僕の言葉に母は頷くと、自分の食器と僕の分の食器を一度キッチンへと片付ける。

 一人になった隙に僕は息を長く吐き出した。しかし、スッキリしない。なんだか胸に重石を入れられたみたいに胸が詰まって苦しかった。

 母の言葉を思い出す。

 自分でも忘れていた小さな頃の甘いはずの思い出。冥界区に来て小鬼に指摘されるまで完全に忘れていた苦い出来事。

 そんな些細な日常を母は覚えていて、気に病んでいる。

 確かに僕はいつの間にか人と関わる事が億劫になり、一人の殻に閉じこもって本心を誰にも見せなくなった。

 でも、そのきっかけが母の言う「シュークリーム盗み食い事件」に端を発するかと言われたら、それは違うような気がした。

 事実、僕は盗み食いをしたことも、母に叱られたことさえも忘れていたのだから。

 僕は極度の人見知りを言い訳に、家族にも好きな人にさえも背を向けていただけだ。

 今なら分かる。誰も何も言ってこないのをいいことに、好きなだけ自分の殻に閉じこもっていたくせに、誰も自分なんて相手にしないと卑屈になっていただけだと。

 僕は甘えていたのだ。殻に閉じこもっていればいつか誰かが僕を気にかけてくれるのではないかと。それでも、周りの人たちが僕の望む通りに目を向けてくれないと、僕は自分から周りを遠ざけた。

 自分から動かなければ相手も動かないのに。自分から気持ちを伝えなければ、相手には伝わらないのに。

 僕はただの天邪鬼だった。母が気に病むことなど何もない。自分の自己中心的な態度が、まざまざと思い出され苦しくなる。

 少しでもその苦しさから逃れたいと目を瞑った。しかし、苦悩は頭の中をぐるぐると廻り思わず眉間に皺が寄る。

「ちょっとどうしたの? 険しい顔をして。どこか痛い?」

 黄金色の液体が注がれたグラスを僕の前に置きながら、母が心配そうに僕の顔を覗き込む。

「い、いえ……なんでも……」
「そお? 今度は、オクスス茶にしてみたわ。飲んでみて」
「オクスス……?」
「とうもろこしのお茶よ。韓国で人気があるの。ノンカフェインで、最近の私のお気に入り」

 胸の重石を押し流したくてグラスを手にすると、一気に喉の奥へと流し込む。

 ゴクンと飲み込むと口腔にとうもろこしのほのかな甘さが広がり、鼻から香ばしい焙煎の香りが抜けていった。

 初めて飲んだオクスス茶は、ほっとさせる素朴な味わいで、その素朴さが心をゆっくりとほぐしてくれるようだ。ほっこりと胸の重石を包み込み軽くしてくれる。