この場所が現実ではないと、頭では理解しているつもりだったが心が受け入れていなかったのだろうか。現世とこの不思議な空間を混同して見ていた僕は、慌てて相槌を打つ。

「ずいぶん熱心にお話をされていましたね~。あの天使さんは、古森さんにとって特別な方なのですか~?」
「ん? ……まぁ、幼馴染だからね」

 小鬼の言葉に、僕はポリポリと頬を掻く。途中から饒舌になっていたことは自分でも自覚がある分、しっかりと指摘をされるとなんだか恥ずかしかった。

「それだけですか~?」
「な、なにが?」

 足をプラプラとさせながら、含み笑いを顔に張り付けた小鬼が僕を覗き込む。僕はそのニヤニヤとした視線から逃れるように、明後日の方へ視線を彷徨わせた。

「まさか、古森さんが恋愛マスターだとは知りませんでした」

 耳を疑う発言に、僕は逃れた視線を勢いよく戻す。

「はぁ? 何言ってんの?」
「あれ~。違うんですか~? 天使さんにいろいろとご指南されていたようなので、僕はてっきりマスターなのかと」
「ちがっ……」

 一体、僕の何を見ていたら恋愛マスターなどという発想に繋がるのやら。

 小鬼の言葉に、ガックリと肩を落とす。

「人と関わることを避けていた僕に、恋愛経験なんてあるわけないだろ」
「しかし先ほど、天使さんにアレコレとご指導されていたではありませんか?」

 僕の脱力した否定の言葉に、小鬼はキョトン顔で返す。

「あれは、現世で咲と保が付き合っていることを知っていたから、話せただけのことさ。チェリーの僕には恋愛スキルなんて皆無……」

 自分で言っていて虚しくなる。

 僕は、想いを寄せた人にさえ自分の気持ちを伝えることもできなかった、臆病者だ。ただ、うじうじと爪先を見つめていただけ。そんな僕が恋愛指南とは、思い出すと何とも滑稽な話に思えた。

 僕のどんよりとした空気を感じ取ったのか、隣で小鬼がオロオロとし始める。

「あ、あの〜。古森さん? じょ、冗談ですよ〜?」

 珍しく小鬼が小声になっている。僕も小さく頷く。

「ん。わかってる」

 そう返事をしてみたものの、僕の気持ちはなかなか浮上しない。隣に座る小鬼からは心配そうな視線を投げられているのがわかる。

 暫くの間、僕たちの間には沈黙だけが流れていた。

 やがて、元気印の小鬼には似つかわしくない遠慮がちな声で、小鬼が口を開いた。

「あの、古森さん〜?」
「ん?」
「あの天使さん、……あのお嬢さんに、古森さんのお気持ちを伝えなくてもいいのですか〜?」