満足げに頷いた小野様は、口の片端を上げてとんでもない事をサラリと言う。

「もしも、私の言葉を素直に受け止めなかった時は、問答無用で地獄へ送るところだったわ」
「えっ??」

 その言葉に、僕は瞬時に青ざめ固まる。小鬼はそんな僕を慰めるかのように、僕の右脹脛(ふくらはぎ)を軽くポンポンと叩いた。

 それから、腰に両手を当てて小野様へと向き直る。

「も〜、小野さま〜。冗談はおやめください。古森さんが固まってしまったではありませんか〜。そういう発言は、パワハラですよ〜。パ〜ワ〜ハ〜ラ〜。コンプライアンスに抵触しますよ〜」

 小鬼のお叱りモードに、小野様は片眉を上げて面倒臭そうな顔になる。

「単なる軽口ではないか。本当に近頃は面倒くさい」
「そんな事を言って、ダメですよ〜」

 軽口……冗談……だったのか。

 小鬼と小野様のやり取りを聞きながら、ポカンと口を開けてしまう。

「まぁその、なんだ。今のは、ほんの軽口ゆえ、気にすることはない。良いな。古森」
「はぁ」

 小鬼に叱られて、その場をなんとか取り繕おうとする小野様は、これまでの威厳は一体何処へいったのかと首を傾げたくなるほどに、ビジネススーツを無駄に着こなしているただのオッサン、もとい、ただのオニーサンに見えてしまい、僕は思わず眉を顰めた。

「もぉ〜、古森さんも、そんな顔しちゃダメですよ〜。小野さまは、目下、お茶目とコンプライアンスを勉強中なのです〜。だから、広い心で許してあげてください〜」
「いや、うん。あの、別に冗談なら良いんだけど……ね。なんか、今までのイメージと違う気がするのは、僕の気のせい?」
「大丈夫ですよ〜。これが普段の小野さまです〜。小野さまは、まだまだ冗談は不慣れですが、お仕事は完璧ですからね〜。何も心配ありませんよ〜」

 小鬼の褒めているのか、貶しているのかよく分からないフォローに、小野様は腕を組み、プイッと顔を背ける。

 そんな小野様の態度を見ていたら、なんだか、この二人のチグハグな関係性がとても可笑しく思えた。そこにこれからは自分も加わるのかと思うと、二人に振り回される場面しか想像出来ず、僕の顔は笑みと苦笑とでヒクヒクと痙攣しかける。

 そんな僕の態度を目ざとく見つけた小野様は、やめろと言わんばかりに眼鏡越しに睨みを効かせてきた。

 でも、なんだかそれももう怖くないと思えてしまう。

 しかし、従わなければ後々面倒な事になることも分かるので、ここは従順に従うフリをするべきだろう。