ヴィアザはそれからかなり長い間、ベッドに横になっていた。
 その間、セリーナは毎日顔を出した。
 そんな日々を送っていたある日の夜、ドアを叩く音が聞こえてきた。
「はい」
 ドアを開けると、見知った顔を見て、セリーナは驚いた。
「ニトさん! どうしたんです?」
「ちょっと入らせてくれない?」
「どうぞ」
 セリーナが身を引くと、治療箱を持ったニトが入ってきた。
「ここがヴィアザ君の家か。なんだか、物が少ないね」
「なにをしにきた?」
 ヴィアザが横になったまま声を出した。
「傷の状態の確認と、そろそろ包帯なんかも換えた方がいいかなって。起きれる?」
 セリーナが駆け寄って、ゆっくりとヴィアザが身体を起こした。
 ヴィアザはマントとワイシャツを脱いだ。
 その間に治療箱を開けて、ニトが必要なものを取り出した。
「これでよしっと。じっとしていてね。なるべく早く終わらせるから」
「ああ」
 ヴィアザがうなずいた。
「止血できるかなあ? あ、ちゃんと大人しくしていただろうね?」
「横になっているしかなかった」
「そ。あれだけの怪我をしたんだから、そうなっても不思議じゃあない」
 止血ができなかったせいだろう。ヴィアザの身体は鮮血で真っ赤に染まっていた。血だらけの包帯と薄手の布をすべて外した。
「傷の位置は憶えてるからいいけど、見た感じ、少しはよくなってそうだね」
 ニトが言いながら薄手の布を当てていく。
 それが終わると、上半身に包帯を巻きつけ、端をぎゅっと縛った。
 続いて右腕と掌にも包帯を巻きつけて、端を縛った。
「お終い。換えるだけでも少しはいいでしょ?」
「そうだな。それと、治療代だ」
 ヴィアザはスラックスのポケットから、金のコイン一枚を取り出して、ニトに渡した。
「はいはい」
「助かった」
 ヴィアザは溜息を吐いた。
「じゃあね、セリーナ君、彼のこと、よろしくね」
「はい」
 セリーナはにっこりと笑ってうなずいた。
 ニトは治療箱を手に、家を出ていった。


「少しずつ、よくなってるの?」
「ああ」
「見た目だけじゃ分からないわ」
「そうかもな」
 ヴィアザはベッドにそっと身体を横たえた。
「完治するまで、今回ばかりはかなり時間がかかりそうね」
「起きていられないほどだとは思わなかった」
 ヴィアザは顔を歪めた。
「あたしだって、びっくりしたわよ」
「だろうな。毎日顔を出さなくてもいいんだぞ?」
 ヴィアザが苦笑を浮かべた。
「ベッドから起きれない人に、そんなこと言われても。やめる気はないわよ」
「分かった、分かった。好きにしろ」
 ヴィアザは溜息を吐いた。
 セリーナはにこりと笑った。


 それから一月(ひとつき)後の夜、ヴィアザは傷がまだ癒えきっていないが、起きていられるようになった。
 起きていられることに安堵しつつ、椅子に座って、ワインを呑んでいた。
 ここまで回復するまでに、一切呑んでいなかったため、喉が渇いて仕方がなかったのだ。
 ――煙草は完治するまで、やめておいた方がいいな。
 ヴィアザが溜息を吐いていると、ドアが開けられた。
「起きてられるようになったんだ」
 入ってきたのは、セリーナだった。
「かなりのスピードで呑んでるのね」
「動けない間、呑まず食わずだった。これくらいよしとしてくれよ」
 ヴィアザは苦笑しながら言った。
「依頼の方は、治るまではこないでしょうし」
「なにをした?」
「ニトさんに頼んだのだけれど」
 セリーナが外に出た。
 ヴィアザがついていくと、「諸事情により、現在依頼を受けることができません。申しわけありませんが、再開までお待ちください」と書かれた看板がドアの取っ手にぶら下がっていた。ひっくり返して見ると「依頼受付中」と書かれていた。
「ニトが書いたんだな」
「ええ。あなたがここにきてからすぐに、相談してやってもらったの」
「確かに今回ばかりは、大人しくしていないといけないだろう、と思ってはいたんだよ。手間が省けた。ありがとうな」
「いいのよ。怒られるんじゃないかとビクビクしてたけれど」
「怒る理由にならん」
 ヴィアザは苦笑して言うと、家の中へ戻った。

「よかった。……痛みはどう?」
「まだ痛むが、最初のころよりだいぶマシだ」
 ワインを呑みながら、ヴィアザが言った。
「あなたの回復力には、驚かされてばかり。無敵ではないのでしょう?」
「そうかもしれんな。……この世に無敵なものなど存在しない」
 ヴィアザは鼻で(わら)った。
「もしもよ? これ以上ないほどの強敵があらわれたら、どうするの?」
「殺すだけだ。どれほど強くてもな」
 ヴィアザはぞっとするほどの、冷笑を浮かべ言い放った。