消えた、だと?
 俺と共に在ったのに?

 そんなこと、許さない。

***

「ジー、ク様?」
 掴まれた手が痛い。
 どうして?
 自由になれるのよ?
 どうして?
 ジーク様は怒っているの?

 ジクルドの力の痛みにディアナは涙目になる。
「剣。逃げることは許さん。」
「え?」
 
 初代??

 青色の目が初代を思わせる。
「初代?」
「ああ、剣は、いや、ディアナは知らないな。初代皇帝の名は。」

 ジクルド。

「ジーク様と初代の名前が同じ?」
 ジクルドはディアナを引き寄せ、腕の中に閉じ込めてしまった。
「嘘よ。もしかして初代がジーク様の体を。」
「なんだ?俺がジクルドの体を乗っ取ったとでも?」
 ジクルドは笑った。楽しそうなジクルドだが、ディアナを抱きしめる力は強い。
「ディアナ、君と同じだ。」

***

 剣を壁に飾る。剣を置くことは決まっていたが、飾ることは決定事項ではなかった。
 それを剣は早とちりし、言葉を残し消えてしまった。
「俺が剣、お前を手放す?あり得ないだろ。」
 剣は上手く隠れただろうが、気配は消せなかった。初代は気配を感じながら、ソッとしておいただけだ。

 月日が流れ、その時はやってくる。
「剣。最期まで俺の所に帰って来なかったな。」
 剣はこれから永い時を本当に独りになる。
「剣。ずっと独りでいてくれ。俺は必ず、そばに行く。」
 生まれかわっても絶対忘れるものか。
「剣は俺だけの剣だ。」
 最期に伸ばした手は剣へ向けられていた。

***

「ジーク様が初代の生まれ変わり?」
 でも、初めて会った時は初代を感じなかった。
「あぁ。思い出したのは俺の胸に剣が刺さった時だ。」
 全てを思い出すのに時間がかかった、とジクルドは目を瞑る。
 人間一人の人生を思い出すことは大変だ。20歳のジクルドにとってキツイ記憶もあるだろう。
 ディアナはジクルドの目のクマに恐る恐る触れる。今度は払われなくてホッとした。
「ディアナ。俺を自由にして、どうするつもりだった?」
 さっきまでの事をすっかり忘れていたディアナは慌てた。
「あの、ジーク様を自由にして、その、私は。」
 この国から出ようとした、と言いかけて止まる。ジクルドの顔が怖かったからだ。
「この国を出るとでも?」
「あ、の。私はもう、剣だとばれて、家族からもこの国の民からも嫌われてしまっています。だから、それがジーク様にご迷惑をかけて、きゃあっ。」

 ディアナは言い終わる前にジクルドに担がれ、向かった先は寝室。
「ジーク、様?」
 ベッドに優しく下ろされ、寝かされたディアナはジクルドを見上げる。
「ディアナ。この国を出ることは許さないよ。」
 目を細め、笑うジクルドはゆっくりとディアナにかぶさる。
「でも。」
「俺も周りから嫌われてる。だから嫌われたディアナが俺に迷惑をかけることはないから、大丈夫だよ。」
 え?そういう問題ではない気がする。
「ディアナ、もう、俺たちは夫婦だろ。」
 嫌われた俺を一人、置いていくの?
「そう、言われたら。」
 ジクルドを見る、周りの貴族たちの目を知っているディアナはジクルドを一人に出来ない。
「行かないでくれ。」
 懇願する様に言われ、ディアナは頷くしかなかった。
「よかった。じゃあ、もういいな。」
 ジクルドの言葉にえ?と首を傾げるディアナにジクルドはほほ笑みながら首のボタンを外した。

***

 朝日の光がカーテンの隙間からディアナの肩にあたり、その暖かさにディアナは目を覚ました。
「…けほっ。」
 喉が痛い。ディアナは水を飲もうとベッドから降りようとしてお腹の痛みに固まる。
「ディアナ、どうした?」
 起きたディアナはジクルドの腕によって寝かされる。
「ん?水か?」
 待ってろとディアナを寝かせたままジクルドはベッドから降りていった。

