二人肩を並べて、隠れ家に戻った。
「早く休まないと」
「心配するな」
 ヴィアザは苦笑し、部屋に入った。
「そんなに怪我している人に言われても、説得力ないわよ?」
「否定はしない。……着替える」
 ヴィアザはふっと笑った。
 セリーナは彼から視線を外した。
 クローゼットの扉が軋んだ。
 ヴィアザは手早く着替えをすませる。黒のワイシャツとスラックス姿になり、クローゼットの扉を閉めた。
「終わった」
 ワイシャツを羽織っただけの、ヴィアザが言った。
「またきてもいいかしら?」
「それまでには、どうするか、決めておく」
「分かったわ。じゃあね」
 セリーナが隠れ家を後にした。


 それから七日経ち、ヴィアザはニトの医務院へ。
「ちゃんときたね」
「そりゃな。こないわけにいかんだろ」
 ヴィアザは溜息を吐きながら、刀を鞘ごと外し、治療室に入る。
 ヴィアザはマントとワイシャツを脱ぎ捨て、丸椅子に座った。
「無茶はしてないだろうね?」
「完治しないと動けないからな」
「どうだかね。僕の意見であっても、君は無視をしそうだけれど」
 ニトが溜息混じりに呟いて、包帯を外して傷を診ていく。
「お終い。抜糸したけど、どこも化膿はしてなさそうだね。今さらかもしれないけど、傷は消えないよ?」
「完治した、ということでいいのだな。消えないことくらい、分かっているさ」
 ヴィアザは苦笑しながら、身支度を整えると、コインを渡して出ていった。


 ヴィアザはドアが開いても日の光が入ってこないところで、マントを羽織った。刀を右肩に抱きかかえ、壁に寄りかかっていた。

 それから数時間後の昼間に、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「開いている」
 ヴィアザは、フードを被りながら言った。
「〝闇斬人(やみきりびと)〟はいるか?」
「ああ。俺になにをしろというんだ」
 ヴィアザは男に視線を投げた。着ているものがボロボロでも、品がよすぎるわけでもなかったので、見た目で判断するに一般街の男かとヴィアザは思った。
「一般街の孤児院に住んでいる、トサを殺してほしい」
「なぜ?」
「面倒を見きれないからさ。そんなに稼いでいないし。一人分の食い扶持(ぶち)ならなんとかなるんだ!」
「ずいぶんと、勝手なことを言っているな。身内を殺してくれって? 自分が楽になるために? だったら、自分でやれよ」
 ヴィアザは冷たく吐き捨てた。
「やろうとしたよ! でも、自分じゃ、できないんだ!」
 男が叫んだ。
「ふうん。そりゃそうだろうな。訓練されたわけでもないから、当然とも言えるが。それで、お前は身内を殺した罪を一生背負って生きていく、覚悟があるのか?」
「……ある。この状況を変えるには、これしか、ないんだ」
 男は悲しそうな目をした。
「いいだろう。金はそこのテーブルに置いてくれ」
 その声を聞いた男は金のコイン五枚をテーブルに置いた。
「決行は今夜だ。近くまできていても構わないが、俺の邪魔をするな。……それと」
「それと?」
「孤児院にいる者達は、全員殺す。それが嫌なら、さっさと立ち去れ」
「なっ……! なんでだよ!」
「人が目の前で死ぬ。そんな恐怖と隣り合わせで、子どもらが強く生きていけるはずがないだろう。それに、そうすることが彼らのためでもある。一瞬で終わらせられる。お前が背負うのは、孤児院にいる者達全員の死だ。そのきっかけを作ったのは、他の誰でもない、お前なんだよ」
 ヴィアザは低い声で告げた。
「僕はもう、どうなってもいい。だから、殺してくれっ!」
 男は青ざめた顔で叫んだ。
「ああ、ちゃんと殺してやる。その後、お前がどうするのか、見させてもらう」
 ヴィアザは口端を吊り上げて(わら)うと、男は頭を下げて出ていった。


 それから三時間ほどぼうっとしたヴィアザは、革手袋を嵌め、フードを目深に被ると、刀を帯びていることを触って確認し、夜になるのを待って隠れ家を出た。
 セリーナには悪いなと思いつつ、夜道を駆け出した。

 走ること十分ほどで、目的の孤児院に辿り着いた。
「さて、仕事の時間だ」
 ヴィアザは刀を抜いて左手に構えながら、右手でドアを叩いた。
「なんの――っ!」
 出てきた女を右に蹴り飛ばした。
「邪魔をする。貴様にはそこですべてを、見ていてもらう」
「ぐっ……!」
 女はまともに話せなかった。

 スタスタと中に入っていくと、広いダイニングで夕食中の子ども達と、面倒を見ている女達がいた。ヴィアザはまず近くにいた少年の心臓を刺し貫いた。
 少年が鮮血をゴポリと吐き出した。
 賑やかだったその場が、静まり返った。
「逃げるなよ? 騒いでもいいが、その場から動くな」
 ヴィアザは冷ややかな声で告げた。
「なにが目的なの!」
「貴様ら全員の命を奪いにきたんだよ」
「なっ……! ここの子ども達に罪はない! お願いだから、殺さないでっ!」
「ここは一般街だから、掟は〝生きていることに感謝〟だったな。だが、それはできない相談だ。俺の仕事を見た者は、全員殺さなければならない」
「くっ! 黙って殺されるもんですか! 動ける子達は全員戦闘態勢!」
 その声でいっせいに、子ども達が身に着けていたナイフを手にした。