セリーナは遠い目をして語り出した。その双眸はとても暗かった。

 * *  *

 今からちょうど二十年前のある日。貧困街で細々と暮らしていたひとつの家族が、ある貴族に突然襲われた。
「アレを持って逃げろっ!」
 非常事態のときに、絶対に持っていくものを理解していた少女は、父の叫びを聞き、ボロボロの鞄に指定されたものを詰め込んで、外へ出た。
「お父さん、おか……え?」
 声を出そうとしたが、目の前に広がる光景に、硬直した。
 二人の周りには、血溜まりができていた。その鮮血の量はとても多い。
 両親は少女を見て、安堵したように微笑んだ。
「え……?」
「こいつらはここで死ぬ。そこのガキ、逃げるなよ?」
 その声で少女は我に返った。
 ――動いて……! 生きるために……!
 少女の想いが通じたのか、身体に力が入り、その場から逃げ出した。
「待てっ! 捜して殺せっ!」
 その怒号を聞きながら、少女は転びながらも立ち上がって、泣きながら逃げた。
 駆け込んだのは、今にも崩れそうな廃墟。
 少女はふうっと息を吐き出して、鞄を抱えた。
「お父さん、お母さんっ……!」
 少女は声を押し殺して、泣き始めた。
「弱くて、戦えなくて、ごめんなさいっ……! 逃げることしかできなくて、ごめんなさいっ……。弔えなくて、ごめん……」
 謝罪の言葉が溢れ出してきた。
 かなり長い時間、泣き続けた。涙が出なくなるまで、ずっと。

 少女は鞄を開け、ずしりと重いそれを持ち上げた。
 少女が持ってきたのは、大口径の真っ黒なリヴォルバーと、銀色のリヴォルバー、予備の弾丸が入ったケースがふたつ。
 実際に手にすることになるとは思わなかった。そんな日はまだ、ずっと先だと思っていた。甘かったのかもしれない。貧困街に暮らしている以上、そんな平穏が続くはずがないのだと、なぜ、今気づくのか。両親に最期まで守られて。

 それから一時間後、涙を拭って、リヴォルバーを手にした。
 その横顔には、なんの感情も浮かんでいなかった。
 弾が入っていないことを確認し、使い方を思い出しながら、指を動かした。
 引き金を引く直前までの動きは、一通り頭に入っていた。
 ――これと、両親から教わった知識を武器に、ここから這い上がって、両親の仇を……。
 少女は決意し、寝る間も惜しんで、まず真っ黒いリヴォルバーを完璧に操作できるよう、練習を繰り返した。数日で身体に覚え込ませた。
 次に銀色の方。利き手でないことが少し心配だったが、これも数日で、身体に覚え込ませた。そこで、初めて気づいた。真っ黒いリヴォルバーと動作が違うことに。銀色の方は、弾を撃つたびに、撃鉄を上げる必要があった。

 息を潜めるように、生活を続けて、二年が過ぎた。
 技術を身につけた少女は、貧困街にある闇市にいった。
 ボロボロのベルトと、まだ使えそうなボロボロのホルスターを身に着けて。
 暗殺者を探している人がいると、噂を聞いたのだ。
 大勢の人でできた波に押し流されないようにしながら、闇市の奥へ向かった。
 テントの前までなんとか辿り着いた。
「次の人」
 誰かが出てきたのを見送り、少女は中に入った。

「どこの誰?」
 少女は怯えながら、目の前の男を見つめる。
 身なりがかなりよさそうだと思った。
 名前を名乗ると、使う武器は? と聞かれたため、リヴォルバー二(ちょう)を見せた。
「じゃあ、試しにあの的に向かって撃ってみて。弾はこれ使って」
 使いの男が弾を差し出してきた。
 少女は無言でそれを受け取り、慣れた手つきで装填した。
 少女はふうっと息を吐き出して、狙いを定め、二(ちょう)のリヴォルバーの引き金を引いた。
 放たれた二発の弾丸は、的のど真ん中を撃ち抜いた。
「ほほう! 歳は?」
「十歳です」
 これはいいと思った男とは対照的に、少女は冷たい声で告げた。
「……明日の夜、またここにおいで」
 少女はうなずくと、その場を後にした。

 それから数時間後の夜、少女は言われた通りに、昨晩訪れたテントの前に立っていた。
「やあやあ、きてくれて嬉しいよ。さぁ、中へどうぞ」
 少女は警戒心を剥き出しにしながら、中に入った。
「聞きたいことがあったんだ。人を殺したことはある?」
「ありません」
「なんでそんなに、暗い目をしている?」
「目の前で両親を殺されたからです」
 少女は冷たい声で言い放った。
「金は払う。ある人を捕まえてほしい。……怪我をさせても構わない。人物についての情報はそこにいる男から聞いて」
「……分かりました」
 少女は捕まえてほしい人物の見た目を聞き、テントを去った。

 少女は夜道を歩きながら、ふっと気づいた。
 夜目が利いている。
 夜であるのに、大勢の人にぶつからなかったことで気づいた。


 しばらく歩いていると、一人の男が慌てた様子で出てきた。
「話がしたい」
 物陰にその様子を見ていた少女は、男に追いつくや、低い声を出した。
「お前みたいな奴の話? 誰が。……っ!」
 男は少女の手に握られているものに気づいて、顔色を変えた。
「わ、分かった」
 少女は無言で男の前を歩いた。