事務官が姿を消しどことなく室内の空気が緩む。

 ヘナヘナとベッドの縁へ腰を下ろした僕の元へ、小鬼が焼鏝(やきごて)を手に駆け寄ってきた。

「古森さん〜。早速、認証印を押してしまいましょう」
「ああ。うん」

 僕はズボンの裾を捲りあげ、三つの焼印が付いた右膝を小鬼に向ける。

「では、行きますよ〜。はい、三、二、一〜」

 小鬼の掛け声の後に、ジュウと肉の焼ける音が耳に届く。

 音が聞こえなくなり、しばらくして右膝を確認すると、三つ目の傷と同じライン上、二つ目の傷の右斜め上に新たに赤く焼け焦げた小さな傷が付けられていた。

「はい。古森さん、終わりました〜。お疲れ様です〜」

 僕はしばらく右膝の傷痕を眺めてから、小鬼に声をかけた。

「ねぇ。小鬼?」
「はい。何でしょう〜?」
「これから僕はどうなるのかな?」

 僕のポツリとしたつぶやきのあと、小鬼は手にした焼鏝をポンとベッドに置き、ヨッと掛け声を掛けつつベッドへと飛び乗る。僕の右隣に腰を下ろすと、僕を見上げながらニカッと笑う。

「きっと、大丈夫ですよ~。古森さんは、頑張りましたから~」
「そうかな? ほとんど小鬼のおかげだよ。励ましてくれたり、ヒントをくれたりしてくれたから」
「いえいえ~。僕はお仕事をしただけですよ~。お母上にしっかりとお話をされていたのは、古森さんご自身ではないですか~」
「母さんか……。本物の母さんとも、しっかりと話をすれば良かったな……」
「古森さん……」

 感傷的になり、口籠る僕につられてか小鬼も俯いてしまう。室内を静寂だけが過ぎていく。

 その静寂を終わらせたのは、小鬼の遠慮がちな問いだった。

「あの、古森さん?」
「うん?」
「もしも、ですよ? もし、もう一度お母上に会えたら何をしますか~?」
「もう一度? う~ん。そうだなぁ」

 僕は顔を上に向け腕を組み目を閉じて考える。頭の中ではあれやこれやと僕と母が二人で過ごすイメージが駆け巡る。

 やがて僕は小鬼の方へと向き直る。

「母さんと、お茶を飲むかな」
「お茶ですか~?」
「うん。そう。今回の研修みたいに、お茶を飲みながらいろいろ話したい。なんなら、何も話さなくてもいい。ただ、まったりとした時間を一緒に過ごすだけでも。これまでそういうことしてこなかったから」
「それはいいですね~。素敵な親孝行だと思います。僕も今日帰ったら、母上とお茶しようかな~」

 小鬼は足をプラプラとさせながら楽し気に思いを馳せている。そんな姿を見ていると少し羨ましくなった。