「訳ありなんだろ? そんなの顔見れば分かる。それに、あんたはいい目をしている。ちょっと怖いけれど。あんたはこの国でなにもできずに終わるような、人間じゃあない。これはあたしの勘さ。ちょっと、あんたを放っておけないってのもあるんだ。これは気持ちだよ、受け取っとくれ。ここから南にいけば、大きな町に着くよ」
「……感謝する。もし、機会があれば、またくる」
 ヴィアザは言いながら金貨の入った袋を腰に結ぶと、宿屋を出ていった。


 歩くこと丸二日。
 大きな町に辿り着いた。
「凄いな」
 ヴィアザはいきかう人々を見ながら、呟いた。
 さまざまな恰好をした人間が、夜であるのに出歩いているからだ。
 ――少なくとも、戦時下ではないわけだ。俺のいた国は、異常だった。毎日多くの人間が死に、生きている者は全員、戦いに駆り出された。毎日、大勢の敵を殺す日々。そんな日々から逃れられた。それは幸運だったのかもしれない。
ヴィアザは店の通りを歩き、フードつきのマントと手袋、ワイシャツに、細身の黒のズボン、革靴を買った。
 残念ながら、武器屋はなかった。
 近くにある宿屋にいって、部屋に入ると、溜息が零れた。
 買ってきた服に袖を通し、革靴を履いた。
 サイズはぴったりだった。
「たしか、不用品を買い取る店があったな」
 ヴィアザは呟くと、今まで着ていたものを売ることに決めた。
 少しは休まなければならないかと思い、マントを着たまま、ベッドに寝た。


 翌日の夜、着ていたものを売り、町の奥を目指した。
 入口よりも活気が溢れていた。
 武器屋を見つけて店に入っていた。
「いらっしゃい!」
 顔を出したのは、小柄な女だった。
「刀はあるか?」
「ちょっと待ってて。おじいちゃん~!」
 女が言いながら、奥に引っ込んだ。
「刀が欲しいなら、これでどうだ?」
 出てきた老人が、一振りの刀を差し出した。鍔がなく、真っ黒な刀だった。
「抜いてみても?」
「構わんよ」
 ヴィアザは慣れた手つきで刀を少し抜いた。
 美しい濃藍の刀だった。
「名を(あい)(からす)。この刀を扱えたものは誰一人いない。噂によれば、この美しさに心を奪われて、人を斬らずにはいられなくなる」
「ふうん。……この刀は確かに美しいが、そんな力があるとは思えん。それはきっと、かつての持ち主の心が弱かっただけでは?」
「わしもそう思っていた。刀にそんな力はない」
「だろうな。これ、幾らだ?」
「金? 要らんよ、使ってくれるだけで十分だ」
「では、遠慮なく。で、さっきから隠れて様子を見ている女は孫か?」
「近くの店の子だよ。サーナって言うんだ。孫なんぞおらんわ」
「そうか。では、また顔を出す」
 恥ずかしそうにしていた女を見て、言いながら店を出た。

 * * *

「俺がどうやってヴァンパイアになったのか、それとサーナとの出会いは大体そんな感じだ」
「……もし、誰かをヴァンパイアにすることができたら、自分は命を絶つ。恐ろしい掟ね」
「そうかもしれないな。でも俺はヴァンパイアになるしかなかったんだ。生きるためには、どうしても、必要なことだった」
 ヴィアザは低い声で言った。
「ヴァンパイアになって、後悔してる?」
 セリーナの問いに、ヴィアザは苦笑した。
「後悔はしていない」
「そう。でも驚いたわ。刀に名があったなんて」
「藍烏な。銘もいいと思ったんだ」
「ぴったりだもの」
「手入れはまめにしているが、壊れたことが一度もない」
「えっ!」
「だから、とても助かっている」
「そうなのね」
 セリーナはにこりと笑った。