「古森さんは、本当にそれでいいんですか〜」
「うん」
胸に渦巻いていたものを言葉にして吐き出したらスッキリとした。
僕は、もしかしたら極度の人見知りを理由に、人と関わることから逃げていただけなんじゃないのか。
保も咲も両親だって、本当は僕が向き合おうとすれば、歩み寄ろうとすれば、きちんと向き合ってくれたのかもしれない。
今更そんなことに気がついた。もうやり直すことなんてできないのに。
「古森さんがいいと仰るのでしたらお部屋へ戻りますが、本当によろしいですか〜?」
「うん。大丈夫」
小鬼は僕の返事を確認すると、首から下げた端末に何かを入力し始めた。
手持ち無沙汰な僕は、咲から貰ったペットボトルを無意識に手の中で弄ぶ。
それを見た小鬼がそっと声を掛けてきた。
「戻ると無くなってしまいます〜。せめて、今のうちに……」
そう促され、僕はペットボトルに口をつける。口に含んだ水が口腔に残るカカオの風味を押し流し、全身を巡る気がした。
ほのかな甘さに包まれながら僕は転送された。
意識が僕の中に戻ってきて辺りを確認する。白一色の場所だ。どうやら宿泊所へ戻ってきたようだ。
転送後のはっきりとしない意識の中でぼんやりとしていると、背後から冷めた声がした。
「本日も、ギリギリの戻りだな」
僕は椅子に腰をかけたまま、体を後ろへ捻って声のした方を見る。僕の背後には、事務官小野が腕を組み神経質そうに立っていた。
「お待たせしました。小野さま〜。本日も、無事終了しました〜」
僕の足元で小鬼の声がした。
「うむ。詳しい報告は、また後ほど聞こう。まずは認証印を」
「わかりました〜」
事務官小野は、帰還の挨拶をする小鬼に相槌を打ちつつ業務指示を出す。それに小鬼はテキパキと応じる。
まだ、ぼんやりとしながら彼らの会話を聞いていた僕の右脹脛を、小鬼はチョンチョンと突きながら声を掛けてきた。
「古森さん〜。大丈夫ですか〜? ご気分悪くないですか〜?」
「ああ。うん。平気」
「では認証印を押しますので、右膝を出してください〜」
小鬼の言葉に、僕はハッと目を見開きながら思わず体を引いてしまう。前回の経験から痛くはないとわかっていても、恐怖はすぐには無くならないのだ。
「古森さん〜。痛くないですから〜」
焼鏝を手にしながら、小鬼は呆れ顔を見せる。
「う、うん。わかってる……」
僕は大きく深呼吸を一つすると、ズボンの裾をまくる。露わになった右膝には前回の焼印が赤黒く残っていた。
「では、行きますよ〜。はい、三、二、一〜」
小鬼の掛け声に合わせて、僕は前回同様目を瞑り、もう一度大きく深呼吸をする。僕の吐く息の音に合わせて、ジュウと肉の焼ける音が耳に届いた。
音が聞こえなくなり、しばらくして目を開ける。右膝を確認すると、前回の焼印の右斜め下あたりに新たに赤く焼け焦げた小さな傷が一つ出来ていた。
「はい。終わりました〜。お疲れ様です〜」
ビビりながら焼印の確認をしている僕に、小鬼は声をかけて一礼すると、事務官小野の傍へ駆けて行き一歩下がって待機の姿勢をとった。
小鬼が定位置についたことを確認した事務官は、僕に向かって事務的な声で質問を投げかけてきた。
「古森。本日の研修は、どうであった?」
「あ、あの……」
僕は、咲との出会いで感じたことをどう話せば良いのかと思い悩み、しばし口籠る。
事務官は例の端末で何やら確認しながら、しばらくの間沈黙を守って僕の回答を待っているようだった。
しかし、モジモジとしている僕に痺れを切らしてか、事務官は唐突に質問を終了させた。
「まぁ、良い。データ報告によると、何か思うところがあったようだな。詳しくは小鬼から後ほど聞くとする」
事務官小野は端末から目を離すと、じっと僕を見る。まるで値踏みされているようで、僕は少々居心地の悪さを感じた。
沈黙が苦しくて、こちらから何か声をかけるべきかと思い悩んでいると、不意に事務官が口を開く。
「古森。どうだ? 明日以降も研修は続けられそうか?」
その声は、これまで聞いてきた事務的な硬い声とは少し違うような気がした。こちらを気にかけている、そんな柔らかさを含んでいるように感じられる。
