「ヘ、ヘンデル!」
マードック氏が息子のヘンデル少年を抱きしめようとしたが、私はすぐに止めた。
「だめです。まだ終わっていません。パンを用意してください」
私が言うと、マードック氏は驚いたようだ。
「パンだって? な、何に使うんだ? パンは持ってきていたが、昼飯に食べてしまったぞ」
「ぼ、僕もです」
マードック氏と若い警備員は私に言った。
パンは「聖なる食物」であり、治癒魔法の仕上げに重要なものだ。
私が(さて、どうしようか……)と考えていると……。
「パンあるよ。揚げパンだけじゃお腹すいちゃうからね」
するといつの間に起きていたのか、ネストールが私の後ろから声をかけてきた。
ネストールは私に袋に入った角切りパンを手渡してきた。
このパンなら、私の理想通りに治癒魔法は完了する!
「お前、パン好きだな! 太るぞ!」
姉のパメラが呆れたように声を上げた。
さっそく私はパンをもらい、丸めてヘンデル少年の頭、顔、肩、胸、足に当てがった。
「あ、あれは何をしているんだ?」
マードック氏がパメラに聞いてきたので、パメラは答えた。
「邪な毒素や邪霊を、丸めたパンで吸い取っているのさ。掃除のとき、仕上げに細かいゴミを取ることがあるだろ? あれと同じ」
パメラがすべて説明してくれた。
そして私は使用したパンを、パメラたちの方を向いたまま後ろの草むらに放り投げた。
「パンのほうを見ないで。パンにくっついた毒素や邪霊が再び飛びついてくることがあります」
私はそう皆に説明し、治癒魔法を完了させた。
「ん~」
ネストールがパンを食べつつ、モニャモニャと何か言いたげだ。
「さっきから言いたかったんだけどさ」
「え? 何だ弟よ」
パメラは眉をひそめて聞くと、ネストールが答えた。
「馬の音がグレンデル大通りのほうから聞こえてくるんだけど」
「な、なにいいっ? それはイザベラ女王直属の、さっきの騎馬隊か? 奴ら、追ってきたんだ!」
パメラは叫んだ。
「マードックのおっちゃん! 国境を通してくれ! 早く!」
「え?」
中年警備員のマードック氏はヘンデル少年を見た。
ヘンデル少年の顔色は良くなっている。
咳も出ていない。
治癒魔法が効いているようだ。
「よ、よしわかった! さっさと行け!」
マードック氏の許可をもらうと、私たちは馬車をロッドフォール王国側に移動させた。
私たち三人はようやくロッドフォール王国に逃げることができた。
マードック氏たち警備員二人は、国境の門を閉めて前方を警戒している。
「それにしても……あのヘンデル少年の肺に入った毒素……。ちょっと気になるな」
パメラは門の様子を見ながら言った。
「ローバッツ工業地帯は、イザベラ女王が買い取った工業地帯のはずだ。確か夫の……つまりデリック王子の父親、グレンデル国王が原因不明の病で臥っていたな」
……確かに怪しい。
まさか……?
「憶測では何ともいえないわ。──でも、今はそれどころじゃない」
「例の元騎士団長様のことか?」
「ええ……ウォルターを助けなきゃ」
「アンナ! お前、本気で助けるつもりか? 彼、再び牢屋の中にいるぞ。どうやって……」
「やらなければ、彼は殺されてしまうわ」
私がそう言ったとき、「ねえ、もう来たよ」とネストールが言った。
馬の蹄の音とともに、一人の馬の乗り手がやってきた。
ん? 一人?
「お、お前たちっ! こんなところにいたのか! 貴様ら~!」
馬から降り立ち、私たちから見て門の後ろに立ったのは現グレンデル城の騎士団長。
ジャッカル・ベクスターだ!
