それを見送り、誰もいないことを確認して、窓を割った。
 けたたましい音がしたが、気づいた者はいなかった。
 欠片を踏みながら中に入ると、またもや足音が聞こえてきた。
 壁に背をつけて、念のため左手にヴァ=シのグリップを握る。
「窓が割れている……?」
「それがどうした! 今は侵入者を殺さねば!」
 男二人がそんな話をして歩き去った。

 ――死にはしないと思うけれど、早く終わらせた方がよさそうなのは、確かね。
 セリーナは思いながら、廊下を駆け出した。
 しかし、階段を上った瞬間、顔をしかめた。
 部屋に続くドアが六つほど、並んでいたからだ。
 いちいち開けるのも面倒なので、一番奥のドアを開けようとした。が、そこまで歩いていき、周囲を見渡すと、突きあたりにドアが見えたので、蹴り開けた。


「なに用かな?」
 そこには剣を手にした男五人と、老人がいた。老人は杖をついている。
「セッリー家の当主は、誰?」
 セリーナは憎しみをあらわにした。
「わしじゃが? 恨みでも買ったかの?」
 ほほほ、と老人が笑うのを見ながら、セリーナは顔を歪めた。
「あんたに聞きたいことはひとつ。貧困街に生きる人達のことを、なんだと思っているの?」
「なにを言うかと思えば、そんなことか。貴族のわしらからすれば、小石くらいにしか思わんよ。死んでも誰も気にしないからの」
「あんたねぇ……! 命をなんとも思っていない、屑に会うとは思わなかったわ!」
 セリーナは怒りをあらわにした。
「なんと言ったかの? 耳が遠くてなぁ……」
「ふざけないでくれる? 屑と言ったのよ! あんたなんか、生きる資格がない。そう言っているの!」
 セリーナは言いながら、カオドグラルを構え、銃口を老人に向けた。
「貴族のわしを、屑とのたまうか。殺してしまえ」
 周りにいる男達が、いっせいに襲い掛かってきた。
 ヴァ=シを構えようとした、その瞬間――。


 時を少し遡る。
 ヴィアザは屋敷の戸を蹴り開けてから、大勢の男達の相手をしていた。被っていたフードは自然と外れていた。
「賊は一人だ! さっさと倒してしまえ!」
 奥の方から、そんな声が聞こえてきた。
 ――囮にはなったようだな。
 その言葉を受け、内心でそう思ったヴィアザは、刀を抜いた。
 男達は、美しい濃藍の刀に、目を奪われてしまっていた。
「見惚れるなど、強者がすることだ」
 ヴィアザは冷ややかに言い放つと、二人の男の首を切断した。
 ふたつの生首が地面に転がり、バタバタと斬られた身体が倒れた。
「ひっ……!」
 その光景を目にしていた一人の男が、背を向けて逃げ出そうとした。
「待てよ。俺は誰一人、逃がすつもりはないぞ?」
 ヴィアザは言い放つと同時に、背中から心臓を刺し貫いた。
「がはあっ!」
 ドバドバと鮮血を口から吐き出した男が、骸となった。
 骸から無造作に刀を引き抜き、ヴィアザは距離を取っている男達を睨みつけた。
「死にたい奴、出てこいよ。殺してやるから」
「かかれっ!」
 誰かの声がまた響いた。
 指示に逆らえないのだろう。男達はやけくそになって、襲い掛かってきた。
「死に場所も、自分で決められないとは。哀れだな」
 ヴィアザは溜息混じりに言い放つと、男の心臓を刺し貫いた。
 骸をその場に捨て置き、振り返ろうとした瞬間、別の男から突きを受けてしまった。
 背中から腹までを、貫かれてしまった。
 鮮血を口端から滴らせながら、冷笑を浮かべた。
「な、なんだ! こいつ……!」
 ヴィアザは男に視線を投げ、左手に構えた刀を振るった。
「がああああっ!」
 思いきり叫んで、斬られた男は息絶えた。
 ヴィアザは右手で背中を探り、突き刺さっている剣の柄を握った。手が届いてよかったと思いながら、右手に力を込めた。
「なにを、する気だ?」
「このままにはしておけん。邪魔なんだよ」
 溜息を吐きながらヴィアザが言い放つと、少しずつ剣を抜き始めた。
「正気か!? かなり痛むだろうに、なんで表情が変わらない!?」
「痛みに慣れているだけだ。これくらい、大した傷ではない」
「説得力がまるでない!」
 ヴィアザは黙って、右手に力を込め続けた。
「おらぁ!」
 一人の男が背後から斬りかかってきた。
 ヴィアザは肩越しに振り返る。がきんっと、武器同士がぶつかる音が響いた。
 鮮血の滴る剣で、男の剣を受け止めていた。
「遅かったな。しかも、軽いときたか」
 ヴィアザは口端を吊り上げて(わら)うと、男の剣を弾き返し、命を奪った。
 右手に構えていた剣を捨てた。それにはかなりの鮮血がついていた。
 傷からだらだらと鮮血が滴り落ちるが、本人は気にしていない。
「さてと。俺はまだ動けるぞ」
 ヴィアザは男達を睨みつけ、すうっと赤い目を細めた。
「ひいいっ!」
 その姿が怖く見えたのだろう。逃げ出す者が大勢いた。
「敵を前に逃げるな! 戦え!」
 逃げようとする彼らを止めるように、声が響いた。
「どんな弱みを握られているのやら。相当手を汚している家のようだな」
 ヴィアザは逃げようとした男の肩を、右手でつかんだ。
 怯えた顔を向けてきた男を見つつ、心臓を一突きした。
「俺は貴様らの命を、奪うことしかできない」
 ヴィアザは右頬に返り血を浴びながら、呟いた。
「正体を明かせ!」
「姿も見せん奴に、誰が明かすか。バカが」