もしかしたら、データ報告とやらから僕の心情のあれこれを察したのだろうか。
だとしたら、やはり、冥界区の個人情報丸見え問題はとても恐ろしい。
「はい。大丈夫です」
僕は極力平静を装って事務官に答える。
「そうか。では、明日以降も滞りなく研修を進めるように。本日の研修は以上とする」
いつもの事務的な声に戻りそれだけを言うと、事務官小野は指を一度鳴らしその場でターンをしてサッと姿を消してしまった。
相変わらずの淡白さに僕が反応出来ずにいると、いつの間にか僕の足元へと来ていた小鬼に声をかけられる。
「あの、古森さん〜。本日は出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした〜」
そう言って頭を下げる小鬼の視線になるべく近づけるように、僕は椅子から降りて膝をつく。
「小鬼、頭を上げて」
頭を上げた小鬼と視線を合わせて、僕は気持ちをしっかりと伝える。
「きみが心配してくれたから、僕は自分の気持ちときちんと向き合えたし、きみが話を聞いてくれたから、僕は自分の至らなさに気がついたんだ。出過ぎた真似なんかじゃないよ。むしろ、心配してくれてありがとう」
僕は膝をついたまま小鬼に頭を下げた。頭を下げられた小鬼はオロオロとしている。
「や、やめてくださいよ〜」
僕は頭を上げると、小鬼に向かってニヤッと笑う。
「小鬼、明日もよろしく」
それに応えるように、小鬼も全開の笑みを見せる。
「はい〜。本日はお疲れ様でした〜。では、また明日〜」
小鬼はパチンと指を鳴らし、ターンをして姿を消した。
その後、僕は三回目の研修も危なげなくクリアした。そして、僕の右膝には焼印がもう一つ増えた。一つ目と二つ目の傷の間の並行線上、最初の傷の左斜め下に新たな傷は作られた。
ベッドに腰掛け、足を投げ出して膝を見ると、焼鏝によって刻まれた傷は、随分前に理科の授業で習った夏の大三角形と呼ばれる星座のような位置どりをしていた。
そして僕は先ほど四度目の研修を終えて、毎度のように冥界区役所所有の宿泊所へと戻ってきた。
しかし、恐怖の焼鏝は僕の右膝目掛けて振るわれる事はなく、つい今しがた、小鬼と事務官小野は区役所へ戻るために姿を消した。
白一色の部屋に一人取り残された僕は、呆然と右膝の焼印を見やる。
なぜ、四つ目の焼印がされなかったのか。それは単に、僕が時間内に研修内容をクリア出来なかったからである。
三度の研修を経て、研修自体に慣れつつあった僕はどこか高を括っていた。今回もなんだかんだでクリア出来ると内心では思っていたのだ。
そして研修が始まってみれば、想定通り僕の見知った街並みが目の前に広がっていた。
特に目的もなく近所の商店街を彷徨いてみたのだが、皆が他人に無関心だからか、これまでのようなイベントらしい出来事にはなかなか遭遇しない。
待てど暮らせど誰の目にも留まらない状況に、やはり僕は誰にも見えていないのではないかという寂しい考えが心に纏わりついて離れなくなった。
後ろ向きな考えに縛られてしまった僕は、それから全く行動的になれず、商店街唯一のファストフード店の二階の片隅で、存在を消すかの如く静かに座って時を過ごした。
しかし、時間は無限にあるわけではなかった。小鬼たち冥界区役所職員の業務終了時間が迫り、毎度の如く僕に帯同していた小鬼がソワソワとしだす。
これまで、研修にタイムリミットがあるなどと意識していなかったので、小鬼に促されて、僕はようやく重い腰を上げた。
ファストフード店の出入口の扉を押して店の外へ出ると、丁度入れ違いで両手に荷物を抱えた人が店内へ入ろうとしていたので、扉を押さえて道を譲ると、すれ違いざまにお礼を言われた。
それは終了時間ギリギリでカウントされたが、僕から誰かにお礼をいう事は時間内には叶わなかった。
何も行動を起こさずただ座っていただけなので、自業自得と言ってしまえばそれまでだ。しかし僕は、誰にも声を掛けられないという現世に生きていた時と同じ状況に、改めて打ちのめされてしまったのだ。
