「離して!」
 テントの裏側から、悲鳴が聞こえてきた。
 右手でカオドグラルのグリップを握りながら、声のする方へ向かった。
「た、助けてっ!」
「死にたくなければ、その人から離れて?」
「本物なわけがない!」
 セリーナが構えたリヴォルバーを見て、男が叫んだ。
「そうねぇ……。本物かどうか、自分で確かめてみて?」
 セリーナは言いながら引き金を引いた。
「なっ……これ、まさか……!」
 右手を撃たれた男が、痛みに顔をしかめながら言った。
「これは本物よ。それで、あなたはどうするの?」
 にこりと笑みを浮かべたセリーナが尋ねた。
「ちっ! お前を倒すだけだ!」
「あら、そう」
 つれないわねとセリーナは言うと、左手にヴァ=シを握って銃口を向けた。
「おらあっ!」
 そこそこの切れ味のナイフで、襲い掛かってきた。
 男の左手と、右脚に狙いを定めて撃った。
「なんで、こんな女にっ……!」
 地面に(うずくま)った男が悔しさを滲ませた。
「逃げて。ああいうのには捕まらないように。気をつけてね?」
 セリーナは背後で怯えていた少女に声をかけた。

「ちくしょうっ!」
「そんなに悔しいのなら、戦いなさいよ。痛みを跳ね()けるくらい、してみなさいよ」
 セリーナは冷たい声で告げた。
「できるわけないだろ!」
「根性なし。もういいわ、話すだけ無駄ね」
 セリーナはヴァ=シを、いったんホルスターに仕舞った。右手のカオドグラルがカチリと音を立てた。
「命だけは、奪わないでくれっ! 頼む!」
「まともに歩けないのに、命乞い? ふざけるのもいい加減にして? あなたはここで死ぬの」
 セリーナは冷たく男を睨み、心臓に狙いを定め、引き金を引いた。
 鮮血が派手にテントに飛び散った。
 どさりと骸が倒れた。
「こういう屑、なんでこんなところに、たくさんいるのかしらね」
 煙を上げる銃口を見つめながら、セリーナは歩き出した。


 次は一般街に住む、喧嘩っ早い連中に、ボコボコにされていた少年だった。
「あなた達、全員殺すから。女だからって舐めてかかると、痛い目を見るわよ?」
「黙れっ!」
 五人の男達がいっせいに拳を振りかざして、襲い掛かってきた。
「本当に、甘い連中ね」
 セリーナは男達の脚を撃ち抜いた。その間に、少年を逃がした。
「ぐうううっ!」
「なんで、勝てねぇんだっ!」
「理由、知りたいの? っていうか、見て分からない? あなた達はあたしよりも弱い。それに、あたしは接近戦に持ち込ませないようにしている。攻撃される前に殺してしまえってスタンスね。飛び道具だから近づけばいい、なんて思わないことね。あたしはそれを赦さない。……ちょっと喋りすぎたわね。じゃあね? ……屑野郎」
 冷笑を浮かべたセリーナは、心臓に狙いを定め、五回引き金を引いた。
 鮮血が派手に飛び散り、バタバタと骸が倒れた。
 黒のハイヒールが、鮮血で汚れてしまったことを気にしつつも、セリーナは歩き出した。


 セリーナは貧困街出身の老人を見たことがない。こういう治安の悪い場所だからというのもあるかもしれないが。
「ちょっと、嫌がっているのに、なにしているのよ」
 身なりのいい男が、嫌がる女を連れ去ろうとしているのを目にして、セリーナは声をかけた。
「ああ? 貧困民風情が、気安く話しかけるんじゃねぇよ!」
 その言葉を聞いた瞬間、セリーナの頭の中で、ぷつんっとなにかが切れる音がした。
「分かったらさっさと……ごふっ!」
 セリーナはヴァ=シのグリップで、男の頬を殴りつけた。
「なにすんだてめぇ! 貴族に逆らうと、どうなるか教えてやるよ!」
「ギャーギャー、うるさいのよ。見た感じだけれど、貴族の息子ってところでしょ?」
「だったらなんだよ!」
「不都合なことがあると、父親に言って揉み消してもらっているんだとしたら……。親がいなきゃ、生きられないのね」
 セリーナは鼻で(わら)った。
「もう一回言ってみろ!」
「あなた、自分の服が汚れるようなこと、したことないんじゃないの? 人が死んだり、物乞いをしたりして、生きようとしてる人達を下に見ているんじゃないの?」
「だったらなんだよ! ここの連中の命なんて簡単に奪えるんだよ!」
「一度も殺したことがない男が偉そうに。罪を背負う覚悟がない。それに、親の力がないとなにもできない奴が、こんなところで吠えるんじゃないわよ。(やかま)しいったらありゃしない。……黙んなさい」
 セリーナは言いながらカオドグラルを構えた。
「殺してみろよ。親が黙っていないからな!」
「貴族の報復? 別に構わないわよ。敵なら誰であれ殺すだけだもの」
「殺せるわけがない!」
「あたしは、何度も人を殺しているし、死ぬ瞬間もたくさん見てきたわ。ああ、もう。不愉快だから、殺してあげる」
 セリーナは言いながら心臓に狙いを定めた。
「い、一緒にくれば、生かしてくれれば、なんだってするっ!」
「バカ言わないで。そんなことする気、さらさらないくせに。じゃあね」
 セリーナは命乞いをしてくる男を見ながら、引き金を引いた。
 心臓を撃ち抜かれ、倒れた骸を眺めながら、もう一人女がいたことを思い出した。
「いって。早く」
 女は頭を下げると、街の中へと消えた。


「その後、酒場の近くを通って、ゴロツキ二人を殺したのよ。もっと昔の話、聞きたい?」
 セリーナはヴィアザを見ながら言った。
「できるのなら、な」
「長くなるけれど、いいかしら?」
「構わないさ」