その後、僕は三回目の研修も危なげなくクリアした。そして、僕の右膝には焼印がもう一つ増えた。一つ目と二つ目の傷の間の並行線上、最初の傷の左斜め下に新たな傷は作られた。

 ベッドに腰掛け、足を投げ出して膝を見ると、焼鏝(やきごて)によって刻まれた傷は、随分前に理科の授業で習った夏の大三角形と呼ばれる星座のような位置どりをしていた。

 そして僕は先ほど四度目の研修を終えて、毎度のように冥界区役所所有の宿泊所へと戻ってきた。

 しかし、恐怖の焼鏝は僕の右膝目掛けて振るわれる事はなく、つい今しがた、小鬼と事務官小野は区役所へ戻るために姿を消した。

 白一色の部屋に一人取り残された僕は、呆然と右膝の焼印を見やる。

 なぜ、四つ目の焼印がされなかったのか。それは単に、僕が時間内に研修内容をクリア出来なかったからである。

 三度の研修を経て、研修自体に慣れつつあった僕はどこか高を括っていた。今回もなんだかんだでクリア出来ると内心では思っていたのだ。

 そして研修が始まってみれば、想定通り僕の見知った街並みが目の前に広がっていた。

 特に目的もなく近所の商店街を彷徨(うろつ)いてみたのだが、皆が他人に無関心だからか、これまでのようなイベントらしい出来事にはなかなか遭遇しない。

 待てど暮らせど誰の目にも留まらない状況に、やはり僕は誰にも見えていないのではないかという寂しい考えが心に纏わりついて離れなくなった。

 後ろ向きな考えに縛られてしまった僕は、それから全く行動的になれず、商店街唯一のファストフード店の二階の片隅で、存在を消すかの如く静かに座って時を過ごした。

 しかし、時間は無限にあるわけではなかった。小鬼たち冥界区役所職員の業務終了時間が迫り、毎度の如く僕に帯同していた小鬼がソワソワとしだす。

 これまで、研修にタイムリミットがあるなどと意識していなかったので、小鬼に促されて、僕はようやく重い腰を上げた。

 ファストフード店の出入口の扉を押して店の外へ出ると、丁度入れ違いで両手に荷物を抱えた人が店内へ入ろうとしていたので、扉を押さえて道を譲ると、すれ違いざまにお礼を言われた。

 それは終了時間ギリギリでカウントされたが、僕から誰かにお礼をいう事は時間内には叶わなかった。

 何も行動を起こさずただ座っていただけなので、自業自得と言ってしまえばそれまでだ。しかし僕は、誰にも声を掛けられないという現世に生きていた時と同じ状況に、改めて打ちのめされてしまったのだ。