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それはまるで、ストレートの剛球を受けたような衝撃だった。
見覚えもない二年生に告白された時、祐二は内心面倒に思いながら断るつもりでいた。
試しで付き合えるほど器用な人間ではないし、その自覚があるだけに、答えは最初から決まっている。だから祐二はもう言い慣れてしまった言葉を伝えたのだ。
『悪いけど、誰とも付き合う気ねぇから』
たいていの相手はこれを聞くと泣き出しそうな顔をするか、俯くかを選ぶ。それなのに、彼女は満面の笑みを浮かべたのだ。
『大丈夫です! 私は好きですから』
単純でなんの捻りもない言葉。それなのに、その心が祐二の胸を打ったのだ。
笑った彼女の手は、小刻みに震えていた。
──どれだけの想いを込めて、この子はオレに告白して来たんだろう。
そう思うと、胸が痛かった。
『伝わるまで諦めませんので、覚悟しといてくださいね?』
茶目っけの中に隠された想いに気づいて、祐二は口を閉ざした。本来ならもう一度、冷たく突き放すべきだろう。けれど、その暖かな言葉は胸に染み込んでくるようで、祐二にはどうしても撥ね退けられなかったのだ。
想い続ける、その苦しさがわかるから。
それでも想うことを止められない切なさを知っているから。
だから、その時の祐二にはどうしても彼女の想いを否定することができなかったのだ。
その予告通りに、真生は毎日のように祐二の前に現れた。朝、昼、放課後を問わず話かけては、なにかにつけ好意を伝えてくる。
最初は拒絶していた祐二も、自分の想いを押しつけるのではなく、ただ伝えようとする彼女に、冷たい言葉を吐けなくなった。
しつこいと文句を言おうが、もう来るなと拒絶しようが、真生はいつも笑顔を見せて、けしてめげない。どんな冷たい言葉を吐いても、傷ついた顔を見せない彼女に、佑二はいつの間にか安心していたのだ。
「なぁにしてんの? 祐二ちゃん」
後ろから回った腕に軽く首を絞められ、祐二は眉間の皺を深くした。
「誰が祐二ちゃんだ。気色悪い言い方すんな」
乱暴に腕を振り払えば、にまりと笑う顔が目の前に寄せられる。祐二とほとんど変わらない上背と、がっちりした腕と足。髪の色も明るく色抜きされ、Yシャツは上から二つボタンが外されていた。
面白そうに笑っていることが多い目は垂れ気味で、豊な表情と相成り、人好きのする雰囲気を醸し出す。そんな彼の名前は郷田涼。
人当たりがよく、クラスのムードメーカー的な涼と、一人でいることを好む祐二はタイプこそ正反対だが、中学から続くその関係は親友だった。
「随分冷たいんでないの? 祐二君。これを見てもそんなことが言えるのかなぁ?」
差し出されたのはなんの変哲もないノート。しかし、そこに込められた意味はわかる。
「サボってたお前には必要なんじゃね?」
祐二がガラ悪く舌打ちすると、涼はにやにやと人の悪い笑みを浮かべてノートを左右に振った。
「ちっ、悪かった。いいからさっさと寄越せ」
「まぁ、酷い言い方! 『涼様、お願いします』って言ったら貸してやらんこともないぜ?」
いっそ殴ってやろうかと思っていると、後ろで笑い声がした。
「あたしのを貸そうか?」
口元を手で隠しながら笑っていたのは、涼の彼女、浅羽琴美だった。
背中まで伸ばされた髪は茶色く染め抜かれ、女子にしては高い背の琴美にはよく似合っている。健康的な小麦色に焼けた肌と、大人びた表情。その勝気な瞳は、柔らかい色を宿している。
「おっ、やっさしいじゃん琴美ちゃん。その優しさをオレにも分けてよ」
「あたしはいつだって優しいわよ」
琴美の肩に顔を埋めて懐く涼に、琴美が呆れた顔をしてその頭を軽く叩いた。
