「ごほっ!」
 ヴィアザは無表情で、刺し貫いた刀の向きを強引に変え、傷を抉った。
 アローは口端から鮮血を滴らせた。
 刀が無造作に引き抜かれ、傷口から鮮血がポタポタポタッと溢れ出し、床を汚していく。
「っ……。なかなかやりますねぇ」
「強がるな」
 ヴィアザは口端を吊り上げて(わら)った。
「その笑みを消したいですね。でも、この傷じゃあ、無理かもしれませんが」
「殺してやる」
 ヴィアザは言いながら、距離を詰めて、刀を繰り出した。その刃は正確に、アローの心臓を刺し貫いていた。
「一足先に、地獄へいっていますね……」
 それが最期の言葉だった。
「天国などと言っていたら、張り倒しているところだった」
 ヴィアザは刀を引き抜いた。
 骸がどさりと倒れた。
 鮮血の滴る刀をそのままに、ヴィアザは先へ進んだ。


「邪魔が入ったせいで、時間を取られた。次は、貴様だ」
 ヴィアザが中に入った。
 部屋には女がいて、テーブルには拳銃が置かれていた。
 さして広くはない。物もそんなに多くなかった。だが、大きな金庫が目を惹いた。
「お金がありさえすれば、なんだって解決できる。あ、頼りにしていたのに、死んでしまったのね……。わたしも死ななきゃ、いけない?」
「そうだ。金なんぞに目を(くら)ませて、それよりも大事なモノに気づけない。愚かとしか言いようがない」
 ヴィアザが刀の切っ先を女に向けた。
「嫌よ? わたしは、これからもっとお金を集めて、暮らすのよ!」
 叫ぶと拳銃を構えた。だが、その手は小刻みに震えている。
 ヴィアザは冷たく(わら)い、女が持っていた拳銃を上へ弾いた。隙をついて、胸を斬り裂いた。
 ぱっくりと裂け、鮮血がドバドバと溢れ出した。
「嫌ああっ!」
 女は落ちた拳銃を拾うよりも、焼けるような痛みに叫び、その場に蹲った。
「地獄へ送ってやるよ」
 ヴィアザは言い放ち、女の心臓を刺し貫いた。
 口から大量の鮮血を吐き出しながら、女は倒れた。
 骸を見つめ、ヴィアザは右掌を一瞥した。
 血がまったく止まっていなかった。
 ヴィアザは溜息を吐くと、家を立ち去った。


 家を出たヴィアザはいったん隠れ家に戻った。
 ドアを開けると依頼人が待っていた。
「相手とその用心棒を地獄に送ってきた」
「あ、ありがとうございます! それと、これ」
 依頼人は言いながら、金のコイン一枚を差し出してきた。
 それを左手で受け取ったヴィアザに、頭を下げると、依頼人は家を出ていった。


 その後、ヴィアザは医務院を訪れた。
「俺だ、入るぞ」
 ヴィアザが言いながらドアを開けた。
「どんな状態?」
 目の前に、右手を突き出した。
「ほら、早く入って」
 ニトは必要なものをかき集めながら言った。
 ヴィアザは無言で治療室へ向かった。
 手袋を外していると、ニトが中に入ってきた。
「ここだけだよね? 他に怪我はしてないかい?」
 その言葉にうなずいたヴィアザは、右手を突き出した。
 ニトは表情を変えずに、右手の手当てを始めた。
 傷を縫ってから薄手の布をあて、鮮血で真っ赤になるのも構わず、包帯を取り出し、手早く固定させると、端をぎゅっと縛った。
「終わり。まだ治っていないんだから、そんな状態で戦っちゃダメだよ?」
「依頼がなければ、な」
「そんなのは放っておけば……! って、もう」
 噛みついたニトだったが、ヴィアザがさっさと部屋を出ていくのを見て、一人溜息を吐いた。

 ヴィアザが隠れ家に戻り、手袋を嵌め直して着替えをすませた。
 刀を手元に置きつつ、ワインを引っ張り出して呑み始めた。

「邪魔しちゃった?」
 セリーナがドアを開けた。
「まさか」
 ヴィアザは杯を煽りながら、うっすらと笑みを浮かべた。
「さっきまでいなかったようだけれど、なにかあったの?」
「ただの散歩さ」
 ヴィアザは誤魔化すと、苦笑した。
「そう。セッリー家のこと、なにか分かった?」
 セリーナは椅子に座りながら尋ねた。
「ああ。今じゃ、貴族の中でも特に大きいとされる五つの家のひとつに入っている。それくらい、強い影響力を持った家に成長している。独りでは、いかせない。主の命は、お前の好きにすればいい。俺は復讐ができるように、道を作る。雑魚相手に弾なんぞ使うな。無駄にしかならん」
「ふうん。いつもと逆……ってことね?」
「そうだ」
 ヴィアザは、ワインを注ぎながらうなずいた。
「いつ、いくの?」
「明日の夜。金は要らない。……復讐が無事に終わったら、自分がなにをしたいのか、考えておけ」
 ヴィアザは真面目な顔をした。
「ええ」
 セリーナが隠れ家を去った。


 決行当日の夜。
 隠れ家にセリーナが顔を出すと、準備をすませていたヴィアザとともに、セッリー家へ。屋敷がかなり大きい。
「雑魚は全員、俺が引き受ける。屋敷の最奥まで一気に走れ。いいな?」
 セリーナはその言葉にうなずいた。
「では、開始だ」
 不敵に(わら)うヴィアザの横顔を見ながら、セリーナがうなずいた。


 ヴィアザが雑魚達の目を集めているのだろう。怒鳴り声が聞こえてきた。
 セリーナは息を殺し、窓の近くまで駆け寄った。
 表での騒ぎに、数人の男達が駆け出していく。