「なーんだ。ジャッカルってやつか。今の騎士団長だろ、お前」
パメラはジャッカルに対して、門越しに言った。
門は閉じられているから、若干、私たちには余裕がある。
パメラは続けてジャッカルに聞いた。
「騎馬隊はどうした? 何であんただけ?」
「き、騎馬隊は全員、馬どもが骨折したから使えん! 治療中だ!」
……結構大変なことになっているようね。
攻撃をしたネストール本人は、伸びをして口笛を吹いている。
「おい警備員、門を開けろ! あいつらは逃亡者だぞ! 俺はグレンデル城の騎士団長、ジャッカル・ベクスターだ。早く!」
「え~……まずは通行許可証を見せてください」
マードック氏はのんびりと言った。
私たちが逃げる時間を稼ごうとしている。
「じゃあ」
私たちはジャッカルにそう言って、とにかく宿屋に向かうことにした。
「おい、戻ってこい! 貴様たち~っ!」
ジャッカルは叫んでいた。
◇ ◇ ◇
ここロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムはかなり栄えた街である。
私たちはリンドフロムの小さく目立たない宿屋、「光馬亭」に部屋を取ることにした。
グレンデル王国とロッドフォール王国は昔、戦争をしていたので仲が悪い。
二国は国交を結んでいないのだ。
グレンデル王国の追手から逃れるには、ロッドフォール王国の小さい宿屋に隠れるのが得策だ。
「お前……本気でウォルターを助ける気か?」
パメラは宿屋の部屋で心配そうに私を見た。
──私は答えた。
「ええ。彼は何も悪いことをしていないもの。再び牢屋に入れられる理由はないわ」
「アンナ……お前に関係あることなのかよ?」
「関係あるわ。私が彼を牢屋から連れ出し、問題が起こったのよ。責任を取らなきゃいけない」
「お前なぁ……。真面目だねえ。男だったら他にいっぱいいるじゃん? あたしは恋愛とか結婚とかに興味ないから、よく分からないけどさ」
パメラは私のウォルターに対する淡い気持ちを見抜いているようだ。
さすが魔法使い。
彼女の弟、ネストールは後ろのベッドに寝転がって、リンゴパイを食べていたが──。
「待って……。誰か来たよ」
ネストールはリンゴパイを素早く食べきり、すぐに身を起こした。
彼は無所属の剣士であり、素手の技も扱える強者だ。
そしてまるで猫のように、危機を察知できる特殊能力を持っているらしい。
「ほ、本当? 追手かしら」
私は(こんな小さな宿屋にいるのに見つかった?)と驚いた。
コツコツ……。
扉がノックされた!
「……私が開ける」
パメラはそっと扉を開けた。
扉を開けると……!
「俺だ! 見つけたぞ!」
そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!
マードック氏が息子のヘンデル少年を抱きしめようとしたが、私はすぐに止めた。
「だめです。まだ終わっていません。パンを用意してください」
私が言うと、マードック氏は驚いたようだ。
「パンだって? な、何に使うんだ? パンは持ってきていたが、昼飯に食べてしまったぞ」
「ぼ、僕もです」
マードック氏と若い警備員は私に言った。
パンは「聖なる食物」であり、治癒魔法の仕上げに重要なものだ。
私が(さて、どうしようか……)と考えていると……。
「パンあるよ。揚げパンだけじゃお腹すいちゃうからね」
するといつの間に起きていたのか、ネストールが私の後ろから声をかけてきた。
ネストールは私に袋に入った角切りパンを手渡してきた。
このパンなら、私の理想通りに治癒魔法は完了する!
「お前、パン好きだな! 太るぞ!」
姉のパメラが呆れたように声を上げた。
さっそく私はパンをもらい、丸めてヘンデル少年の頭、顔、肩、胸、足に当てがった。
「あ、あれは何をしているんだ?」
マードック氏がパメラに聞いてきたので、パメラは答えた。
「邪な毒素や邪霊を、丸めたパンで吸い取っているのさ。掃除のとき、仕上げに細かいゴミを取ることがあるだろ? あれと同じ」
パメラがすべて説明してくれた。
そして私は使用したパンを、パメラたちの方を向いたまま後ろの草むらに放り投げた。
「パンのほうを見ないで。パンにくっついた毒素や邪霊が再び飛びついてくることがあります」
私はそう皆に説明し、治癒魔法を完了させた。
「ん~」
ネストールがパンを食べつつ、モニャモニャと何か言いたげだ。
「さっきから言いたかったんだけどさ」
「え? 何だ弟よ」
パメラは眉をひそめて聞くと、ネストールが答えた。
「馬の音がグレンデル大通りのほうから聞こえてくるんだけど」
「な、なにいいっ? それはイザベラ女王直属の、さっきの騎馬隊か? 奴ら、追ってきたんだ!」
パメラは叫んだ。
「マードックのおっちゃん! 国境を通してくれ! 早く!」
「え?」
中年警備員のマードック氏はヘンデル少年を見た。
ヘンデル少年の顔色は良くなっている。
咳も出ていない。
治癒魔法が効いているようだ。
「よ、よしわかった! さっさと行け!」
マードック氏の許可をもらうと、私たちは馬車をロッドフォール王国側に移動させた。
私たち三人はようやくロッドフォール王国に逃げることができた。
マードック氏たち警備員二人は、国境の門を閉めて前方を警戒している。
「それにしても……あのヘンデル少年の肺に入った毒素……。ちょっと気になるな」
パメラは門の様子を見ながら言った。
「ローバッツ工業地帯は、イザベラ女王が買い取った工業地帯のはずだ。確か夫の……つまりデリック王子の父親、グレンデル国王が原因不明の病で臥っていたな」
……確かに怪しい。
まさか……?