じゃれあう二人の様子に、祐二の胸は痛む。それを誤魔化すように、祐二は静かに目を逸らせる。
琴美と知り合ったのは、涼が自分の彼女として紹介してきたのがきっかけである。しかし、その後も顔を合わせれば挨拶する程度で、深く関わるつもりなんてなかった。
いつも涼と笑い合っていたはずの彼女が、教室で一人声を殺して泣く姿を目にするまでは。
泣き声を漏らさず、ただ静かに涙を零す琴美から、祐二は視線を外せなかった。噛みしめた唇の痛々しさになにも言えずに突っ立っていると、気づいた彼女が慌てて涙を拭い、困ったように苦笑したのだ。
『ごめん。見苦しいところを見せたわね』
そのぎこちない笑みに、祐二は深く胸を突かれた。教室を出て行こうとした彼女の腕を掴んだ時には、もう惹かれていたのかもしれない。
彼女の姿を目で追うようになってから、祐二は自分が許されない恋に堕ちてしまったのだと気づいた。
親友の彼女を好きになっていた自分。
許されるはずのない想いは、行き場所を知らないまま、静かに祐二の中に積り続けた。伝えられない苦しみを抱えながら、傍を離れることもできない現状に、何度息がつまりそうになったことだろう。
──感情なんてなくなっちまえば、楽なのによ……。
それなのに、想うことを止めることさえ出来ない自分が滑稽で、どうしようもなく愚かに思えて内心自嘲する。
「せ・ん・ぱ・いっ!」
ボールが弾むような声と同時に背中に負荷がかかった。前のめりになった祐二は、目を座らせて犯人に振り返る。
「危ねぇだろうが。いきなり飛びつくな」
「すみません。先輩を見つけた感動を抑えきれなくて、つい」
へらりと笑いながらもう一度「すみません」と謝る真生に、祐二は緩く息を吐き出した。
正直言えば、今は明るい真生の存在に救われていた。彼女のふざけた言動に巻き込まれて、気づいた時には心が軽くなっていた、なんてことが増えている。祐二が抱えた苦しみを誰よりも理解しているのは、ある意味において真生なのだ。
──その辛さを知りながら、同じ辛さしか与えてやれねぇのは、皮肉だな……。
「悪いと思うなら、もう少し申し訳なさそうな顔をして謝れ。ったく、なんでまたお前の面を拝まなくちゃなんねぇんだ」
祐二は悪態をつくと、わざとらしく顔を顰めて見せる。
「先輩ってば何言っちゃってるんですか。会いたいから会いに来たんです。たまには私とデートでもしませんか?」
「冗談じゃねぇ。お前とそんなことするか」
「あらら……残念ですねぇ」
そう言いながらも、からからと笑う彼女に別段暗い所はない。軽口めいたやりとりはしても、さっぱりと後に残さない。そんな真生の性格は、祐二にとって非常に楽なものだった。
「毎日御苦労さんだねぇ、真生ちゃんも。オレの親友がそんなに好きかい?」
「それはもう、大好きですよ」
揶揄うように笑っていた涼も、真生の素直すぎる笑顔には敵わなかったようで、含んだ笑みを柔らかな苦笑に変えて、祐二に話を向ける。
「惚気られちゃったよ」
「オレに振るな」
反応に困る話題は聞かなかった振りをして、佑二は顔を逸らした。隣では、琴美と真生の間で勝手に話が進められていた。
「ねぇ、せっかく来てくれたんだし、お昼一緒しない?」
「えっ? でも、お邪魔じゃないですか?」
「全然邪魔じゃないよ。人数多い方が楽しいでしょ? それにほら、祐二もいるしね」
戸惑った顔で遠慮しようとする彼女に、琴美は祐二の背中あたりを軽く叩いて笑う。何も知らない彼女の言葉が胸に刺さった。その痛みに密かに奥歯を噛みしめて耐える。
「祐二もこんないい子が相手なんだから、さっさと素直になっちゃえばいいのに」