いじけて研修から戻った僕に、事務官小野は冷ややかな視線を向けただけで何も言わなかった。
彼は、その日の研修がうまく行われたかどうかを確認するのが仕事であって、研修のクリア如何は気にする事柄ではないのかもしれない。研修が達成されなければ、最恐レベル行きを決定するだけなのだから。
ただ、小鬼は部屋の淀んだ空気を感じてか、オロオロとしていた。彼だって冥界区役所の職員なのだから、小野のように淡白に仕事に向き合うべき立場なのだろうけれど、彼はまだ淡白にはなりきれないようだ。「明日は、頑張りましょう〜」とぎこちない笑顔を貼り付けながら僕の手を強く握り、励ましの声を掛けてくれた。
彼の思いに応えたいし、僕だって最恐レベルの地獄は回避したい。
しかし、既に結果は出てしまっている。残されたあと一度の研修を無事にクリア出来たとしても、今回の結果が変わるわけではない。
これ以上ここにいて、この訳の分からないものを続ける意味はあるのだろうか。
こんな投げやりな態度は良くないと思う一方で、これが本来の僕なのだと否定的な自分を受け入れる。そして、後ろ向きな思考にどんどんと呑み込まれる。
悪循環どころか、どんどんと出口の見えない暗闇へと嵌っていく。そして、自分がその暗闇に嵌っていることさえいつしか感じなくなった頃、ピンポーンと玄関チャイムのような音が僕の耳に微かに届いた。
虚な目を虚空に向けると、小鬼と事務官小野がパッと室内に現れた。
「古森さん〜、おはようございます〜」
小鬼は、いつもより少し声のトーンを落としつつペコリと頭を下げる。
「ああ。うん」
僕もかなりのローテンションでそれに応えた。
そんな覇気のない僕の様子に、事務官小野は眉間に皺を寄せる。
「なんだ。まだ、そんな辛気臭いツラをしているのか。そんなことでは、本日分の研修は熟せないのではないか?」
事務官小野の言葉は、僕の耳を殆ど刺激しない。
「はぁ。そうですね」
そんな全くやる気のない声を出す僕のそばへ、小鬼はパタパタと掛けてきて、先ほど別れ際にしたように僕の手を強く握った。
「しっかりしましょう、古森さん〜」
虚な目で小鬼を見れば、いつものような天真爛漫な笑顔ではないが、それでも、この世の終わりを思わせるような沈んだ表情でもなく、どちらかと言えば、明るい顔をしている様に見える。
そんな表情を見せる小鬼に、何故なのかと恨めしい疑問が僕の心を占め、それが態度に出てしまった。
「しっかりしろなんて、簡単に言うなよ! 他人事だから小鬼はそんなに簡単に言うんだろうけど、結果はもう決まっているんだろ! 四回目がクリア出来なかったんだから!」
僕の態度に小鬼はしばし固まった後、何か言いたげに僕と事務官小野の顔をチラチラと見比べる。
事務官はそんな小鬼の視線に気付いているようだが、表情一つ変えず僕を冷ややかに見据えていた。
尊敬する事務官の冷ややかな視線の意味を察したのか、小鬼はガックリと肩を落とし項垂れながら事務官の足元へと戻って行った。
そんな小鬼の打ちひしがれた後ろ姿を苛立たしく見ていると、僕の視線を遮る様にして事務官が一歩僕に近づいてきた。
「古森、小鬼に八つ当たりするのはやめろ。昨日、研修を完遂出来なかったのは、そなたが自ら動かなかった結果だ。自業自得であり、我らが文句を言われる謂れはない」
事務官小野の至極真っ当な言い分と、有無を言わせぬ威圧に僕は口籠るしかない。
確かにその通りだ。自分の殻に閉じ籠っていないでもっと自発的に行動していれば、こんな焦燥感に苛まれることなどなかっただろう。
僕は俯き唇を噛みしめながら、手のひらが白くなる程に両手を強く握り込む。
僕の様子をしばらく黙って見つめていた事務官は、特に慰める訳でもなく叱咤するでもなく、ただ淡々と物事を進めようとしている。
「さて、古森。まずは、そなたに言っておきたいことがある」
そんな事務官の事務的な態度に反発を覚えながらも、僕は従順に従う。
「なんですか?」
「そなたは先ほど、既に最恐レベル行きが決まった様な物言いをしていたが……」
「そうでしょ! 四回目がクリア出来なかったんだから」
