「これで分かっただろう? 俺のやり方が」
 ヴィアザが告げた。
「ええ。それよりも、傷。なんとかしないと」
「バレていたか。隠していたつもりだったんだが。焦らなくても、大丈夫だ」
 ヴィアザは溜息を吐いた。
「怪我してるのよ!? そんなこと、言うんじゃないの!」
「これから、医者のところへいくんだよ」
 ヴィアザはまぁ待て、と手を出した。
「一緒にいくわ」
「なんでだ?」
 ヴィアザは不機嫌そうな顔をして、突っ込みを入れた。
「怪我人から目を離せないのよ」
「……ったく」
 ヴィアザは舌打ちをした。
「その医者って、腕は確かなの?」
「ああ。どんな傷でも、そこにいきさえすれば、治る」
「かなりの頻度で、顔を出しているんじゃないの?」
「そうだ。怒られることもしょっちゅうだが。なんだかんだで、付き合いは長いだろうさ」
 ヴィアザは苦笑すると、目の前に医務院と書かれた看板が見えた。位置としては一般街の外れだった。


「入るぞ。俺だ」
「また君かい? それと、後ろにいる子は誰?」
 医務院の中に入ると、一人の白衣を着た男が声を上げた。見た目は四十歳くらいで、小柄に見えた。いつもと違うことに気づいて、目をぱちくりさせる。
「連れだ」
 ヴィアザは治療室へずかずかと入ってしまった。
「……セリーナです」
 とりあえず、名乗った。
「勝手なところは変わらないのか。まったく。あ、ごめんね? 私はニト。ちょっと待っていてね」
 ごく普通の顔立ちをしているニトは、立ち上がった。
「はい」
 セリーナは返事をして、近くの椅子に座った。

「連れって言ったって。もうちょっと、説明してくれてもいいんじゃないの?」
 ニトは治療に必要なものを用意しながら、溜息混じりに聞いた。
「本人から聞いただろう?」
「名前以外のことは、知らないよ!」
 ニトが怒鳴った。
「彼女は〝戦場に輝く閃光〟と呼ばれていて、相当な手練れだ。使用武器は二(ちょう)の大口径のリヴォルバーと、ライフル。しかもハイヒールで、歩いていて転ばないのが、不思議でならん。噂は聞いていたが、俺以外の名を持つ者に、会うのは初めてだ。手を組まないかと、持ちかけてきた」
 ヴィアザは経緯を簡単に告げた。
「彼女のことは分かったけれど、どうするんだい?」
「かなりの力を持っている。人間の中ではな。少なくとも、自衛ができる。そんな奴だと。治療の間、考える」
 ヴィアザは刀を鞘ごと抜いて、壁に立てかけた。マントと上着、ワイシャツを脱いで、右手の手袋を外し、丸椅子に座った。

 ニトは見慣れた上半身を見て思った。
 ――いつ、何度見ても、哀しい身体だ。
 ヴィアザの身体には、数多くの古傷が無秩序に刻まれていた。全身を覆い尽くさんばかりに。
 今回は右手と左肩を深々と刺されたらしい。白い肌だからだろう、傷が余計に目立って見えた。
「ここまで顔に出ないと、分かりにくくて仕方ない」
「無理なことを言うな」
「まったく」
 ニトは溜息を吐きながら、斬り傷と刺し傷を縫う。縫った部分を保護するため、上から少し厚めの布をあてた。それを押さえるように、たすきがけにして包帯を巻きつけた。右掌と甲の傷も縫うと布をあて、覆うように包帯を巻く。
「治療代だ」
 ヴィアザはポケットから金のコイン一枚を取り出して、渡した。
「確かに。七日は休んでね? 完治まではもう少しかかるよ」
「分かっている。……この話、受けようと思う」
「そ」
 ニトはうなずきながら思った。
 ――君の歩いている道は、地獄そのものだ。誰か、寄り添ってくれるような人が、いなければ。孤独で戦い続けるなんて、あまりに酷だ。
「じゃあな」
「うん」
 ニトはヴィアザの声で、現実に引き戻された。
 手早く身支度をすませ、スタスタと歩いていった。

「待たせたな」
「大丈夫なの?」
 セリーナが、椅子から立ち上がった。
「ああ。帰るぞ」
 ヴィアザは医務院を出た。

「ちょっと待って」
 出ようとしたセリーナを、ニトが引き留めた。
「はい」
 セリーナが振り返った。
「君はいい目をしているね。ヴィアザ君ほど、暗い目はしていなさそうだ。君のことは彼から聞いたよ。人の命を狩っているのでしょ?」
「ええ。あたしにはこれしかないだけです」
 セリーナは苦笑した。
「ヴィアザ君の傍に、いてあげてね」
「え?」
 聞き返したセリーナだったが、ニトの姿はなかった。
 不思議に思いながらも、セリーナは外へ出た。


 空を見上げると、夜が明けていた。ヴィアザはフードを目深に被って歩いた。
 貧困街には、ボロボロの衣服を身に纏い、物乞いをする者や、数多くのテントが並んでいる。
 テントがあるだけまだいい。それすらもない人も大勢いる。
 一般街であれば、働いて金を手にできる。貧困街にはそれが通用しない。なんでもいいから、強者になろうと、みなが必死なのだ。罪を犯そうが、力さえ手に入れば、生きられる。逆に力のない者達はただ、生まれたことを、まともに生きられないことを呪い、死んでいく。苦しみを味わいながら。
 人の命がとても軽く扱われている場所なのだ。
 多額の金を得るために、貴族の手足になる者も多いが、たいていは耐えられなくて、斬り捨てられる。
 自分は強者であると、周囲に証明し続けなければ、ここでは生きていけない。
 どんな道でもいいから、プロフェッショナルにならなければならない。
 ヴィアザは剣の達人で、セリーナは銃器の扱いで右に出る者はいない。二人とも、敵に対しては容赦がなく、その力でもって、地獄へと(ほうむ)り続けている。人殺しという最も重い罪を犯しながらも、二人は歩みを止めない。弱者しか存在しないはずの貧困街で、二人は一目置かれる強者となった。
 己の力を磨き、自分の命は己だけのものと、証明し続けた。
 裏の世界で、二人の通り名を知らない者はいない。
 それだけ長く、二人はこの国の闇に身を置いている。
 通り名を知られていても、その正体までは謎に包まれている。
 そうでなくてはならないのだ。人の口には戸が立てられない。そういうところはきちんと隠しておかなければならない。
 ここは、ありとあらゆる弱者が(つど)う場所。貧困街そのものが、この国の闇をあらわしている。