後押しするかのような言葉が、激しい苛立ちを誘い、かっと胸を焼いた。
「こいつと付き合うつもりはさらさらねぇって前から言ってんだろうが!」
噛み殺せなかった感情が、つい、きつい言葉となって出てしまっていた。思ったよりも大きく響いた声に、教室の賑わいが一瞬で消える。
──やばい。今のは、傷つけたよな……。
咄嗟に謝れるほど素直にはなれなくて、どうすればいいのかと迷う。しんとしてしまった教室に気まずい空気が流れ始める。
「……あらら、また振られちゃいました。こんなに先輩を想ってるのになぁ。何が足りないんですかねぇ」
真生は両手を祈るように合せて、嘆く振りをする。その大袈裟な仕草に、気まずさに包まれかけた場の空気が緩む。
「こんなに想われて、いったいどこが不満なんだか。なぁ、皆もそう思うよなぁ?」
それに同乗するかのように涼が軽い口調で周囲を見回せば、教室内にざわめきが戻り、笑いが漏れ聞えてくる。
「真生ちゃん、祐二なんかやめてオレにしなぁい?」
「今のとこ、先輩一筋なんで。気持ちだけありがたく貰っときますね!」
「だっせぇ奴っ、速攻で振られてやんの」
「頑張って! 応援してるわ!」
「ご声援ありがとうございまーす! 今後も河野真生をよろしくお願いします!」
「選挙かよ!」
クラスの女子に手まで振りながら答える真生に思わず突っ込めば、気まずさは微塵もなくなっていた。
「ふざけるのはそこまでにして、時間も無くなっちゃうし外に行こうか?」
「賛成。たまには悪くないわね」
琴美と涼が弁当を片手に立ち上がり、琴美が真生の左手を引いていく。
「何してるんですか、先輩。ほら、一緒に行きましょう?」
ぼんやりしたままその光景を見ていた祐二に、にっこり笑って真生が促す。その柔らかな笑顔を見た瞬間、胸の中で何かがことりと動いた気がした。
「ああ……」
揺らぎかけた気持ちを自覚する前に、佑二はそこから目を逸らした。
それはまるで、ストレートの剛球を受けたような衝撃だった。
見覚えもない二年生に告白された時、祐二は内心面倒に思いながら断るつもりでいた。
試しで付き合えるほど器用な人間ではないし、その自覚があるだけに、答えは最初から決まっている。だから祐二はもう言い慣れてしまった言葉を伝えたのだ。
『悪いけど、誰とも付き合う気ねぇから』
たいていの相手はこれを聞くと泣き出しそうな顔をするか、俯くかを選ぶ。それなのに、彼女は満面の笑みを浮かべたのだ。
『大丈夫です! 私は好きですから』
単純でなんの捻りもない言葉。それなのに、その心が祐二の胸を打ったのだ。
笑った彼女の手は、小刻みに震えていた。
──どれだけの想いを込めて、この子はオレに告白して来たんだろう。
そう思うと、胸が痛かった。
『伝わるまで諦めませんので、覚悟しといてくださいね?』
茶目っけの中に隠された想いに気づいて、祐二は口を閉ざした。本来ならもう一度、冷たく突き放すべきだろう。けれど、その暖かな言葉は胸に染み込んでくるようで、祐二にはどうしても撥ね退けられなかったのだ。
想い続ける、その苦しさがわかるから。
それでも想うことを止められない切なさを知っているから。
だから、その時の祐二にはどうしても彼女の想いを否定することができなかったのだ。
その予告通りに、真生は毎日のように祐二の前に現れた。朝、昼、放課後を問わず話かけては、なにかにつけ好意を伝えてくる。
最初は拒絶していた祐二も、自分の想いを押しつけるのではなく、ただ伝えようとする彼女に、冷たい言葉を吐けなくなった。
しつこいと文句を言おうが、もう来るなと拒絶しようが、真生はいつも笑顔を見せて、けしてめげない。どんな冷たい言葉を吐いても、傷ついた顔を見せない彼女に、佑二はいつの間にか安心していたのだ。
