数日後の夜、隠れ家に一人の男が顔を出した。着ているものからして、一般街の者だと思われた。
「〝闇斬人(やみきりびと)〟って通り名を持っている人はいる?」
「俺がそうだが?」
 夜なのでフードを外しているヴィアザが、声を出した。
「あんたに、頼みたいことがあるんだ!」
「内容は?」
 ヴィアザが、低い声で尋ねた。
「城下町で商売をしている、肉屋のミッツを殺してほしい。金ならある」
 男はテーブルの上に、金のコイン五枚を置いた。
「なぜ?」
「嫁をそいつに殺されたから」
「いいだろう。決行は明日の夜だ」
 男は一礼して、隠れ家を去った。


 コインを金庫に放り込み、ワインを引っ張り出した。
 木の杯も取り出して、呑み始めた。煙管に火を点けたところで、セリーナが顔を出した。
 前回の依頼で負傷した右足は、もう完治していた。
「なにか、依頼はあった?」
「ああ。嫁を殺されたんだと。城下町で肉屋を営んでいるようだが、裏でなにかをしているのは間違いないだろう」
「城下町って……。許可証がないのに、どうやって入るのよ?」
 セリーナが尋ねた。
「それならある」
 ヴィアザが立ち上がり、金庫の中を探ると、上等な羊皮紙を取り出した。
「初めて見たわ。こんなにしっかりしてるのね。この国で一番栄えていると言っても過言じゃない場所……どんな感じなのかしら」
「いけば分かる」
「じゃ、明日の夜ね」
 セリーナは出ていった。


 決行当日、ヴィアザとセリーナは、城下町の入口まで駆けていった。門番に許可証を見せたヴィアザは、それをセリーナに持たせて中へ。セリーナは慌てて追い駆けた。

 夜であるにもかかわらず、明かりがあちこちで灯っていて、活気に溢れていた。同じ国とは、とうてい思えなかった。
 城下町の一角にある目的の肉屋にいくと、ヴィアザは足でドアを開けた。
 奥から長身の男が、愛想笑いを浮かべて出てきた。
「いらっしゃいませ!」
「貴様が、この店の主か?」
「そうですが、なにをお求めで?」
「貴様の命を、もらいにきた」
 フードを外しながらヴィアザが、目をすうっと細めた。
 男の顔が醜く歪んだ。
「じゃあ、ここで殺してやるよ! ちょっと驚いたよ。本当に通り名が二つもある奴に会えるなんてな!」
 男は奥から剣とナイフを持ってきた。
「どこでそれを知った?」
「王族から聞いたのさ!」
「貴様のような男が生きているということは、王族もかなり腐っているようだな。……見て見ぬフリとは、罪が重い」
 ヴィアザは低い声で吐き捨てた。
「なにをごちゃごちゃ言ってやがる!」
 その言葉とともに、ナイフが投げつけられた。
「躱すまでもない」
 ヴィアザは右腕にナイフを受けると、刀を抜いた。
「おら!」
 刀で男の剣を受け止めて、ヴィアザが(わら)った。
「腕はそこまでではないようだな。普通に肉屋を営んでいればよかったのに。裏で殺しなんかしておいて、隠せるはずがないんだよ」
「どうしてそれを……!」
「貴様は知らなくてもいい」
 ヴィアザは刀を床に突き立て、右腕に刺さったナイフを抜いた。少し考えた後に、ナイフを左手に構え、男の心臓に突き刺した。
 深々と刃を喰い込ませると、骸が倒れた。
 刀についた鮮血を殺ぎ落とし、鞘に仕舞うとヴィアザは肉屋を出ていった。


「ちょっと寄るところができた」
「え?」
 きょとんとしたセリーナは、慌てて追い駆けた。

 しばらく城下町を歩いて、辿り着いたのは巨大な城の前。
 ヴィアザは門番に、宰相に話があることと、名を告げた。
 巨大な門が開いた。
 通されたのはとても広い部屋。
「わざわざここまできたのですか。よほど暇なんですね」
 上等な服を着た男が、部屋に入ってきた。
「近くまできたからな。ついでだ」
「それで、話とは?」
「城下町に店を構えている人間全員の弱みを握っているな。それを悪用して、裏で殺しをさせているとも。肉屋のように乗り気の奴もいれば、そうでない者もいるだろうに。命令して強引にやらせている。そう、裏では噂になっている」
 低い声でヴィアザが言った。
「この国の裏を知り尽くしているのは、嘘ではないというわけですか。だとしたら、なんだと?」
「今の王は、ただの飾りか」
「ええ、そうですよ。あなた達にはいずれ、消えてもらいます。そこまで知っている者を、放っておくわけにはいきません」
 男は言い放った。
 ヴィアザは不敵な笑みを浮かべて、城を後にした。


 その後、ニトのところに顔を出して、手当てを受け、隠れ家に戻った。
 待っていた依頼人から金のコインをもらうと、さっさと帰らせた。

 ヴィアザは椅子に座って、煙管を手にし、紫煙を吐き出した。
「俺は通り名が二つもあるせいか、目立つんだよ。よくも悪くも。敵に狙われているのは、変わらんしな」
「そんな気はしてたわ」
 セリーナは苦笑した。