ある日の夜。
 セッリー家について調べていた、ヴィアザの許を一人の男が訪れた。ボロボロの服を着ていたので、貧困街の者だろう。
「話を聞いてもらいたい」
「分かった」
 ヴィアザはうなずくと、テーブルに広げていた羊皮紙の束を片づけ、手で座るように示した。
「一般街に住んでいる女、ビナを殺してほしい」
 男は椅子に座ると口を開いた。
「理由は?」
 ヴィアザは静かな声で尋ねた。
「僕が貧困街で暮らさなきゃいけなくなったのは、彼女のせいだから。彼女が僕の金に手をつけなければ、こんなことにはならなかった。とても、憎い。殺そうと思った。けれど、自分じゃできなかった。だから、頼みにきたんだ」
「俺に依頼するということは、それ相応の覚悟があるんだな?」
 ヴィアザは男に鋭い視線を向けた。
「ある。二度と後悔しないよ」
「分かった。そいつの居場所は?」
「一般街の外れの一軒家。一人でいるのかまでは分からない」
「その家にいる人間、全員殺すぞ?」
 話を聞いていたヴィアザが告げた。
「……構わない」
「そうか。決行は今夜。真夜中、ここにこい」
 ヴィアザはそれだけ告げると、ドアを指さした。
 男はうなずくと、隠れ家を去った。


 ヴィアザは黒の革手袋を手に嵌め、フードを目深に被り、刀を帯びた。
 セリーナに声をかけようか、と一瞬思ったが、やめにして隠れ家を出た。

 隠れ家を出て、一般街の外れの一軒家に向かった。
 ぼんやりとした明かりが灯る中、ヴィアザはその家のドアを蹴破った。
「誰っ! っていうか、なにしているの!」
 蝋燭を片手に持った女が、悲鳴を上げた。
「ちょっと用事があってな」
 ヴィアザは言い放つと同時に、女に向かって斬撃を繰り出した。
「ひっ! ……あれ?」
 女は慌てて目を閉じ、痛みがこないことに気づいて、首をかしげた。
「よく見てみろ」
 女は言われるがまま、目を開けると、暗闇になっていることに気づいた。
「斬ったのは、蝋燭……?」
 女はぽつりと呟いた。
「邪魔だったからな」
 夜目の利くヴィアザは、女を冷ややかに睨みつけた。
「あなたはいったい……?」
 暗闇の中で目を凝らすも、女にはなにも見えない。
「誰でもない」
 ヴィアザは言い放つと、刀を抜き、女に向かって駆け出した。
「こんなやり方はどうかと。勿体ないですねぇ」
 声が割り込むと同時に、ヴィアザの刀を受け止める誰かがいた。
「ちっ」
 ヴィアザはあらわれた人物に視線を投げた。
 目の前に立っているのは、剣を持った男だった。
「ここは私に任せてください。今のうちに火を」
 男は女に指示を出し、ヴィアザに向き直った。
 廊下の松明に火がともると、入口から中まで、一気に明るくなった。
「初めまして。私は、アローと申します。この女性に雇われた用心棒……と言ったところでしょうか。あなたがもしかして噂の〝闇斬人(やみきりびと)〟ですか?」
「……だったらなんだ?」
「これはこれは! とても嬉しいですよ! この国で知らぬ者はいない、と言われるほどの有名な方ですから! 一度お会いしたかった夢が叶いました!」
 アローは興奮した様子だった。
「俺に会うことが夢? なに言ってんだ?」
「この国の闇を取り仕切っていると噂されていて、正体が全然分からない! 気になって仕方がなかったんです!」
「貴様のことはどうでもいい。邪魔をする気か?」
「この女性には、生きてもらわないと困るんです。あ、部屋にいっていてください」
 アローが告げると、女が部屋へと消えた。
「なぜだ?」
「私は金に興味があるわけじゃないんです。……うーん、金に(おぼ)れていく姿を見ていたいと思ってるんです」
「聞いた俺がバカだった。分からないんだよ。貴様の言っていることが、まったく」
 ヴィアザは刀を構えた。
「面白いですね」
 アローは濃藍の刀を見て言った。
「貴様にはここで死んでもらう」
 ヴィアザはだっと駆け出した。
「怖い怖い」
 アローが刀を受け止めた。
「ああ?」
 ヴィアザは怒りを滲ませた。さらに力を込めると、徐々に剣を圧していく。
「おっと、これはまずい」
 アローは剣を引いて、距離を取った。
「間合いを取ろうが、俺には関係ないぞ?」
 ヴィアザが不敵に(わら)い、瞬時に距離を詰めると、胸から斜めに斬撃を放った。
「くっ……!」
 アローは二歩ほど後退し、それでも剣を構えた。
「浅かった……か」
 ヴィアザは顔を歪めた。
「これくらいの傷……どうってこと、ありません」
「どうだか」
 荒い息を吐いているのを見て、ヴィアザは冷ややかに吐き捨てた。
「次はこちらの番ですっ!」
 叫びながら、剣を振りかざし突っ込んできた。
 ヴィアザは右手で剣を受け止め、横に思いっきり振り抜いた。
 近くの壁に激突し、痛みに顔をしかめた。
「これで、右手は使えなくなりましたね」
 顔をしかめながら、アローはしてやったりと笑った。
「それがどうした」
 右手からだらだらと鮮血が滴り落ちる中、ヴィアザは表情を一切変えなかった。
「変化なし……ですか。面白くないですね」
「勝手に言っていろ」
 ヴィアザは吐き捨て、刀を振るった。剣を横に弾き、突きを繰り出した。
 それはアローの腹を刺し貫いた。