 ねえ、剣だった娘を抱く?
 普通に考えて。

 水をコップに注ぐジクルドの背中を見つめながらディアナは思う。
「ディアナ。」
 ジクルドはコップの水を含んでディアナの唇に重ねた。
 恥ずかしい。
 恥ずかしくて目を瞑っても少し口を開いて入ってくる水は冷たくて。まだいるか?と聞いてくるジクルドにディアナは頰を赤くしながらも頷く。
「ディアナ。もう少し。」
 寝かせてくれ、とジクルドはディアナを自分の胸に引き上げ、また目を瞑る。
「ま、待ってください。」
 結婚する前と変わらないジクルドにディアナは慌てた。
「ん?」
「あの。ジーク様は、剣だった私をなんで、だ、だ。」
「抱いたかって?」
 ディアナは何度も頷く。
「剣ですよ?」
 信じられないとう顔のディアナにジクルドはフッと笑った。
「たしかに、俺は剣の主人だったが。今は、第二皇子で、ディアナと会った時からディアナを愛してきたのも俺であることは変わらない。」
 ディアナも剣だったが、ディアナとして育ち、ジクルドを愛したことも剣、ディアナであることは変わらない。
「じゃあ、もう隠れなくていいの?」
 ジーク様のそばにいてもいいの?
 涙声で聞くディアナの背をジクルドは優しく撫でた。

***

 ジクルドとディアナは前よりも仲良くなり、ジクルドの部屋にディアナがいることも多くなった。

「あの、ディアナ令嬢はずっと居るつもりですか?」
 ジクルドに言っているようでディアナに向けて発したジクルドの補佐官にディアナの肩が跳ねる。ジクルドの仕事が遅れているのはディアナが邪魔をしているのだと思っているのだ。
「あの、やっぱり、私は自分の部屋に。」
「かまわん。ディアナ、離れたら俺が困るからな。」
 もう、胸が苦しくなることはないのに、なぜジクルドはそんなことを言うのかしら。

 ディアナが剣であったことは皆が知っているが、ジクルドが初代皇帝の生まれ変わりなうえに記憶が戻っている事は二人の秘密という事にした。

 補佐官が部屋を出て、ディアナとジクルドの二人が残る。
「ディアナ、おいで。」
 ジクルドに呼ばれてディアナは素直にジクルドのそばに行き、ジクルドの膝に乗る。
「ジーク様。やっぱり昼間、私は自室の方に。」
 ディアナはジクルドに迷惑をかけているのだと心配している。
「かまわん。ディアナが膝にいないから仕事が速く終わらないんだ。」
 困る、と言われディアナはそれならとジクルドの胸に寄りかかる。

***

「皇太子殿下。ジクルド様からの報告書です。」
 ジクルドの補佐官が皇太子、モノリスに書類を渡す。
「ジクルドの様子は?あと…皇子妃は。」
 補佐官は大きなため息をついた。
「もう勘弁してください(泣)」
 いつもは意地悪を言うような私じゃないんですから!と一番の犠牲になっている補佐官は涙にハンカチをあてる。
 
 実は皇帝を始め、皆がジクルドとディアナのことはすでに知っている。
『ディアナは自分がいない方が私の為になると思えばすぐに国を出ていってしまう。』
 だから、ディアナがジクルドから離れないために、ディアナとジクルドには冷たくしてほしいとジクルドが皆に頼んだのだ。ディアナがいないとジクルドが独りになるのだとディアナに思わせるために。
 皇帝もモノリスも皇后陛下も、いや、皆、誤解が解け、ディアナと仲良くしたいのだ。ジクルドがお願いするからしぶしぶ距離をとっている。
「私の弟がここまでとは、気づかなかった私もまだまだだな。」

***
 
 大好きなジクルドの胸に寄りかかり、暖かい日があたり、寝てしまったディアナの髪を撫でながら、ジクルドは書類に目を通す。
「ん。」
 起きたかと書類から目をディアナに向ければ、まだ寝ているディアナにジクルドは優しい顔になる。

 ディアナは剣の時、怯えて隠れて永い時をいたせいか、ディアナとなっても人に接するのを避けていた。

「このまま、俺から少しも離れなければいい。」

***

 過去の記憶。
 ある戦いだった。深手をおった初代の俺は死を覚悟した。
「剣。よくここまで俺と戦ってくれた。今度は俺よりもっといい主人に。」
 振ってもらえ、と言いかけて止まる。

 この剣は俺の、俺だけの剣だ。
 
 なぜ、誰かになどと言えるのか。俺がここで終わるなら、この剣も共に。手が剣の刃を掴む。
「陛下!ご無事ですか!」
 仲間の声にハッとし、刃から手を離した。

***

「ん…。」
 ゆっくり、ジクルドは目を開けた。夢だったか。
「ジーク様。」
 声に心配を感じる。
「起きていたのか。」
「はい。うなされているようでした。」
 大丈夫ですか?と聞くディアナにジクルドは大丈夫だとほほ笑んだ。ディアナはホッとした顔をする。
「ディアナ。絶対離れるな。」
 強めに抱きしめてくるジクルドに、はい、とディアナは答えた。