「憶測では何ともいえないわ。──でも、今はそれどころじゃない」
「例の元騎士団長様のことか?」
「ええ……ウォルターを助けなきゃ」
「アンナ! お前、本気で助けるつもりか? 彼、再び牢屋の中にいるぞ。どうやって……」
「やらなければ、彼は殺されてしまうわ」
私がそう言ったとき、「ねえ、もう来たよ」とネストールが言った。
馬の蹄の音とともに、一人の馬の乗り手がやってきた。
ん? 一人?
「お、お前たちっ! こんなところにいたのか! 貴様ら~!」
馬から降り立ち、私たちから見て門の後ろに立ったのは現グレンデル城の騎士団長。
ジャッカル・ベクスターだ!
「なーんだ。ジャッカルってやつか。今の騎士団長だろ、お前」
パメラはジャッカルに対して、門越しに言った。
門は閉じられているから、若干、私たちには余裕がある。
パメラは続けてジャッカルに聞いた。
「騎馬隊はどうした? 何であんただけ?」
「き、騎馬隊は全員、馬どもが骨折したから使えん! 治療中だ!」
……結構大変なことになっているようね。
攻撃をしたネストール本人は、伸びをして口笛を吹いている。
「おい警備員、門を開けろ! あいつらは逃亡者だぞ! 俺はグレンデル城の騎士団長、ジャッカル・ベクスターだ。早く!」
「え~……まずは通行許可証を見せてください」
マードック氏はのんびりと言った。
私たちが逃げる時間を稼ごうとしている。
「じゃあ」
私たちはジャッカルにそう言って、とにかく宿屋に向かうことにした。
「おい、戻ってこい! 貴様たち~っ!」
ジャッカルは叫んでいた。
◇ ◇ ◇
ここロッドフォール王国の中央地区、リンドフロムはかなり栄えた街である。
私たちはリンドフロムの小さく目立たない宿屋、「光馬亭」に部屋を取ることにした。
グレンデル王国とロッドフォール王国は昔、戦争をしていたので仲が悪い。
二国は国交を結んでいないのだ。
グレンデル王国の追手から逃れるには、ロッドフォール王国の小さい宿屋に隠れるのが得策だ。
「お前……本気でウォルターを助ける気か?」
パメラは宿屋の部屋で心配そうに私を見た。
──私は答えた。
「ええ。彼は何も悪いことをしていないもの。再び牢屋に入れられる理由はないわ」
「アンナ……お前に関係あることなのかよ?」
「関係あるわ。私が彼を牢屋から連れ出し、問題が起こったのよ。責任を取らなきゃいけない」
「お前なぁ……。真面目だねえ。男だったら他にいっぱいいるじゃん? あたしは恋愛とか結婚とかに興味ないから、よく分からないけどさ」
パメラは私のウォルターに対する淡い気持ちを見抜いているようだ。
さすが魔法使い。
彼女の弟、ネストールは後ろのベッドに寝転がって、リンゴパイを食べていたが──。
「待って……。誰か来たよ」
ネストールはリンゴパイを素早く食べきり、すぐに身を起こした。
彼は無所属の剣士であり、素手の技も扱える強者だ。
そしてまるで猫のように、危機を察知できる特殊能力を持っているらしい。
「ほ、本当? 追手かしら」
私は(こんな小さな宿屋にいるのに見つかった?)と驚いた。
コツコツ……。
扉がノックされた!
「……私が開ける」
パメラはそっと扉を開けた。
扉を開けると……!
「俺だ! 見つけたぞ!」
そこにはジャッカル・ベクスターが立っていた!