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真生達と別れた後、祐二達は廊下を小走りで教室へ引き返した。間に合わなければサボろうと思っていたが、琴美が許さなかったのである。彼女の指示に従った涼に裕二まで無理やり連行されそうになり、仕方なく足を動かす。
「真生ちゃんが、何ともなくてよかったわ」
「青い顔して倒れてきた時はびっくりして心臓止まるかと思ったよ」
手を振っていた彼女の顔色が若干青かったことを思い出す。だが、平気だと笑っていたのだから、そんなに心配する必要もないのだろう。
「お前等が大げさなんだろ」
「そんなことないわよ。祐二も素直に、心配してたって言ってあげればいいのに」
琴美が少し後ろを走りながらおかしそうに笑う。素っ気なくしてしまったが、心配していなかったわけではない。ただ、それを真生相手に口にすることにどうしても躊躇いがあり、あんな突き放した物言いになってしまったのだ。
「オレに授業を受けろって言うんなら、足は緩めるなよ」
「あっ、話を逸らしたな」
「照れたの?」
からかうように笑われて、祐二はうんざりした。本当にこのはた迷惑なカップルは、こんな時ばかり気を合わせるのだから、どうしようもない。普段は喧嘩交じりのやり取りが常なのに、変なところばかり似ている。
三人が揃って教室に飛び込むと、すぐ後に担当が入ってきた。
「いやぁ、ぎりぎりセーフだ。間に合ってよかったな」
「日頃の行いがいいからだろ」
「あたしと涼はともかく、サボりまくってる人が何言ってるのよ」
三人でぽそぽそと話していると、号令がかかって授業が始まる。祐二は、自分の席に戻ると、机に突っ伏して我関せずを決め込む。ちらちらと来年定年を迎える頭の禿げあがった教師が視線を寄越している。一、二年の頃は煩く注意していた教師陣も、三年にもなると諦めの色を濃くして、五回に一回くらいの割合でおざなりに注意を促すだけになった。
世間一般では祐二のような輩は不良と位置づけられているらしい。年配の教師からは怖がられている部分があるようだった。別に教室で暴れたわけでも、周囲に暴力を振るったわけでもない。悪さと言えば、ただ時折サボるだけで、後は極々普通にやる気のない高校生をやっているだけだ。
外野にどう思われようとどうでもいい。祐二は態度を改める気もなかった。
授業が終わると、佑二と涼は購買で昼食を買って屋上へと向かった。
ドアを開くと先に来ていた真生と琴美が、笑顔が出迎える。四人は空に一番近い場所で、弁当を広げた。祐二の左に琴美、正面に涼、右隣りに真生の順で四人は円を描くように座ると、しゃべりながらの食事が始まる。
「真生ちゃんは進路の方はもう決めてる?」
「進学はしますけど、具体的なことはまだ未定です。先輩達はもう決まってるんですか?」
「あたしと涼は同じ大学へ推薦をもらう予定。祐二はまだだけど、もし進学するなら同じところに来てくれたらって思ってるわ」
照れたように琴美が笑うのを見て、祐二は胸の痛みを一人堪える。誘われているのは本当だったが、まだ返事はしていない。進学した先で今と同じ状態が続くことに、祐二自身が耐えられる確信がまだなかったからだ。
「もう少し考えさせてくれ」
「決めたら、絶対に一番先に教えろよ?」
「あぁ、わかった」
いつまでも三人一緒というわけにはいかない。離れることを選ぶ時がくるかもしれないし、歩く道が分かれることもあるだろう。それでも、いつか来るその日は「今」ではないから、今はただ卒業までの限りある時間を共に過ごせればいい。きっとそれは三人が望んでいる形でもあった。
「仲がよくていいですね。羨ましいです」
「それなら真生ちゃんも同じ大学に来ればいいじゃない! 勉強ならあたしも涼も見てあげるし、祐二だってやらないだけで地頭はいいのよ?」
さも名案を思いついたとばかりに目を輝かす琴美に、にこにこと笑っていた真生が面食らったように一瞬、目を見張る。しかし、その表情はゆるゆると崩れて、代わりにじんわりと笑みが浮かぶ。そのとても嬉しそうな表情の中で、彼女の目が焦がれるように揺れている。
「もし、そうできたら幸せですね……。でも、わたしの頭じゃかなり頑張らないと難しいかもしれません」
「ふふっ、任せなさい! その時になったらあたしがバッチリ教えてあげるわ」
