「手当ては?」
「ニトさんのところにいってきたから、大丈夫」
「悪い。俺が動けていれば、怪我することなんてなかったのに」
「掠り傷だからいいの! それよりも、状態はどうなの?」
「少しずつだが、痛みが引いてきている。早く動かなくては」
「焦らなくていいのに」
「無理をするな、さっさと休め。……頼むから」
「じゃ、隣で寝てもいい?」
「ああ」
 ヴィアザの隣にセリーナが横になった。
「怪我ってそんなにしないから分からなかったけれど、けっこう痛いのね。熱を持ってる」
 セリーナが顔をしかめて言った。
「喋ってないで、寝ろよ」
 ヴィアザは思わず突っ込んだ。
「あなたもね?」
「分かっている」
 二人はふっと笑うと、目を閉じた。


 セリーナが目を覚ましたのは、翌日の夜だった。
 身体を起こして、ヴィアザの様子を見た。
 相変わらずのしかめっ面だが、眠れているようで安心した。
 セリーナは静かに立ち上がると、テーブルの薬の残りを確認して、起きるまで待つことにした。

 それから二時間後、ヴィアザが目を覚ました。
「薬飲んで」
 セリーナが薬を飲ませた。
「毎日、悪いな」
「いいのよ。困ったときはお互い様だし」
「ならいいんだが。動けるようにならないと、ニトのところにもいけないしな」
 ヴィアザが溜息を吐いた。
「そうよ? まずは動けるようにならなくちゃ」
「手、痛むんだろ。俺の前では素直でいてくれ」
「なんで分かるのよ」
 セリーナが頬を膨らませた。
「それくらい分かる。表情がぎこちない」
「もうっ。かなり痛くてびっくりだわ。ヴィアザは相当痛いはずだって、なんとなく分かったわ」
 ヴィアザは無言で苦笑した。


 それから数日後、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「え、リッラさん!? どうしたんですか?」
 そこにいたのは布袋を持ったリッラだった。
「これ、多くあっても困らないだろうと思って。ヴィアザちゃんは?」
 リッラは言いながら、布袋の口を開けた。
 中にはヴィアザの黒衣一式が、入っているようだった。
「どうぞ、狭いですけれど。状況をお話しします」
 セリーナは言いながら、リッラを部屋に入れた。
「おやまあ。動けないのかい」
 ベッドに寝ているヴィアザを見つけて、リッラが言った。
「だいぶ前の依頼で、毒が塗られた短剣を受けてしまって。解毒にかなり時間がかかってるんです」
「ヴァンパイアでも、毒には敵わないんだねぇ」
「ご存じだったんですか!?」
 セリーナが素っ頓狂な声を上げた。
「まあね。だいぶ昔に、初めてうちにきたときに、あっさりと話してくれたのさ」
「よく憶えているな」
「あんなにかっこいい男、ほかにいないからね。忘れられるわけがない」
 ヴィアザは首だけ動かして、こちらに視線を向けて、苦笑した。
「これは勘なんだけれど。ひょっとして、セリーナちゃん、この男に惚れているのかい?」
「えっ!? いや、あの、えっと!」
 セリーナはストレートな言葉に、顔を真っ赤にしてなにも言えなくなった。
「図星だね。見てれば分かるよ。で、告白はしたのかい?」
「……しましたけれど。返事待ちです」
 顔を真っ赤にしたセリーナが言った。
「返事待ち!? なに考えてるんだい! なんで保留にする必要があるのさ!」
「俺にもいろいろあったんだ。それに、すぐに返事を出せる状況じゃない。待たせていることが申しわけないとも思っている。それでもいいと、セリーナが言ったんだ」
「なんか事情がありそうだけど。あんまり待たせるんじゃないよ? 手遅れにならないうちに」
「ああ。早めに決めるさ。このことは誰にも」
「言うわけないだろ。口が堅くなきゃ、今の仕事なんかできないよ」
 ヴィアザは苦笑した。
「じゃあ、動けるようになったらまた、うちにおいで。いつでもいいから」
「ああ。そのうちな」
 その言葉に苦笑したリッラは、隠れ家を出ていった。


 それから一月後の夕方、ヴィアザは起きていられるようになった。
「だいぶ時間がかかったけれど、少しずつよくなっているようね」
「ああ」
「薬。自分で飲めそう?」
「ん」
 ヴィアザはうなずくと、粉薬を飲んだ。
「ちょっと歩いてみる」
 ヴィアザが言うと、そうっと立ち上がって、椅子に移動した。
「大丈夫そうだな」
「すぐにニトさんのところへいくなんて、言わないでね?」
「分かっている」
 ヴィアザは苦笑して、ワインの瓶と木の杯を持ってきた。
「薬しか飲んでなかったからな」
 呟きながら、ワインのコルクを開けて、杯に注ぐと、一気に呑んだ。
「……ふう。良薬は口に苦しとは言うが、いくらなんでも苦すぎる」
「そんなに苦いんだ」
「セリーナもいったん、テントに戻ったらどうだ。俺が怪我をしてから、戻っていないだろ?」
「そうさせてもらうわ。でも、無理はしないでね?」
「ああ」
 その声を聞いたセリーナは、にこりと笑って、隠れ家を出ていった。