「なぁにしてんの? 祐二ちゃん」
後ろから回った腕に軽く首を絞められ、祐二は眉間の皺を深くした。
「誰が祐二ちゃんだ。気色悪い言い方すんな」
乱暴に腕を振り払えば、にまりと笑う顔が目の前に寄せられる。祐二とほとんど変わらない上背と、がっちりした腕と足。髪の色も明るく色抜きされ、Yシャツは上から二つボタンが外されていた。
面白そうに笑っていることが多い目は垂れ気味で、豊な表情と相成り、人好きのする雰囲気を醸し出す。そんな彼の名前は郷田涼。
人当たりがよく、クラスのムードメーカー的な涼と、一人でいることを好む祐二はタイプこそ正反対だが、中学から続くその関係は親友だった。
「随分冷たいんでないの? 祐二君。これを見てもそんなことが言えるのかなぁ?」
差し出されたのはなんの変哲もないノート。しかし、そこに込められた意味はわかる。
「サボってたお前には必要なんじゃね?」
祐二がガラ悪く舌打ちすると、涼はにやにやと人の悪い笑みを浮かべてノートを左右に振った。
「ちっ、悪かった。いいからさっさと寄越せ」
「まぁ、酷い言い方! 『涼様、お願いします』って言ったら貸してやらんこともないぜ?」
いっそ殴ってやろうかと思っていると、後ろで笑い声がした。
「あたしのを貸そうか?」
口元を手で隠しながら笑っていたのは、涼の彼女、浅羽琴美だった。
背中まで伸ばされた髪は茶色く染め抜かれ、女子にしては高い背の琴美にはよく似合っている。健康的な小麦色に焼けた肌と、大人びた表情。その勝気な瞳は、柔らかい色を宿している。
「おっ、やっさしいじゃん琴美ちゃん。その優しさをオレにも分けてよ」
「あたしはいつだって優しいわよ」
琴美の肩に顔を埋めて懐く涼に、琴美が呆れた顔をしてその頭を軽く叩いた。
じゃれあう二人の様子に、祐二の胸は痛む。それを誤魔化すように、祐二は静かに目を逸らせる。
琴美と知り合ったのは、涼が自分の彼女として紹介してきたのがきっかけである。しかし、その後も顔を合わせれば挨拶する程度で、深く関わるつもりなんてなかった。
いつも涼と笑い合っていたはずの彼女が、教室で一人声を殺して泣く姿を目にするまでは。
泣き声を漏らさず、ただ静かに涙を零す琴美から、祐二は視線を外せなかった。噛みしめた唇の痛々しさになにも言えずに突っ立っていると、気づいた彼女が慌てて涙を拭い、困ったように苦笑したのだ。
『ごめん。見苦しいところを見せたわね』
そのぎこちない笑みに、祐二は深く胸を突かれた。教室を出て行こうとした彼女の腕を掴んだ時には、もう惹かれていたのかもしれない。
彼女の姿を目で追うようになってから、祐二は自分が許されない恋に堕ちてしまったのだと気づいた。
親友の彼女を好きになっていた自分。
許されるはずのない想いは、行き場所を知らないまま、静かに祐二の中に積り続けた。伝えられない苦しみを抱えながら、傍を離れることもできない現状に、何度息がつまりそうになったことだろう。
──感情なんてなくなっちまえば、楽なのによ……。
それなのに、想うことを止めることさえ出来ない自分が滑稽で、どうしようもなく愚かに思えて内心自嘲する。
「せ・ん・ぱ・いっ!」
ボールが弾むような声と同時に背中に負荷がかかった。前のめりになった祐二は、目を座らせて犯人に振り返る。
「危ねぇだろうが。いきなり飛びつくな」
「すみません。先輩を見つけた感動を抑えきれなくて、つい」
へらりと笑いながらもう一度「すみません」と謝る真生に、祐二は緩く息を吐き出した。
正直言えば、今は明るい真生の存在に救われていた。彼女のふざけた言動に巻き込まれて、気づいた時には心が軽くなっていた、なんてことが増えている。祐二が抱えた苦しみを誰よりも理解しているのは、ある意味において真生なのだ。
