「あんたは全部、自分のものだと思ってない? 金も、地位も、人も、すべて自分の自由にできるって」
「だったら、なんだと言うんじゃ!」
自惚(うぬぼ)れるのも、いい加減にして! あんたの横暴のせいで、どれだけの命が無くなったと思っているの! 命の重さが分からない。そんな奴は、屑なのよ!」
「貴族のわしを、そこまで愚弄(ぐろう)するか!」
「あんたはきっと憶えていないでしょ。あたしは今でも思い出せる。まだ無力だったあたしを守ってくれた、両親の最期を。……あんたを殺すことだけを考え、なんだってやってきた!」
「復讐者、というわけか。ふん、バカバカしい」
「あんたは知らないと思うけれど。一応言っておくわ。言葉だけでも立派な凶器なのよ?」
「なんじゃと?」
「言葉ってね、心を抉るナイフのようなものよ。その鋭さを理解していない者が、簡単に他人の心を傷つけていいはずがない。人の痛みや苦しみが分からない。そして、敗北を知らないから、あんたは暴走した。なんでもできると思って、酔いしれた」
「くっ……!」
 老人は悔しそうな顔をした。言われたことに反論できないのだ。
「そんな奴、すべてを失って当然なのよ。罰は受けないと、ね?」
 にこりと笑うセリーナだが、目が据わっている。
 老人は杖から手を離し、拳を右足に打ち込んできた。
 それを受けたセリーナは、痛みに顔をしかめつつも、右腕を撃ち抜いた。
 弾がめり込み、鮮血が腕を伝う。
「おのれ……!」
 老人は怒りをあらわにするが、満足に動けていない。
 思った以上に、殴られた右足が痛んだ。
 左膝をついたセリーナは、銃口を老人に向けた。
「わしは、こんなところで、終わらんぞ!」
 はったりだと気づいたセリーナは、狙いを定めた。
 躊躇わずに、最後の一発を撃ち込んだ。
 それは老人の心臓を撃ち抜いた。
 老人の死を(もっ)て、セリーナの長きに渡る復讐は、終わりを迎えた。


「お疲れさん」
「ええ。……ちょっと!?」
「その足じゃ歩けないだろう?」
 ヴィアザは断りもなく、かなり自然にお姫様抱っこした。
「そうだけど……!」
「じっとしていろ」
「あなただって、怪我をしているのに!」
 セリーナは、顔を赤くした。
「よく見ているな」
 ヴィアザは、流石にお前の目は誤魔化せんか、と呟いて苦笑した。
「ちゃんと、分かってるんだからね!」
「歩けるようになるまでの辛抱だ。なに、軽いから心配するな。騒ぎを聞きつけた連中に、絡まれると厄介だ。さっさと出よう」
 セリーナは下ろしてもらうのを諦めて、こくんとうなずいた。
 ヴィアザは怪我を気にすることなく、駆け出した。


 ヴィアザは屋敷を出て、医務院に直行した。
「開けてくれ!」
 ドアを軽く蹴って、声を張った。
「ドアくらい、自分で開けなよ!」
 怒ったニトが出てきて、ヴィアザに抱かれたセリーナを見て、目を丸くした。
「そういう仲になったの?」
「違う。足を怪我した。先に診てくれ」
「そ。分かった。入って」
 ニトはちょっと残念という顔をして、二人を中へ。
 そんな表情を見て、不思議に思ったヴィアザとセリーナだったが、中へ。

 治療室のベッドに、セリーナを座らせ、右足のハイヒールを脱いだ。
「ちょっと失礼するよ。うん、冷やせば大丈夫。ちょっと冷たいよ?」
 二トは言いながら、痣ができた上に腫れている右足を見つめて、湿布を持ってきた。
 湿布をはって、包帯で足を固定した。
「ありがとうございます」
 セリーナは礼を言った。
「痛みが引くまでは歩かない方がいいよ。ハイヒールだと余計にね。なに、念のためだよ」
 ニトはふっと笑った。

「俺も診てもらおうか」
 ヴィアザはベッドの手前に置いてある椅子に座った。
「彼女の前だけれど、いいのかい?」
 ニトが耳打ちをしてきた。
「いつまでも、隠し通せるものではない。いつかは知ることになるんだ。それが早まっただけのこと」
「そ」
 囁くような低い声を聞き、ニトは離れた。
 無言でマントとワイシャツを脱いだ。
「なによ……! その身体っ!」
 背中を見たセリーナが、口走った。
 鮮血で真っ赤に染まる上半身を見ている。
 セリーナが見守る中、ニトは鮮血を落としにかかった。
 しばらくして、美しい白い肌に無秩序に刻まれた古傷の数々が、あらわになった。
「……っ!」
 セリーナは彼の身体から、目を逸らせなかった。
 こんなに深手を負い続けていたのか。たった独りで、ずっと痛みに耐えてきたのか、と思った。なぜ、と思ったが、そんなことは、どうでもよかった。
 大きめの薄手の布があてられ、傷が隠れた。
「歩けるようになるまで、隠れ家にいろ」
 手当てを受けながら、ヴィアザが言った。
 上半身と右掌を包帯で覆われ、左頬に薄手の布をはられたヴィアザは、ワイシャツとマントを着て、ニトに金のコイン一枚を払った。
「いくぞ」
 フードを目深に被ったヴィアザに抱き上げられ、セリーナはこくんとうなずいた。
 ニトが見送る中、二人は医務院を後にした。


 ヴィアザは隠れ家に着くと、ベッドにセリーナを下ろした。
「大人しくしていろ」
「ありがとう」
 セリーナはハイヒールの踵を揃えて、床に置いた。
「でも、いいの? あなたの方が重傷なのに」
 セリーナは心配そうな顔をした。
「いいんだよ。俺は座る場所さえあれば。ちょっと着替える」
 セリーナはうなずくと、天井に視線を向けた。
 クローゼットの戸が軋む音と、衣擦れの音がした。しばらくすると、クローゼットの戸が軋みながら閉まった。