「疲れたろう?」
「ちょっとだけよ。なに? まだ話があるの?」
「この国に関して、な」
「聞かせて」
 セリーナがにっこりと笑った。
「誰にも言うなよ」
 セリーナがうなずいたのを確認して、ヴィアザは口を開いた。
「俺は、初代国王 ジル・サラザーナに会ったことがある」
「っ!」
 セリーナが目を見開いたのを見つつ、ヴィアザは話し始めた。
「当時は小さいながらも、みなでなにもかもを分け合う、家族のような温かい国だった。こんな俺でも一員としていていいのかと、疑問に思うくらいに。だが、それから時が経って、国が少しずつ変わり始めた。十代目の国王が豊かさだけを求め、貧困者が増えるきっかけを作った。俺はそんなことをやめろと言ったが、聞き入れてもらえなかった」
 ヴィアザは当時のことを思い出しているのだろう。哀しげな目をしている。
「ぶち壊してるじゃないの」
 セリーナが呟く。
「そうだな。居場所を無くした者達が、最低限の暮らしができるよう、国の外側に貧困街の基盤を作った。十一代目の国王が、それぞれの街に掟を定めた。今の王は、宰相の言っていた通りだろう。……腹が立つが」
「あなたは、今のこの国について、どう思っているの?」
「貧困街ができてから、この国は歪められてしまった。そして、俺の許を訪れる者達も増え続けている。闇が深まったんだと、思っている」
 セリーナはなにも言えなかった。
「話はここまでだ。少し休んだらでいい。いきたい店がある。付き合ってくれるか?」
「ええ、いいわよ」
 セリーナは笑顔でうなずいた。


 翌日の夜、ヴィアザの案内で一般街に向かった。
 ヴィアザが歩みを止めたのは、呉服屋〝リッラ〟の前だった。
「ここだ」
 ヴィアザが中に入っていく。
「あら、ヴィアザちゃん! 後ろの子は新顔ね?」
「やあ、リッラ。そうだ、いつものを三十着ほど頼めるか?」
「はいはい。ちょっと奥で待ってて」
「分かった」
 ヴィアザはセリーナを促して店の奥へ。
 通された部屋で待っていると、リッラが顔を出した。

「もうちょっと待っててね。それで、その子は誰?」
「セリーナです」
「え。〝戦場に輝く閃光〟で有名じゃない!」
 リッラはふくよかな身体つきをしている女で、歳は五十代くらい。
「この国で有名な暗殺者の名前は知っているんだ」
「あ、そうなんだ」
 セリーナがうなずくと、リッラに視線を戻した。
「あなた、いつも着ているその服。一着しかないの?」
「あ、はい」
「よければでいいんだけれど。うちでその服、作らせてもらえない? お金なんかいらないし、頑張ってるあなた達を少しでも応援したくて」
「えっ! いいんですか?」
 セリーナは驚いてしまった。
「いいわよ。そうと決まれば採寸ね! こっちへきて」
 リッラは嬉しそうに言うと、セリーナを連れて別の部屋に入った。

 その間に、ヴィアザが頼んだものができたらしく、布袋が置かれた。
 中身を確認していると、セリーナが戻ってきた。
「明るい人ね」
「そうだな」
「えっと、二日くらいでできると思うから、取りにきてもらえる?」
「分かりました、ありがとうございます」
 言うとリッラの顔が引っ込んだ。
「いこう」
 ヴィアザは布袋を背負い、店を後にした。


「服を作ってもらうのなんて、初めてだからか、嬉しい半分、ドキドキね」
 隠れ家に戻ると、セリーナが笑いながら言った。
「そうか」
 ヴィアザはふっと笑った。