僕は、もう分かり切っている話に投げやりに答える。しかし、事務官小野は淡々と話を続けた。
「それは、そなたの考えであろう。我らの答えを勝手に決めぬように」
「えっ?」
「以前にも言ったが、此度の研修は、そなたの人となりを見ることが目的だ」
「はぁ……」
「結果次第では、他の者同様に救済措置が与えられることになるやもしれんと伝えてあるはずだが?」
そういえば、初めの説明の時にそんなことを言われた気もする。
事務官の鋭い視線に晒されながら、彼の言葉を頭の中で反芻するうち、僕は絡まった糸が解けるような感覚を感じた。
額に手を当てて、目を瞑る。頭の中でゆっくりと考えを整理する。
そして、一度糸口が見つかれば途端に糸が解けるように、僕はある考えに突然辿り着いた。
額に当てがっていた手をパッと離し、勢いよく事務官の顔を見る。
相変わらず感情を読み取らせない事務方然とした表情ではあったけれど、それでも、僕にはなんとなく彼が満足気にしているような気がした。
「もしかして、僕は勘違いを……?」
「言ってみろ」
事務官は、細長い指の背で細眼鏡のフレームをくいっとあげると、腕組みをして僕の話を聞く態勢をとる。
「もしかしてなんですけど……、五回全てクリアすれば、最恐レベルが回避できるとは言っていない?」
事務官は今度はしっかりと満足しているとわかる少し意地悪そうな笑みを浮かべて頷いた。
「そうだ。我らは、五日間の研修を受けよと言っただけ。そなたが勝手に早合点して騒いでいただけのこと」
僕はあんぐりと口を開け、しばらく放心してしまった。しかしそうであるならば、あれほど言っていた最恐レベル行きとはなんだったのか。
呆然としながらも、僕が疑問を吐き出そうと口を開きかけると、僕の言葉に被せるようにして事務官も口を開いた。
「しかし、そなたが此度の研修を投げ出すと言うのであれば、研修は無効と見做し、即、最恐レベル行きを決定する」
「やっぱり……」
『最恐レベル』という単語に、消沈し掛けた僕は、既のところで踏み止まり、考える。
「ん? 投げ出した場合……? ということは、僕にはまだチャンスがある?」
「そういうことだ。全ての研修の結果を受けて、初めて、そなたの処遇は検討される」
僕は、再びポカンとした顔で事務官小野を見つめる。
そんな視線を鬱陶しいと言いたげに事務官は眉間に皺を寄せた。
「最後まで研修をやり終えたからと言って、そなたの思う最悪の事態が免れるとは言い切れぬ。しかし、認証印が足りぬからと言って、紋切型に決定を下すこともせぬ。それを踏まえたうえで、今一度答えよ。そなたは、本日の研修を受ける意思があるのか?」
事務官小野は、眼鏡の奥から僕をしっかりと見据えて問う。
僕は心を落ち着けて考える。
僕がこれまで『ありがとう体感プログラム』とやらを受けてきたのは、最恐レベルの地獄行きを回避するためだ。
四回目は失敗してしまったが、まだ巻き返せるかもしれないと事務官は遠回しに言っているのだろう。
だったら、答えはもう決まっている。
「はい。あります!」
僕は、事務官の眼鏡の奥をしっかりと捉えて頷いた。
僕が答えを出すのを待っていたのか、それまで静かにしていた小鬼が、事務官の後ろからチラリと顔を覗かせる。
「……古森さん?」
話しかけづらそうに事務官の足元に少し隠れるように身を潜めオロオロとしている小鬼と視線を合わせるため、僕は床に膝をつく。
「小鬼、さっきはごめん。というか、毎回八つ当たりしてごめん」
僕は膝をついたまま、小鬼に向かって頭を下げた。
すると小鬼は、事務官の陰からパッと飛び出してきて、テテテと僕に駆け寄る。そして、僕の手を取るといつもよりも少し控えめな笑顔と声量で、僕に笑い掛けてくる。
「古森さん〜。いつもの古森さんに戻られて良かったです〜。今日で最後ですからね〜。がんばりましょうね〜」
小鬼を間近で見れば、少し涙ぐんでいる。
なんとも大袈裟なやつだ。
親身になってくれている小鬼の気持ちが嬉しくて、僕も思わず涙ぐむ。
「古森さん〜。何故、泣いているんですか〜? どこか痛いんですか〜?」
