数月後の昼間。組織潰しの際に負った怪我は、すっかり治っていた。
 誰かの来訪を告げるノックの音が聞こえてきた。
「開いている」
 その声を聞いて入ってきたのは、身なりのいい娘と、執事だった。
「あなたが〝闇斬人(やみきりびと)〟?」
 家の中なのにフードを被っているのが、不思議なのだろう。首をかしげていた。
「そうだ。俺になにをしろと?」
「このお方の嫁ぎ先、フィーナス家が罪を犯しているとの情報を得ましたので、潰してほしいのです」
「どんな罪だ?」
「違法とされている薬品の販売。またはその使用です」
「ドラッグというわけか。ろくな連中じゃなさそうだ。それで娘さんよ、あんたはそれでいいのか?」
「なんと無礼な!」
 執事が怒りをあらわにした。
「いいのよ。わたくしは、罪を犯していると分かった以上、嫁ぐ気はありません」
「情に流されるわけではない、と」
 ヴィアザは顔を上げて、赤い目で娘を見た。
「っ!」
 娘は吸い込まれそうなほど美しく、冷たい目に見惚れてしまった。
 その目が、すうっと細められる。
「いいだろう。潰してやる。金はそこのテーブルに」
「これは前金です。成功したら同じ額を払います」
 執事が金のコイン十枚をテーブルに置いた。
「分かった。決行は今夜」
「よろしくお願いします。では、またきます」
 その言葉を最後に、娘と執事が出ていった。


 同日の夜。
「今夜はフィーナス家を潰す」
 隠れ家を訪れたセリーナに告げた。
「依頼人は貴族?」
「ああ。どこの家かは知らんが。前金として金のコイン十枚を受け取った。お前にも……」
「要らない」
 セリーナは言葉を遮った。
「なぜ?」
 ヴィアザは首をかしげた。
「暗殺をいくつか頼まれているのよ。法外なお金は受け取っているし、生活に困っているわけでもないから」
「俺も金には困っていないが。とりあえず、もらっておく」
 ヴィアザは言いながら、金のコイン十枚を手にして、棚の前へ。
 セリーナが見守る中、棚の取っ手をつかんで、引き開けた。
「見た目を変えてはいるが」
 ヴィアザは言いながら持っていた金のコイン十枚を放り込むと、身体を退けた。
「えっ!?」
 棚だと思っていたのが、実は金庫だったからだ。中には大量のコインが収められている。
「俺はこうして管理しているが、お前は?」
 金庫の戸を閉めながら、ヴィアザが尋ねた。
「あたしは、一般街の銀行、特殊口座よ」
「そうか。……フィーナス家に向かう」
 ヴィアザは言いながら、黒の革手袋を両手に嵌めた。フードを目深に被ると、刀を帯びていることを確認し、家を出た。


 隠れ家を出てから十五分ほどで、フィーナス家に辿り着いた。それなりに大きな屋敷で、煌々(こうこう)と明かりがついていた。二人は門番を一撃で殺した。
 騒ぎを聞きつけた男達がわらわらと出てきて、取り囲まれた。
「ここは、任せる」
 その声にセリーナはうなずいた。
 ヴィアザはその場で跳躍した。男達の波を軽々と越えて、屋敷内へと続く扉の近くに降り立った。
 扉を蹴破ると、中へ消えた。
「追え! ……っ!」
 誰かが叫んだが、それを遮るように銃声が響いた。
 近くにいた男が、心臓を撃ち抜かれて倒れた。
「あの男は、ほかの連中がなんとかしてくれる! だから、ここを死守する!」
「あのさ……舐めないで?」
 セリーナはその言葉を聞いて、舌打ちをした。右手に構えたカオドグラルで五回撃った。それと同じ数の悲鳴が上がり、いっせいに倒れた。
 空けていた左手をポーチに突っ込んで、弾丸を五つ込めた。
「ええい! こちらの方が有利だ! かかれっ!」
 セリーナは盛大な溜息を吐いた。
 繰り出された剣をカオドグラルで受け止め、ヴァ=シで心臓を撃ち抜いた。時折蹴りも混ぜながら、右、左と、瞬時に弾を込め、撃ち続けた。
 背後から繰り出された剣を、振り返りもせず、ヴァ=シで受け止める。
 感覚だけで狙いを定め、引き金を引いた。頭を撃ち抜かれた男は、その場に倒れた。
 左右交互に引き金を引くと、四人が倒れた。
 たった一人の敵相手に、男達は確実に圧されていた。
「腹が立つのよね。見た目だけで判断されるのも。数が多いってだけで、傷つけもできないあんたらを見てると」
 セリーナは低い声で言った。その間にも殺戮は続いている。右左とリヴォルバーの弾を込めながら、次々に男達が殺されていく。
「くっ……!」
「ほら。あれだけいたのに、もうあんただけよ?」
 セリーナは言いながら、男に銃口を向けた。
「ち、ちくしょう! おらああっ!」
 追い詰められた男は剣を突き出した。
 が、素早く躱され、腹に弾丸を受けた。
「ぐっ!」
 男は腹を押さえて立ち上がった。
「死になさい」
 セリーナは冷たく告げると、男の心臓を撃ち抜いた。
 数多くの骸が転がる中、それらをハイヒールで踏み潰しながら、屋敷の中へと向かった。


 そのころ、ヴィアザは、次々に出てくる男達を殺す。廊下を突き進んでいた。フードを外して、冷然と(わら)いながら。
 駆け抜けているヴィアザは、よく見れば怪我をしている。勢いでつけられた左胸の斬り傷を、一切気にせず動き続けていた。
 一撃につき一人の命を奪っていく。男達を上回る殺気を放ちながら。
 目前に剣が迫ってきた。がきんっと受け止め弾き返すと、首を正確に斬り裂いた。
 剣は次々に繰り出された。
 まるで無限ループに入ったのかと錯覚するほどに。
 すべての刃を弾き返しながら、確実に頭数を減らしていく。
 返り血が服を汚していくが、足は止めない。
 しばらく殺し続けていたが、男達の波が突然失せた。