真っ黒のリヴォルバーには〝カオドグラル〟。銀色のリヴォルバーには〝ヴァ=シ〟。ライフルには〝ウノメナ〟。セリーナは三つの銃器に名前をつけた。


 ひたすら夜に依頼をこなして、金を稼いでいた。
 依頼をこなした夜は、いつも寝れない。最期の表情が脳裏に焼きついて、離れてくれない。
 セリーナは思いっきり泣いた。声を押し殺しながら。罪深いことをしているというのは、嫌というほど分かっていた。それでも、そうすることでしか、生きる(すべ)がなかった。ほかの道など、初めから存在しなかった。
 セリーナは裏の世界で、こう呼ばれていた。〝戦場に輝く閃光〟と。
 その所以(ゆえん)は、彼女の戦い方にあった。
 敵に反撃の機会を与えることなく、命を狩り取るからだ。敵からすれば一瞬で死に至るから、閃光のように見えるのだ。
 命を奪うが、自分は決して傷つかない。
 セリーナは強者となった。己の力だけを磨き続けて。誰にも自分の命を奪わせないために。

 それからさらに数年が経った。セリーナは、指示通りに言われた人物を殺し続けていた。
 そんなある日、噂を聞いた。
 自分に都合の悪い人々を、次々に殺させている誰かがいる、と。
 その真意を確かめるべく、いつものテントに向かった。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど」
 使いの男を強引に退かして、奥へと入っていく。
「なにかな?」
「噂を聞いたの。自分の都合で、殺すように命令している人って、誰?」
「それを知ってどうする?」
「殺す」
 彼女は即答した。
「そうか。その人物が私であっても、かな?」
「なんですって!」
 セリーナは驚いた。
「なにも考えずにただ、私の指示通りに殺し続けていればよかったのに。誰のおかげで、今の立場になれたと思っている? 知りすぎた奴に用はない。ほら、お前達」
 テントの中にいた男二人が、銃器を手に、彼女に狙いを定めた。
「そう。なら、なんの気遣いも不要ね。殺そうとしてくる奴に感謝などしないわ」
 セリーナは言いながら、素早くリヴォルバー二(ちょう)を構えると、同時に引き金を引いた。
「ぐっ……!」
 二人の右手の甲を撃ち抜いた。
「怪我のひとつくらいで怯むな。殺せっ!」
「死ぬのはあんた達よ。あたしはここで死ぬわけにはいかない!」
 セリーナはカオドグラルのグリップで、男達の頭を殴りつけた。
 突然の衝撃に耐えきれず、二人はテントの中に倒れた。
 まだ動いているであろうふたつの心臓に、弾丸を撃ち込んだ。
「これで、あんただけよ? 自分の手でやろうとしてこなかったあんたに、いったいなにができるというの?」
 セリーナは冷笑を浮かべた。
「なんでこんな!」
「あたしは、あんたの人形じゃない。やっと、自分の意志で動けるようになった。最初は生きたいというのが理由で、この仕事を始めた。あのときほど、生活に困っているわけでもないし。自分の保身しか考えていない。それだけじゃない。自分の都合ひとつで誰かの命を奪わせる。それについてはなにも思わない。あるいは、考えないようにしてきたんでしょう。……腹が立つのよ」
 饒舌(じょうぜつ)に語ったセリーナは、カオドグラルを構えた。
「私がいなくなったら、お前の仕事だってなくなるんだぞ!」
「構わないわ。別に暗殺依頼ならいくつもくるし。ここでなければならない、なんて思っていないから。悪人は殺しておくに限るわ」
「ま、待ってくれ!」
「残念。時間切れよ」
 セリーナは言い放ちながら、心臓を撃ち抜いた。
 骸がどさりと倒れた。
「ん?」
 男のテーブルと骸を見つめて、セリーナは首をかしげた。
『貧困街の第二支部』
 独学だが読み書きを習得していたセリーナはその言葉を目にし、小さな羊皮紙を読んでいく。
 支部はこの国のあちこちに、五つあった。一般街にふたつ。それと、貴族街にふたつ。そして、貧困街のこのテント。
 本部は貴族街の中心にあった。
 ――組織ぐるみでやっているってこと? 一人では一掃(いっそう)できない……か。
 セリーナは拾った羊皮紙を弾丸の入っているポーチのポケットに押し込んで、テントを去った。


 このときはもう、殺しの依頼をこなすたびに泣くということはなかった。
 涙が枯れ切ってしまったのかもしれないと思っていた。
 世話になっていた人が実は悪人だった。驚きもしたが、本物の殺意を向けられて気づいた。暗殺者を自分の手足としてしか見ていないのかもしれない、と。そんな奴の許で大勢の人を殺していたのかと思うと、とても悔しい。けれど、気づけてまだよかったのかもしれない。とりあえず、今夜の依頼を確認しなければ。
 セリーナはそう思いながら、自分のテントへ帰った。

 * * *

「お終い。あたしは、両親を殺したセッリー家と、今もあると思われる、組織を壊滅させたい。あなたの力を借りたいの」
 セリーナは言いながら、ポーチの中のポケットから折り畳まれた羊皮紙を取り出して、広げてみせた。
 支部と本部の位置を示した地図だった。くたびれてはいるが、ちゃんと場所が分かった。
「分かった。……話してくれたことに感謝する。辛かったな」
「独りでい続けるしかなかったころより、今の方がましよ」
 セリーナは涙を拭いながら言った。