。」
 そう言いながらほほ笑むのは皇后陛下、アリシアである。
「何度お願いしても第二皇子は会わせてくれなかったの。」
 そう言いながら、口をとがらせるのは皇太子妃、ルチリアである。
「私はお二人とお茶をしてもいいのでしょうか。」
 ジクルドにした事を思うと、ジクルドが初代の記憶を取り戻したという秘密の事を思うとディアナは二人に申し訳ない気持ちになる。
「ジークから話を聞いたわ。」
「誤解は解けたから、もう大丈夫。」
 二人の優しい言葉とほほ笑みにディアナは泣きそうになった。

***

 メイドたちも、皆、ディアナを大事にしてくれるようになった。

「誤解がとけて嬉しいです。皆、前の時のように接してくれます。」
 夜。ジクルドの胸の上でうつらうつらしながらディアナは嬉しそうに話す。
「よかったな。」
 はい、とディアナは嬉しそうに返事をする。
「今も、寂しいか?」
 皆が怖いか?とは聞かず。
「いいえ。ジークがいて、優しい人たちに囲まれて寂しくありません。」
 ディアナの言葉にジクルドはディアナの頭を撫でながら、そうかと呟いた。

***

 数日後。
「どうして、今日はドレスが違うのかしら?」
 いつもの日常に着るドレスではなく、公式行事に着るドレスだ。
 メイドは今日はこのドレスを着るようにと言われていると返事をした。
 今日は何かあったかしら?
 ディアナは思い出そうとしている間に準備が整ってしまった。

 ディアナは城のバルコニーに案内された。このバルコニーは結婚式では門を開放して、国民に姿を見せる時、使節団や騎士団を見送る時に使われる場所だ。
「ディアナ。こちらへ。」
 なぜか、モノリスとルチリアより前に行かされてディアナは不安になる。それに、ジクルドはどこにもいない。
 ディアナはされるまま、バルコニーの手すりの前に立った。
「ジーク様?」
 あの姿は、確か討伐に向かう時の。
「どう、いう?」
 ディアナの体が震える。
「ジークから言わないようにって言われてたんだ。」
 ディアナはモノリスからジクルドが魔獣の討伐に向かうことを今、知らされた。
「じゃあ、皆が前と変わらずに接してくれるようになったのは。」
 ジクルドが討伐に行っている間、私が寂しくないように?
「そうだよ。」
 皆がディアナに頷いた。
「ジーク様。」

 置いて行くの?
 また、あの時みたいに。

 もう、私は剣じゃない。ジーク様の妻で、皇子妃なの。皇子妃なら討伐に行くジクルド様を見送るべき。

「ディアナ。」
 ディアナがジクルドを見つめる。ジクルドの場所からでもわかる。

 悲しませてしまったな。

 見えなくてもわかる。泣いているだろう。
 剣なら連れていけただろうが、剣ではないディアナを危険な場所へ連れて行くわけにはいかない。

 少しも離れたくはない
 危険だったとしても連れて行けたら。

 心の中心に湧く想いを必死に抑えながら、ディアナに背を向けた。

「ジーク様!!」
 ジークは言葉に不安を感じ、振り返った。
「ディ、ディアナ!」
 視界に入ったディアナはバルコニーから飛び出していた。ジクルドがディアナに向かって両手を広げるとディアナも手を伸ばした。ジクルドに受けとめられ、二人はそのまま地面に倒れ込んだ。
「ディアナ!危ないだろう!」
 抱きついて離れないディアナにジクルドは怒った。

「二度と離れないって言った!」
 目から止まることなく涙を流すディアナはジクルドの胸を何度も叩いた。
「ディアナ、君は剣ではないんだ。」
 自分が帰るのを待っていてくれと言うジクルドにディアナは嫌だと首を振る。
「ディアナ、いい子だから。」
「ジーク様だって離れたくないくせに!」
 その言葉にジクルドは固まる。
「独りにするくらいなら、一緒にって私を折ろうとしたぐらい離れたくなかったじゃない。」
 今でも同じでしょ!とディアナは叫んだ。
「知ってたのか?」
 ディアナには自分の独占欲が、剣を独りにさせたくないからと見えたのだろう。
「私はずっと剣の頃からジーク様を見てたんだから!」
 
 かなわないな。

「わかった。討伐にディアナを連れて行く。」
 ディアナを守れないほど自分は弱くはない。
 皆がザワザワしている中、ジクルドはディアナを自分の馬に乗せた。
「行ってくる。」
 胸に抱きつくディアナを抱きしめ、ジクルドの討伐隊は城を出た。

 ディアナ、もし…。
 君なら、俺と共にいてくれるのだろう。