酒場の周りに人の気配はない。
 苛立っているゴロツキ二人は、女を見かけた。服は落ち着いた緑で足首までの花柄のロングワンピース。黒のハイヒールで颯爽と歩いている。腰には黒のしっかりしたベルトを巻いている。二(ちょう)の大口径で、銃身が長いリヴォルバーをホルスターに収めて吊っている。腰の後ろには、ポーチがふたつ、巻きつけられていた。
 見惚れるほどいい女だった。
 ゴロツキ二人は気色悪い笑みを浮かべて、短剣を手に襲い掛かった。
「ちょっと遊ぼうぜっ!」
 空気を裂くように、二発の発砲音が響いた。
 手の甲に弾丸が撃ち込まれており、激しく痛んだ。
「嫌よ? ちょっと聞きたいんだけれど〝闇斬人(やみきりびと)〟って知ってる?」
 女がリヴォルバーを構えて、声を出す。
「名前だけならな! 噂以上のことは知らねぇ」
「あっそ。誰彼(だれかれ)構わずに聞いても、やっぱりダメね~。……じゃあね?」
 うっとりするほどの笑みを浮かべた女は、両手に構えたリヴォルバーの引き金を引いた。放たれた弾丸は正確に男達の心臓を撃ち抜いた。
「なんで、返り()ちに……」
 心臓を撃ち抜かれたゴロツキの片方が、気力を振り絞って呟いた。
「見かけだけで判断しない。そうすれば、生きられたかもしれないわねぇ。それと、貧困街の掟、知らないなんて言わないでね? ……命は木の葉よりも軽い。生きたくば……強者(つわもの)であれ」
 男達はその言葉を返せない中、女の独り言が響いた。
 (むくろ)(また)いで、酒場へ。


「隣、いいかしら?」
 男は女の顔をまじまじと見つめる。
 ――なんだ、この女は?
 この雰囲気に呑まれずに、隣にくるとはなんと命知らず、と思ったが武装していたためにその考えを即座に打ち消す。
 女の中では整った顔立ちの持ち主。異性から声をかけられることが多そうだなと思ったが、その双眸は鋭さが宿っている。
「ああ。……さっきここから出ていった、二人組を殺したのか?」
 男がうなずきながら、酒を呑む。発砲音が聞こえていたらしい。
「突然襲い掛かってきたし、目(ざわ)りだったから。むしゃくしゃしていたみたいだったわよ」
「俺に負けたのが、本当に嫌だったんだろう」
 男は鼻で(わら)った。
「原因を作った相手に会うなんて、思わなかったわ」
「俺になんの用だ?」
 男は不機嫌極まりないとでも言うかのように、顔を歪めた。
「用ってほどのことはないけれど、少しお話ししましょう?」
 笑みを浮かべる女を見つめた男は、ふうっと溜息を吐く。
「まあ、それくらいなら。家はどこなんだ? 見た感じ、殺し屋のようだな」
「テントだけど? 家なんて持ってないわ。一応はね」
 女がきょとんとした顔をする。
「くくっ」
 男はその顔を見た瞬間、くつくつと肩を震わせて笑い出す。
「なによ?」
 女がムッとして、睨みつけてくる。そんな顔をしていても、女の美しさは健在だった。
「いや、気を悪くしないでくれ。ただ、テントに住んでいるようには見えないから、少し驚いてしまったんだよ」
 男は正直に言う。嘘をついてもろくなことにならない、と思ったからだ。
 笑うと印象が変わる人だなと、女は思ったが口には出さない。
「ひょっとして、あなた……?」
「聞くなら先に名乗れよ」
 男がぼそっと吐き捨てた。
「それも、そうね。あたしはセリーナ。〝戦場に輝く閃光〟と呼ばれているわ」
 男はセリーナを凝視する。
「そうか、お前があの……。俺はヴィアザ・ヴァンフォール。〝闇斬人(やみきりびと)〟と呼ばれている」
「へぇ」
 セリーナは横目でヴィアザを眺めた。
「なんだ?」
 ヴィアザと視線がぶつかった。
「いい男じゃない」
「褒め言葉として、受け取っておく」
「意外と素直なのね?」
 くすりとセリーナが微笑む。
「誰が?」
 ギロリとヴィアザが睨む。
「なんでもないわよ」
 セリーナはふふっと笑う。
「場所を変える」
 ヴィアザは苦笑しながら、テーブルに銅のコインを置く。ポケットから取り出した黒の革手袋を嵌め、立ち上がった。
 片手を上げて、ヴィアザは颯爽と酒場を出た。
 ――なにをしてもカッコいいって、どういうことよ?
 セリーナはふふふと笑いながら、その背を追い駆けた。


 ヴィアザは貧困街の外れにあるボロボロの大きめな家を見上げた。
「ここなら、誰も近づかないし、落ち着いて話をするには最適だ」
 ヴィアザはぎいっと(きし)む、ドアを開けた。

 少し広めの部屋の真ん中にはテーブルがあり、それを挟んでふたつの椅子。左側の壁際にはベッドが、反対側にはクローゼットと棚がある。それらはかなりボロボロだった。
 中に入るや、セリーナは手前の椅子に座った。
 ヴィアザは奥の椅子に座ると、テーブルに置いてある蝋燭に火をつけた。部屋の中がぼんやりと明るくなった。
 ヴィアザは、両手に嵌めていた革手袋を外した。テーブルの隅に置かれた、年季の入った細身でダークパープルの煙管(キセル)を手に取った。
「構わないか?」
「ええ」
 蝋燭に煙管を近づけて火をつけると、ふうっと紫煙を吐き出した。
「それで、どうして俺を訪ねた?」
 ヴィアザは胡乱げな顔をした。
「聞きたいことがあって」
「なんだ?」
 ヴィアザは眉根を寄せた。
「まだあたしが子どもだったころ、二十年くらい前かな。一度だけあなたを見かけたの。あれからもうなん十年も経ったのに、見た目が変わっていない。……それは、どういうこと?」
「よく憶えていたな」
 ヴィアザは苦笑を浮かべた。
「それは、とても美しい人だと思ったからよ。見()れていたのかもしれないわ」
「見た目が変わっていないことを、気づかれるとは。ここでの話は誰にも言うな。……酒場では言わなかったが〝ユドルギン〟というコードネームがある」