茶化した言葉の中にも嬉しそうな色は隠しきれない真生に、琴美が楽しそうに笑う。
「オレもちゃんと先生役をしてあげるよ」
「ありがとうございます。じゃあ、もしそうなったら、その時はよろしくお願いしますね? ところで涼先輩、保健室では何を話していたんですか?」
「郁也くんのこと?」
「はい。聞いても教えてくれなかったんで」
興味津々で教えてほしいとせがむ彼女に、涼がニタリと不気味な笑みを浮かべる。碌なことじゃなさそうだ。佑二は自分のコロッケパンの袋を開けながら、半眼で二人を眺める。
「そりゃあ男同士の話だからさ。いくら真生ちゃんが相手でも言えなかっただろうねぇ」
「何よそれ?」
「琴美達は知らなくていいこと!」
「はぁ、そうなんですか?」
不思議そうに首を傾げて真生が曖昧に相槌を打つ。
「どうせお前のことだ。いつもの調子で馬鹿みたいに下らねぇこと聞いて、最後にはあのガキを怒らせたんだろ?」
「あらイヤだ。祐二ちゃんてば嫉妬ですかぁ?」
「今の何処に嫉妬する部分があったのか、オレの方が聞きてぇな」
「それはもちろん、親友の涼くんを取られたんじゃないか、という部分に」
「お前の頭は年中花が咲いてるみてぇだな。まぁ好きなだけ妄想してろや。頭で考える分には自由だかんな」
蔑んだ目を向けてやる。それなのに涼はにやけた顔を晒す。その目がにしゃにしゃと笑う。
「またまたぁ、祐二ちゃんったらつれないこと言っちゃって」
「究極のアホだな」
呆れた顔で前髪をくしゃりとかき上げて、祐二は盛大にため息を吐く。すると真生が小さく笑みを零すのを見つけた。
「お前も関係ねぇ面してんなよ?」
なんだかんだ言いつつも祐二は本気で口にしているわけではない。たとえ冗談でも涼に対して「親友じゃない」とは口にしないのだから。それを見透かされた気がして、照れを隠すように祐二が文句を言うと、今度は声を出して大きく笑われた。
「笑ってんな!」
「ごめんなさい。謝りますから首は絞めないでくださいよ。琴美先輩助けて!」
首に回された祐二の腕から逃れようと真生が身を捩じり、琴美と涼がおかしそうに笑う。明るい笑い声に、仏頂面をしていた祐二の顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。
真生達と別れた後、祐二達は廊下を小走りで教室へ引き返した。間に合わなければサボろうと思っていたが、琴美が許さなかったのである。彼女の指示に従った涼に裕二まで無理やり連行されそうになり、仕方なく足を動かす。
「真生ちゃんが、何ともなくてよかったわ」
「青い顔して倒れてきた時はびっくりして心臓止まるかと思ったよ」
手を振っていた彼女の顔色が若干青かったことを思い出す。だが、平気だと笑っていたのだから、そんなに心配する必要もないのだろう。
「お前等が大げさなんだろ」
「そんなことないわよ。祐二も素直に、心配してたって言ってあげればいいのに」
琴美が少し後ろを走りながらおかしそうに笑う。素っ気なくしてしまったが、心配していなかったわけではない。ただ、それを真生相手に口にすることにどうしても躊躇いがあり、あんな突き放した物言いになってしまったのだ。
「オレに授業を受けろって言うんなら、足は緩めるなよ」
「あっ、話を逸らしたな」
「照れたの?」
からかうように笑われて、祐二はうんざりした。本当にこのはた迷惑なカップルは、こんな時ばかり気を合わせるのだから、どうしようもない。普段は喧嘩交じりのやり取りが常なのに、変なところばかり似ている。
三人が揃って教室に飛び込むと、すぐ後に担当が入ってきた。
「いやぁ、ぎりぎりセーフだ。間に合ってよかったな」
「日頃の行いがいいからだろ」
「あたしと涼はともかく、サボりまくってる人が何言ってるのよ」
三人でぽそぽそと話していると、号令がかかって授業が始まる。祐二は、自分の席に戻ると、机に突っ伏して我関せずを決め込む。ちらちらと来年定年を迎える頭の禿げあがった教師が視線を寄越している。一、二年の頃は煩く注意していた教師陣も、三年にもなると諦めの色を濃くして、五回に一回くらいの割合でおざなりに注意を促すだけになった。
世間一般では祐二のような輩は不良と位置づけられているらしい。年配の教師からは怖がられている部分があるようだった。別に教室で暴れたわけでも、周囲に暴力を振るったわけでもない。悪さと言えば、ただ時折サボるだけで、後は極々普通にやる気のない高校生をやっているだけだ。