パチクリとした目を潤ませながら、見当違いな質問をしてくる小鬼に、僕は下手くそな笑顔で応える。
「そう言う小鬼だって、何で泣いてるんだよ?」
僕たちは互いに全力の笑みを交わした。
いつの間にか僕たちの間に生まれていた絆みたいなものを、無言で確認し合っていると、咳払いが一つ僕たちの間に放たれた。
「そろそろ良いか? 本日は最終日のため、一刻も早く研修を終わらせたい」
声のした方へ視線を向けると、事務官が眼鏡のフレームの真ん中を細長い指で押し上げて、眼鏡の位置を直していた。
「ああ。はい。大丈夫です」
僕は立ち上がると、事務官に向かってしっかりと答えた。
事務官小野は、僕の中の決意を確認するかのように鋭い視線で僕を見据える。しばらくして、一つ小さく頷いた。
「では、始める」
そう言うと、事務官は両手を軽く上げ、それぞれ左右の指を1度ずつパチンパチンと鳴らした。
彼の行動に、僕は目を瞬かせる。何度目かの瞬きの後、僕は、キョロキョロと周囲を見廻すことになった。
いつの間にか僕は、川幅が広く、ゆったりとした流れの川を見下ろすように土手の上に立っていたのだ。
「えっと……ここは?」
誰に聞くともなしに、疑問が口を突いて出る。
そんな僕の声を、僕の足元にいる小鬼がいつものように丁寧に拾い上げる。
「体感ルーム内です〜」
「えっ?」
思わず小鬼を見下ろす。
「何で? まだ転送準備してないのに?」
僕の驚き顔に、小鬼は、さも自分の手柄のように胸を張って答える。
「もちろん、小野さまのお力です〜。小野さまはすごいお方なので、瞬時に移動出来てしまうのですよ〜」
「え〜っと、じゃあ、今までの転送準備って……」
僕の不用意な発言に、小鬼は途端にしょぼくれる。
「僕は、まだまだ経験不足なのです〜。でも、今までのやり方が正規ルートなんですよ〜」
唇を尖らせながらボソボソと言い訳がましく言葉を並べる小鬼は、やはりかわいい。こんな弟がいたら、溺愛していたかもしれない。
少しいじけていそうな小鬼を微笑ましい気持ちで見ながら、僕は笑って話を流す。
「と言うことは、事務官さんが凄すぎるってことだね」
「そうなのです! 小野さまはすごいのです!」
僕の言葉に、小鬼は一瞬で目をキラキラとさせる。
表情がコロコロと変わって、本当に小鬼を見ていると飽きない。
一頻り小鬼との会話を楽しんだ後、僕は少し離れた場所へと視線を移す。
いつもは小鬼と二人だけの転送だが、今回は僕をここへ送り届けた張本人も一緒のようだ。
「今回は、事務官さんも一緒にいるんですか?」
「ああ。最後だからな」
事務官小野は、ひどくつまらなさそうに肯定した。
「えっと、それで、僕はどうすれば?」
いつもはいない事務官に見られていると、それだけで妙な緊張感がある。そんな僕の気持ちなど知る由もなく、事務官はいつも通り事務的だった。
「いつも通りで良い。私は少し離れた所から観察させてもらおう。それでは始めてくれ」
僕は足元の小鬼に助けを求める。困った時の小鬼様様。
「自由にって言われてもなぁ。どうしようか、小鬼?」
そんな僕の問いかけに、小鬼は僕を見上げながらウキウキを隠しきれない様子。胸の前で手を組んでモジモジとしながら、目をキョロキョロとさせている。
「あ、あのですね〜」
「うん。何?」
「もしよろしければ、あちらへ行ってみませんか?」
小鬼の小さな手は、土手の下を指し示している。
「川? 別にいいけど……」
僕の答えを聞くや否や、小鬼は川辺目掛けて飛び跳ねるように土手を降り始めた。
チラリと事務官を見るが、腕を組み、まるで待機モードを体現しているかのように微動だにしない。
多分、ここから動かないのだろうと判断して、僕はのんびりと小鬼の後に続いて土手を降りた。
川岸は、丸みのある小石がたくさんあり少し歩きにくい。ジャリジャリザリザリと小石同士が擦れる音を聞きながら、水面に手が届く場所まで来ると、小鬼はしゃがみ込んで嬉しそうに水面をパシャパシャと叩き出した。
「楽しそだな。川、好きなの?」
あまりにも小鬼が楽しそうにしているので、思わず聞いてしまう。