──その辛さを知りながら、同じ辛さしか与えてやれねぇのは、皮肉だな……。
「悪いと思うなら、もう少し申し訳なさそうな顔をして謝れ。ったく、なんでまたお前の面を拝まなくちゃなんねぇんだ」
祐二は悪態をつくと、わざとらしく顔を顰めて見せる。
「先輩ってば何言っちゃってるんですか。会いたいから会いに来たんです。たまには私とデートでもしませんか?」
「冗談じゃねぇ。お前とそんなことするか」
「あらら……残念ですねぇ」
そう言いながらも、からからと笑う彼女に別段暗い所はない。軽口めいたやりとりはしても、さっぱりと後に残さない。そんな真生の性格は、祐二にとって非常に楽なものだった。
「毎日御苦労さんだねぇ、真生ちゃんも。オレの親友がそんなに好きかい?」
「それはもう、大好きですよ」
揶揄うように笑っていた涼も、真生の素直すぎる笑顔には敵わなかったようで、含んだ笑みを柔らかな苦笑に変えて、祐二に話を向ける。
「惚気られちゃったよ」
「オレに振るな」
反応に困る話題は聞かなかった振りをして、佑二は顔を逸らした。隣では、琴美と真生の間で勝手に話が進められていた。
「ねぇ、せっかく来てくれたんだし、お昼一緒しない?」
「えっ? でも、お邪魔じゃないですか?」
「全然邪魔じゃないよ。人数多い方が楽しいでしょ? それにほら、祐二もいるしね」
戸惑った顔で遠慮しようとする彼女に、琴美は祐二の背中あたりを軽く叩いて笑う。何も知らない彼女の言葉が胸に刺さった。その痛みに密かに奥歯を噛みしめて耐える。
「祐二もこんないい子が相手なんだから、さっさと素直になっちゃえばいいのに」
後押しするかのような言葉が、激しい苛立ちを誘い、かっと胸を焼いた。
「こいつと付き合うつもりはさらさらねぇって前から言ってんだろうが!」
噛み殺せなかった感情が、つい、きつい言葉となって出てしまっていた。思ったよりも大きく響いた声に、教室の賑わいが一瞬で消える。
──やばい。今のは、傷つけたよな……。
咄嗟に謝れるほど素直にはなれなくて、どうすればいいのかと迷う。しんとしてしまった教室に気まずい空気が流れ始める。
「……あらら、また振られちゃいました。こんなに先輩を想ってるのになぁ。何が足りないんですかねぇ」
真生は両手を祈るように合せて、嘆く振りをする。その大袈裟な仕草に、気まずさに包まれかけた場の空気が緩む。
「こんなに想われて、いったいどこが不満なんだか。なぁ、皆もそう思うよなぁ?」
それに同乗するかのように涼が軽い口調で周囲を見回せば、教室内にざわめきが戻り、笑いが漏れ聞えてくる。
「真生ちゃん、祐二なんかやめてオレにしなぁい?」
「今のとこ、先輩一筋なんで。気持ちだけありがたく貰っときますね!」
「だっせぇ奴っ、速攻で振られてやんの」
「頑張って! 応援してるわ!」
「ご声援ありがとうございまーす! 今後も河野真生をよろしくお願いします!」
「選挙かよ!」
クラスの女子に手まで振りながら答える真生に思わず突っ込めば、気まずさは微塵もなくなっていた。
「ふざけるのはそこまでにして、時間も無くなっちゃうし外に行こうか?」
「賛成。たまには悪くないわね」
琴美と涼が弁当を片手に立ち上がり、琴美が真生の左手を引いていく。
「何してるんですか、先輩。ほら、一緒に行きましょう?」
ぼんやりしたままその光景を見ていた祐二に、にっこり笑って真生が促す。その柔らかな笑顔を見た瞬間、胸の中で何かがことりと動いた気がした。
「ああ……」
揺らぎかけた気持ちを自覚する前に、佑二はそこから目を逸らした。