――やっと、回復してきたな。
 ワインを呑みながら、ほっと安堵した。
 ――今回は毒を受けたのもあって、かなり面倒だったし。セリーナにも迷惑をかけてしまった。本人はそう思っていなさそうだが。俺も毒に気づけなかったしな。次はちゃんと、刃を確認しなければ。
 ヴィアザは難しい顔をして、ワインを呑んでいた。


 セリーナはかなり久し振りにテントに戻った。
 念のため、ものが盗まれていないことを確認して、一安心する。
「せっかく作ってもらったし。着なきゃ勿体ないわよね」
 セリーナは呟くと、新しい緑のロングワンピースに袖を通した。
「うん。しっくりくるわ」
 にこりとセリーナが笑った。
 ――それにしても。ヴィアザが動けるようにまで回復して、本当によかった。最初はどうなることかと思ったけれど。あ、手のこと、すっかり忘れてた。治ったのかしら。
 セリーナは左掌に視線を落とした。
 包帯を解くわけにもいかず、そのままにして、隠れ家に向かって歩き出した。


「もういいのか?」
 隠れ家にきたセリーナに対し、ヴィアザが声をかけた。
「いいのよ」
「歩けそうだから、医務院にいく」
「まあ、早い方がいいわよね」
 セリーナはそう言うと、ドアを開け放った。

 いつもより時間をかけて、医務院まで歩いていった。
「俺だ」
 ヴィアザがドアを叩きながら声を出した。
「動けるようにはなったんだね。でも、ちょっと歩きすぎだよ。疲れた顔してる」
 ニトが言いながら、ヴィアザを治療室へ通した。

「診せて」
 ヴィアザは、マントとワイシャツを脱いだ。
「止血できているといいのだけれど」
 ニトが包帯を解きながら言った。
 包帯を捨てると、薄手の布を外しにかかった。
 深い傷に詰めた布もすべて外して、傷の状態を確認する。
「あれだけ休んだってこともあって、血は止まっているみたいだね。あと、五日ぐらいかな。薬飲んでね。完全に毒が抜けきったかどうか、そのときに判断させてもらうから。あ、セリーナ君、呼んできてくれる?」
 ヴィアザはうなずくと、ニトに金のコイン一枚を渡した。
 身支度をすませると、セリーナを呼びに部屋を出た。

 セリーナが治療室に入ってきた。
「あれから痛みはどうかな?」
「最初はけっこう痛かったですが、だんだん痛みが無くなってきました」
 包帯が外れていくのを見ながら、セリーナが言った。
「うん。完治してるね。……ヴィアザ君もきちんと治るまで、休んでほしいものだけれど」
「そうですね。彼は、他人のために血を流しすぎているんだと、思います」
「うん。それに、ヴィアザ君の地獄は、多分、終わりがない。ま、セリーナ君も同じだとは思うけれど。二人にはね、ボロボロでも、生きていてもらわなきゃ、困るんだ」
「ありがとうございます。彼にも、伝えておきます」
 セリーナはニトに金のコイン一枚を渡すと、治療室を出ていった。


 その帰り道、日が落ちた空を眺めながら、二人で肩を並べて歩く。
「あたしの手は完治したって。あと、ニトさんから伝言。〝二人にはね、ボロボロでも、生きていてもらわなきゃ、困るんだ〟」
「生きていてもらわなきゃ、困る……か。不思議だよな、誰よりも罪深い俺達に、生きていてほしいというのは」
「そうね。でも、そう言ってくれる人が、一人でもいてくれることって、とてもありがたいことよね?」
 ヴィアザはセリーナの言葉にうなずいた。
「俺は五日後にまたこいとさ。そこで、毒が完全に抜けきったかの判断をするようだ」
「でも、よくなって、本当によかったわ」
「迷惑をかけた。すまなかったな」
「迷惑だなんて思ってないわ。それに、そこまでしないと休めないって言うのも、どうかと思うわよ?」
 ヴィアザは左手で頭をガリガリと掻いた。
「酒買ってから帰る」
 ヴィアザはぼそっと言うと、酒屋に向かった。
「いらっしゃい!」
 酒屋の主が顔を出した。
「いつものを五本」
「ちょいと待っててくんな!」
 少し待っていると、注文した酒が入った紙袋が置かれた。
 ヴィアザが代金を払うと、紙袋を持って、歩き出した。

「もうちょっとは家で大人しくしていてよ?」
「分かっている」
 ヴィアザは苦笑して、空を眺めた。
 満天の星空が輝いていて、ヴィアザは思わず目を細めた。


 家に帰ると、ヴィアザは酒を棚に仕舞う。
 木の杯をふたつ持ってくると、酒の瓶を、ドンッとテーブルに置く。
「たまには、お前も呑めよ」
 ニヤリとヴィアザが笑う。その笑みは見惚れるほど美しかった。
「じゃあ、そうさせてもらおうかしら」
 ニコリとセリーナが微笑む。
「乾杯」
 二人は微笑みながら言い、木の杯を軽くぶつける。
「なんのお祝い?」
 セリーナがきょとんとして尋ねる。
「なんだろうな?」
 ヴィアザは苦笑して誤魔化した。
「まあ、いろんな話、しない? いい機会だし」
 セリーナが嬉しそうな顔をして言う。
「んー、なにがいい?」
「ニトさんと、リッラさんって、あなたからどう見えてるのかなって」
 セリーナは興味津々といった顔で、質問を投げかけてくる。
「ニトか。まあ、いろいろ口は回るが、どんな傷でも診てくれることに関しては、感謝しかないな」
 ヴィアザは苦笑して言う。