「遅いんだよ」
 ヴィアザはぼそっと吐き捨てて、女の左腕を切断した。
「な、なんで? この速さには誰も、敵わないのに!」
「それは、《《人間相手》》だろ?」
「なにっ!」
「俺が人間でないことを知っている者もいれば、知らない者もいるんだな」
 ここはいったいどうなってんだ、と呟きながら。
 そう思っていると、短剣を突き出されて、左頬に斬り傷ができた。
「貴様はもう、死ぬんだよ。俺は誰であっても、生かしはしない」
 ヴィアザは言い放つと、女の心臓を刺し貫いた。

 次の部屋には、剣を構えた老人がいた。
「ようやく、お主に会えた。どんなふうに殺してやろうかと、ずっと考えていた」
「そうか。少しは骨が折れそうだ」
「弱気じゃな?」
「事実を言っただけだ」
 ヴィアザと老人は同時に動いた。
 互いに鮮血を流さない、攻防が繰り広げられた。ヴィアザが攻め、老人が守る。
 その中で、ヴィアザが悟った。
 この男の殺気と言い、剣の扱い。人間の中では達人と言えるような、力を持っている者ではないか、と。
 多くの人間を殺し、剣の腕だけを磨いて生きてきたのかもしれない。
「考え事をしている暇はなかろう?」
「そうだな」
 十分ほど動きのない形勢に、変化が起きた。
 男の剣が、ヴィアザの腹を撫でたのだ。
 ぱっくりと腹が裂け、鮮血が滴り落ちる。
「もっと力を見せろ。こんなところでは、終わらん男だろうに」
「強者との戦いがしたかったのか?」
「そうだ。わしは強い相手と戦うのが愉しいんじゃ」
「ふん」
 ヴィアザは鼻で(わら)うと、男との距離を詰めて、腹を斬り裂いた。
「この程度……!」
「強がりはよせ。人間からしたら、痛手だろうが」
「ふんっ!」
 繰り出してきた剣の切っ先は、ヴィアザの右胸を刺し貫いた。
「最後の足掻きというわけか。は」
 ヴィアザは男の心臓を遠慮なく刺し貫くと、剣を右手で抜いてその場に捨てた。


 セリーナと合流し、ドアを蹴破った。
「やっと、当主のお出ましか」
 ヴィアザは椅子にふんぞり返っている男を睨みつけた。
「ちっ! 全員殺されたか。ならば、ここで殺してくれる!」
 その声とともに五人の男達が、襲い掛かってきた。
 三人をセリーナが頭に撃ち込んで、二人の首をヴィアザが刎ねた。
「なななっ! なんでもする! だ、だから……!」
 命乞いを始めた当主を冷ややかな目で見ながら、ヴィアザが歩いていく。
「生かしてやるわけには、いかないんだよ。なにを企んでいるのかは知らんが、下手な演技はよせ」
「なら、これでも喰らえっ!」
 心臓になにかが塗られた短剣が深々と突き刺さった。
「なっ……!」
 ヴィアザは傷口から大量の鮮血を噴き出し、その場に片膝をついた。
「即効性の毒か……! これ、血流を、活発化させるものか!」
「正解。解毒剤は作らなかったから」
「セリーナ」
 言うが早いか、セリーナは勝ち誇っている男の心臓を撃ち抜いた。


「ヴィアザ!」
「悪い、短剣を、抜いてくれ。早くっ」
「う、うん」
 セリーナは力を込めて短剣を引き抜いた。
「くそっ! あ、歩けない……!」
「ちょっと待っててっ! できれば横になって!」
「どこへ、いく?」
「ニトさんを呼んでくるの! 毒は血流を活発化させるもの、で合ってる?」
 ヴィアザがうなずくと、セリーナが駆け出した。

 それから五分ほどで、治療箱を持ったニトがやってきた。
「話は聞いた。とにかく、傷口を塞いで、その後に解毒するっ!」
「よろしくお願いします!」
 ニトは止血の代わりに深い傷に清潔な布を詰め込んだ。
 浅い傷には薄手の布をはりつけた。
 布を詰めた後、ニトは少し厚めの布を傷口にはって、包帯で固定。
「ちょっと、身体を支えていて」
 セリーナは弾かれたように動いて、ヴィアザの肩をつかんで支えた。
 ニトは慣れた手つきで、上半身を包帯で覆い、端をぎゅっと縛った。
 右掌にも包帯を巻きつけた。
「解毒薬はこれ。一日に一回飲ませてあげないと。残念なことに遅効性なんだ。落ち着くまでは毎日飲ませなきゃならない。ま、そのまま飲めるだけ、まだましかも」
 ニトが言いながら、粉薬を取り出して、ヴィアザに飲ませた。
「しばらくは動けないから。これ、持ってくれる? ヴィアザ君はこっちで運ぶから」
 セリーナはうなずくと、治療箱を持った。
「よいしょっと」
 ニトがヴィアザを背負うと、背丈が足りず、足を引き摺る形になったが気にせず、オトナ家を後にした。
 歩くこと十五分ほどで、隠れ家に着いた。
「あ、看板、ひっくり返してくれる?」
 セリーナがいったん治療箱を置いて、看板をひっくり返した。
「ありがとう。あと少しだ」
 セリーナがその声を聞きながら、隠れ家のドアを押さえて、入るのを確認してから閉めた。
「はい、到着~」
 ニトがヴィアザをベッドに寝かせると、ふうっと息を吐き出した。
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
「いやいや。セリーナ君もお疲れ様。重かったでしょう?」
「少しだけ」
 セリーナはふっと笑った。
「忘れないうちに。薬置いておくから、毎晩飲ませてあげてくれる? ごめんね」
「謝らないでください。分かりました。ここにいるのは慣れてますから」
「じゃ、動けるようになったら、またおいで」
 ニトは隠れ家を出ていった。