ヴィアザの刀が、男の腹を撫でたのだ。
「っ!」
 激しい痛みに、男が顔を歪めた。
 負けじと剣を繰り出す。ヴィアザの左肩を刺し貫いた。
 負傷したのにもかかわらず、ヴィアザは冷たく(わら)っている。
「まだ戦いは終わっていない」
 男が目前に迫った刀を慌てて防いだ。
「腹の傷……浅かったようだな」
 ヴィアザは溜息を吐きながら言った。
 一瞬視線を奪われて、男が床に倒れた。
 ヴィアザはとどめを刺し、右頬に返り血を浴びながら、骸を見下ろした。
 無残な姿をしているがなにも思わず、突き刺した刀を抜いた。

「この家のすべてを壊して、満足か?」
 最後の男が尋ねた。
「それを決めるのは、俺達じゃない」
 ヴィアザは言い放つと、刀を振るった。
 しかしそれは躱され、腹にナイフが突き刺さった。
 根元まで押し込まれ、ヴィアザは口端から鮮血を滴らせた。
 男の首を刎ね、生首が転がったのを確認した。
 突き刺さったナイフを抜いて捨て、部屋の入口にいるセリーナに視線を投げた。
「帰るぞ」
 ヴィアザはマントを翻して、惨劇と化した家を去った。


 帰り道、骸の周りをうろついている貧困街の者を目にした。
 必死の形相で、なにかないかと探している。
「みな、生きることに必死なんだな」
「……そうね」
 セリーナはその様子を見ながらうなずいた。

 いったん隠れ家に戻ると、依頼人が待っていた。
「依頼は達成した。フィーナス家は全滅だ」
 ヴィアザは傷をマントで隠しながら、声をかけた。
「それはようございました。成功報酬です」
 ヴィアザは執事から、金のコイン十枚を受け取った。
「彼らに罰を与えることができて、よかったですわ」
「失礼いたします」
 貴族の娘と執事は、そう言うと隠れ家を去った。


「医務院にいくんじゃないの?」
 動こうとしないヴィアザに声をかけた。
「そうだが、話が先だ」
「どんな話?」
「噂話の真実を、伝えておこうと思ったんだ」
「ふうん。伝え聞いてる噂話は〝どうしようもなく困ったら、貧困街のボロボロの家を訪ねろ。解決の糸口が見つかるかもしれない。あれば、金を持っていけ〟……ここまでよね?」
「ああ」
「その続き、あるの?」
「ある。〝ただし、生半可な気持ちでいくな。誰かを殺そうとする覚悟の無い者は、決していくな。誰かを殺してでも、状況を変えたいのであれば、力を貸そう。我は、命を奪う者。最も重い罪を背負って生きる者。代わりに命を削ろう。訪れたら最後、引き返せないと思え〟」
「……なによ、それ」
「事実だ。俺は無敵じゃあない。戦いの中でしか生きられないだけだ」
 言い放つヴィアザの声は、恐ろしいほど低かった。
「……いつからやっているの?」
「二十年ほど前」
 ヴィアザは嘘を吐いた。本当はもっと前だが、それを言ってしまうと、長話をしなくてはならない。それを回避するための、ものだった。
「ずっと独りでいて、誰かを殺し続けていたの?」
「そうだ」
 とても暗い表情で、ヴィアザがうなずいた。
「辛いはずよ、違う?」
「そんなの……とっくに忘れたよ」
「忘れられるはずがないじゃない! あなたのことだから、殺した人の最期が脳裏に焼きついて、離れないんじゃないの?」
「だったら……なんだ?」
 ヴィアザはギロリとセリーナを睨んだ。
「長くなっても構わないから。話、聞かせて?」
「……ふう。分かった。治療の後でな」
 ヴィアザは息を吐き出し、外へ出た。


「入るぞ」
 ヴィアザは言いながら、戸を開けて中に入った。
「今回はどんな状態だい?」
 ヴィアザはマントを退()けた。
「酷い。早く奥へ」
 ヴィアザはうなずくと治療室に入っていった。
「ちょっと待っていてね」
 セリーナはうなずいて、近くの椅子に座った。
 ニトは必要なものをかき集めて、治療室へ入った。

「診せて」
「分かった、分かった」
 ヴィアザは手早くマントとワイシャツを脱いだ。
 左胸には斬り傷、右胸と腹はナイフで刺し貫かれている。左肩にも刺し傷がある。
 背中を確認したニトは、顔を曇らせる。貫かれていたからだ。
「傷を負わずに勝つってことは、できないのかい?」
 手を動かしながら、ニトが尋ねた。
「無理な相談だ。かなり、面倒だからな」
 ニトは三か所の傷を縫い、薄手の布を当てた。
 手早く包帯を巻きつけると、ニトが軽く肩を叩いた。
「お終い。傷が塞がるまで戦っちゃダメ」
「二日ぐらいで治るさ」
 ヴィアザは身支度をしながら、ニトに金のコイン一枚を払い、セリーナの待つ部屋へ。

「なんだって?」
「二日は大人しくしていろってさ」
 ヴィアザは苦笑して言った。
「依頼がきても、少し待ってもらわないとね」
「そうだな」
 ヴィアザは返し、フードを目深に被り、医務院を出ていった。
 セリーナはニトに一礼して、追い駆けた。


「着替える」
 隠れ家に帰ると、ヴィアザはクローゼットのドアを開けた。
 手早く着替えをすませ、ワイシャツとマントを羽織り、ベッドに座った。
 傍らには、刀を置いている。
「なぁ、セッリー家を潰したら、どうするつもりだ?」
 ヴィアザは視線を投げた。
「今は、考えられない」
「ひとつ言っておく。復讐が無事に終わったら、自分のために、生きろ」
 ヴィアザはいつになく真剣な顔をした。
「自分のため……?」
 セリーナは困惑した。
「そうだ。セッリー家を潰したら、お前を縛るモノが無くなるんだ。誰かのために生きるなんて、誰にもできやしないんだよ」
 ヴィアザは吐き捨てた。
 セリーナは言葉を呑み込んで、隠れ家を後にした。