翌日の昼間、目を開けたヴィアザが目にしたのは、隣で眠るセリーナの姿だった。
 ――いつも思うが、本当に綺麗な顔をしているな。互いに暗殺者なのに、なんでこうも、無防備なんだ?
 見つめたままそんなことを思っていると、セリーナがうっすら目を開けた。
「ん……。おはよう」
「ああ。よく寝ていたようだな」
 ヴィアザが少し笑った。
「寝るつもりはなかったんだけれど」
「構わん」
 ヴィアザは身体を起こし、フードを目深に被った。
「なんていうか、不器用よね。あなたって」
「そうかもしれないな」
 ヴィアザは苦笑するしかない。
「ちょっと外いってくるわ」
 セリーナはリヴォルバーとポーチを装備すると、外へ出た。
「いい天気」
 セリーナは呟きながら、空を見上げた。
 見上げながら思った。
 ヴィアザはこんなふうに、日射しを浴びることができない。夜でなければ動けない。
 ――ヴィアザは多分、あたしよりも多くの人間を殺して生きている。あたしよりも、生きたいという意志が強い気がする。そして、ヴィアザは誰よりも傷ついて、苦しんでいる。顔には一切出さないけれど、とても、辛いはずだ。彼の過去を、知りたい。どうして今のような生き方になったのか。なにかきっかけがなければ、あんなに哀しい雰囲気を放つはずがない。
 セリーナは溜息を吐くと、家に戻った。


 ヴィアザは、テーブルの椅子に座って、ワインを呑んでいた。
「朝から呑んで大丈夫なの?」
 セリーナが驚きながら尋ねた。
「大丈夫だ。酒なら、いくらでも呑める」
「酔い潰れたことは?」
「ない」
「え? ホント?」
「ああ」
「そうなんだ」
 セリーナの驚いた顔を見た、ヴィアザは苦笑した。

「ちょっと気になっていたのだけれど」
「なにがだ?」
 木の杯を煽りながら、ヴィアザが視線を向けた。
「あなたは、生まれたときから、ヴァンパイアだったの?」
「違う。いい機会だから、話してやるよ。長いが構わないか?」
 セリーナはうなずいた。

 * * *

 ヴィアザがまだ人間だったころ、ある国の兵士として戦いの中、重傷を負った。
 止血が追いつかず、解決策がないときに、謎の男がやってきた。
「このままだと、君は死ぬ。生きたいかい?」
 激しい痛みの中、その声を聞いたヴィアザがうなずいた。
「人間ではなくなるが、構わないかね?」
 ヴィアザはうなずいた。
「分かった」
 男がなにかをした。
 ぼんやりとしていた意識が急激に戻り、身体を起こす。
「二人きりにしてくれ」
 人払いをすませると、男が口を開いた。
「君はヴァンパイア、吸血鬼になったんだ。時間もないから手短に。日光を避けて、夜に動いた方がいい。あとはそう。私は君の血を少し飲ませてもらった。ヴァンパイアの掟はただひとつ。新たにヴァンパイアとなれた者がいた場合は、その場で自害すること。むやみにヴァンパイアを増やさないためのものだ。生きたければ、誰かをヴァンパイアにしたいと思わないこと。いいね?」
 ヴィアザはうなずいた。
「じゃあ、さよならだ」
「救ってくれて、ありがとうございました」
 ヴィアザそれだけ告げる。
 部屋を出ようとして、肉を貫く鈍い音を聞き、どさりと骸が倒れる音を聞いた。
 顔を歪めながら、ヴィアザは立ち去った。


 ヴィアザはその辺にあったフードつきのマントを着て、逃げ出した。
 追手を振り切るために、一撃で殺した。
 血が溢れた瞬間、飲みたいと衝動にかられたが、必死にこらえて国の外まで逃げた。

 山を歩きながら、動物を探した。
 兎を見つけ、捕まえて血を啜った。
 喉の渇きが癒えていくのを感じながら、死骸を捨てて駆け出した。
 ときどき動物の血を啜りながら、山をふたつ越えた。
「国境は越えたな」
 ヴィアザが呟きながら、夜になるのを待って町に降りていった。

「ここはグランデールの外れにある、小さな町さ」
 宿屋の女将が、挨拶がてらに教えてくれた。
「金がないが、泊まらせてもらえないだろうか? 代わりになにか手伝う」
「それならいいよ。じゃあ、奥にある重い荷物、ここまで持ってきてもらえないかね?」
「分かった」
 それから数分の間に、重い荷物を全部、表に持ってきて積み上げた。
「これでいいか?」
「ありがとうね。どこでも好きな部屋を使っていいから」
「感謝する。夜になったら、出ていく」
 ヴィアザはそれだけ言うと、二階に上がった。
 全部の部屋に窓があったが、部屋の端に座っていれば、なんとかなるだろうと思い、真ん中の部屋に入った。
 ――少しでもいいから、この国の金を手に入れなくては。
 いつまでも、こんな恰好でいるわけにいかなかった。
 それに、ヴァンパイアであることを隠し続けるためにも、早くなにか武器を買わねば。
 ヴィアザはそんなことを考えながら、目を閉じた。

 翌日の夜、ヴィアザが二階から降りてくると、女将が顔を出した。
「ほら、この国のお金、グランって言うんだ」
 布袋の中には、大量のグランと呼ばれる金貨が入っていた。
「なぜ、こんなに?」