外野にどう思われようとどうでもいい。祐二は態度を改める気もなかった。
授業が終わると、佑二と涼は購買で昼食を買って屋上へと向かった。
ドアを開くと先に来ていた真生と琴美が、笑顔が出迎える。四人は空に一番近い場所で、弁当を広げた。祐二の左に琴美、正面に涼、右隣りに真生の順で四人は円を描くように座ると、しゃべりながらの食事が始まる。
「真生ちゃんは進路の方はもう決めてる?」
「進学はしますけど、具体的なことはまだ未定です。先輩達はもう決まってるんですか?」
「あたしと涼は同じ大学へ推薦をもらう予定。祐二はまだだけど、もし進学するなら同じところに来てくれたらって思ってるわ」
照れたように琴美が笑うのを見て、祐二は胸の痛みを一人堪える。誘われているのは本当だったが、まだ返事はしていない。進学した先で今と同じ状態が続くことに、祐二自身が耐えられる確信がまだなかったからだ。
「もう少し考えさせてくれ」
「決めたら、絶対に一番先に教えろよ?」
「あぁ、わかった」
いつまでも三人一緒というわけにはいかない。離れることを選ぶ時がくるかもしれないし、歩く道が分かれることもあるだろう。それでも、いつか来るその日は「今」ではないから、今はただ卒業までの限りある時間を共に過ごせればいい。きっとそれは三人が望んでいる形でもあった。
「仲がよくていいですね。羨ましいです」
「それなら真生ちゃんも同じ大学に来ればいいじゃない! 勉強ならあたしも涼も見てあげるし、祐二だってやらないだけで地頭はいいのよ?」
さも名案を思いついたとばかりに目を輝かす琴美に、にこにこと笑っていた真生が面食らったように一瞬、目を見張る。しかし、その表情はゆるゆると崩れて、代わりにじんわりと笑みが浮かぶ。そのとても嬉しそうな表情の中で、彼女の目が焦がれるように揺れている。
「もし、そうできたら幸せですね……。でも、わたしの頭じゃかなり頑張らないと難しいかもしれません」
「ふふっ、任せなさい! その時になったらあたしがバッチリ教えてあげるわ」
茶化した言葉の中にも嬉しそうな色は隠しきれない真生に、琴美が楽しそうに笑う。
「オレもちゃんと先生役をしてあげるよ」
「ありがとうございます。じゃあ、もしそうなったら、その時はよろしくお願いしますね? ところで涼先輩、保健室では何を話していたんですか?」
「郁也くんのこと?」
「はい。聞いても教えてくれなかったんで」
興味津々で教えてほしいとせがむ彼女に、涼がニタリと不気味な笑みを浮かべる。碌なことじゃなさそうだ。佑二は自分のコロッケパンの袋を開けながら、半眼で二人を眺める。
「そりゃあ男同士の話だからさ。いくら真生ちゃんが相手でも言えなかっただろうねぇ」
「何よそれ?」
「琴美達は知らなくていいこと!」
「はぁ、そうなんですか?」
不思議そうに首を傾げて真生が曖昧に相槌を打つ。
「どうせお前のことだ。いつもの調子で馬鹿みたいに下らねぇこと聞いて、最後にはあのガキを怒らせたんだろ?」
「あらイヤだ。祐二ちゃんてば嫉妬ですかぁ?」
「今の何処に嫉妬する部分があったのか、オレの方が聞きてぇな」
「それはもちろん、親友の涼くんを取られたんじゃないか、という部分に」
「お前の頭は年中花が咲いてるみてぇだな。まぁ好きなだけ妄想してろや。頭で考える分には自由だかんな」
蔑んだ目を向けてやる。それなのに涼はにやけた顔を晒す。その目がにしゃにしゃと笑う。
「またまたぁ、祐二ちゃんったらつれないこと言っちゃって」
「究極のアホだな」
呆れた顔で前髪をくしゃりとかき上げて、祐二は盛大にため息を吐く。すると真生が小さく笑みを零すのを見つけた。
「お前も関係ねぇ面してんなよ?」
なんだかんだ言いつつも祐二は本気で口にしているわけではない。たとえ冗談でも涼に対して「親友じゃない」とは口にしないのだから。それを見透かされた気がして、照れを隠すように祐二が文句を言うと、今度は声を出して大きく笑われた。
「笑ってんな!」
「ごめんなさい。謝りますから首は絞めないでくださいよ。琴美先輩助けて!」
首に回された祐二の腕から逃れようと真生が身を捩じり、琴美と涼がおかしそうに笑う。明るい笑い声に、仏頂面をしていた祐二の顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。