「なんだかんだ言いながらも、いい関係のように見えるわよ?」
「まあ、人の縁には恵まれたのかもしれん」
 酒を呑みながら、ヴィアザは苦笑する。
「リッラさんは?」
 セリーナが促す。
「普通なら嫌がられてもおかしくないだろ。そんな顔しないで、あっさり受け入れてくれたことには、正直驚いたよ」
 ヴィアザはふっと笑う。
「あたしのも仕立ててくれるなんて思わなかったし? ちょっと、恋心を見抜かれたのには、びっくりしちゃった」
 セリーナが照れ隠しのように笑う。
「その時の、お前の慌てぶりは、面白かったな」
 ニヤリとヴィアザが笑い、視線を向けてくる。
「ええ? 見せ物じゃないんだけれど?」
 セリーナはムッとして睨みつける。
「それは分かっている」
 ヴィアザは穏やかな笑みを浮かべながら、木の杯を煽った。


 そんなヴィアザを横目で見たセリーナが思った。
 身も心もボロボロなのに、他人のために動く強くて哀しい男。
 胸に秘めた想いが、言葉として伝えた想いが、届いてほしいと思いながら。


 ヴィアザ・ヴァンフォールとセリーナ。
 ヴァンパイアと人間だが、互いに共通しているのは、心に闇を飼った修羅だ、ということ。
 ヴィアザは、生きたいがためにヴァンパイアとなり、なにもかもを抑え込んでしまった。とても強い反面、痛みを、闇を、引き受けている。自分を大切にすることを、やめてしまった。
 セリーナは生きるために殺し屋になった。ヴィアザには敵わないが、とても多くの人間の命を奪ってきた。そのたび、悪夢に(うな)されることも。復讐を果たしても、セリーナは殺しをやめなかった。弱者のために、力を使わないなんて勿体ない。そう言って、殺し続けている。最近は、人を殺した反動の有無についてなにも言わなくなってしまった。

 自分が生きるために他人を殺す。それはしかなかった、彼らには。
 自分の犯した罪からはどうやっても逃れられない。ヴィアザはなにも感じないフリをして。セリーナはそれを分かっていながら、なにも言わない。

 なにかを得たいのなら、代償を支払わなければならない。
 代償もなく得たものなど、まやかしにすぎない。
 なんだって、差し出してきた。それがいくら大事なものであろうとも。


 ヴィアザもセリーナも、敵に対しては恐ろしいほど冷酷だ。
 生きたい意思を真っ向から否定するのだ。
 誰であっても、敵であれば葬り去る。生き残りなど一人も残さぬよう。

 二人は闇を背負いながら、地獄の中を、光などない暗い道を歩いていく。
 とても長い間、暗殺者として生き続けている男と、生きるために殺し屋になった女。
 この男は〝痛み〟との壁を作り、なにも感じないフリをし続ける。そして、女は精神的な苦痛を抱えながらも、そんな男に寄り添おうとする。

 この男の過去とは、罪とは、いったいなんなのか?
 そして、女の想いは、届くのだろうか?


 二人はただ、生きたいという意思が、とても強かった。どちらも、自分の手を汚しても構わない、と覚悟を決めたのだ。誰かを殺すことで生じる闇すべてを、受け止めるという。
 自分が可愛いなどとは、思っていない。殺しが愉しいと思ったこともない。
 人を殺すたびに、自分の抱える闇が深くなっていく。光の下で歩くことなど、もうできないと思い知らされる。


 男は感情をすべて、冷静という名の仮面でひた隠し、事実を歪めてしまう。自分を欺くなど、ずっとやってきた。自分の過去を話さなければ。そう思うと同時に、恐怖が芽生える。すべてを受け容れてもらえるのだろうか、と。話してみなければ、分からない。だから、恐怖を無視するしかなかった。本音をすべて押し殺して、嘘を吐いて誤魔化し続けている。


 女は、男を見ながら泣く。
 自分の心に寄り添えなくなってしまったことを、痛感したからだ。
 心はとても大事なモノなのに、それすらも犠牲にして、差し出してしまった男に。
 心を取り戻してほしい、とは言えない。せめて、寄り添うことで、話をすることで、少しでも、隠している言葉を話してくれさえすれば、それでいい。時間がかかるかもしれないが、その方法を試してみるしかない。感情のままに、怒ったり泣いたりしてもいいと、言ってくれたのだから。本当に、本当に、人の痛みには敏感な人なのだから、下手に隠しても見抜かれてしまう。
 誰も、感情を押し殺せとは言っていないのに、なにもかもを隠せなんて、言っていない、と。きっとそれしか、方法がなかったのだろう。それにしても、哀しいことこの上ない。身体の痛みも、心の痛みも、なにも感じないフリをし続けて。ボロボロなのに、それを隠して。強がって。本当に、優しい人だ、と思う。知りたいのだ。男の過去を、罪を。それがどんなものであれ、受け容れる覚悟はもう、できている。


 人を殺すという最も重い罪を犯しながら、二人はどこを目指しているのだろうか。
 闇を一番、理解している二人。辛さも哀しさも、苦悩も。闇に底なんてものはない。きっと、奈落のような底なしの穴が、開いているのかもしれない。
 穴に落ちながら、二人はなにを想うのだろうか?
 闇の本質をその目にして。
 泣くのか、無表情を決め込むのか。


 他人の人生の終止符を打ち続ける二人。本人の意思など無視して。
 あっけなく死んでいく者達。
 敵であるのなら、容赦はしない。情けなどかけていたら、こちらが殺される。
 なにもされないようにしたいのであれば、殺すのが一番なのだ。
 生きたい、という想いだけを尊重してきた二人。それ以外は、(ないがし)ろにしてきた。
 そうしなければ、生きることができなかったから。


 男に寄り添おうとする女と、彼の傷を癒す医者。形は違えど、男に生きてほしいと思っているのは同じだ。
 とても哀しくて、強い男には、生きてもらわねば困ると本気で思っている。
 誰よりも死と隣り合わせでいながら、生きるという意思が本当に強いのだ。その意思を、なんとしてでも尊重する。傷つくことはどうしても避けられない。けれど、医者はできることなら、傷ついてほしくないのだ。

 彼らの歩く道は、地獄なのか?
 彼らは、重い業を背負いながら、足を止めることはない。そんな道を歩き続けなければならない。そう強く思っている。なにがあっても。命を失わない限り。闇の中を独りで歩くのは、とても辛い。せめて、ともに歩いてくれる誰かがいてくれれば。
 ほんの少しでも、安らぎがあればと。重い荷物を下ろして休んだっていい。
 そう思わずにはいられない。
 地獄を歩き続けて、疲れないなんてことはないのだから。
 自分の想いに正直になる、それは罪ではない。

 彼らの関係はこれから、どのように変わっていくのだろうか。
 男の過去とはどんなものなのだろうか?

 彼らの歩む道の終着点は、まだまだ、遠い。