「お前のしわざか? 聖女の小娘(こむすめ)……!」

 イザベラ女王は私を(にら)みつけた。

 私はデリック王子と婚約(こんやく)していたときから、イザベラ女王に嫌われていた。

「いえ、私は……。デリック王子がウォルターを牢屋(ろうや)から出してやると申し上げました」

 私は背筋(せすじ)に、冷たい汗が流れているのを感じながら言った。

「ほーう……? 私は聞いていないが……デリック」

 イザベラ女王は、右手に持った扇子(せんす)孔雀(くじゃく)の羽のようにバサリと広げて言った。

 な、何という威圧(いあつ)感──。

 女王──恐ろしい女性だ!

「た、確かに俺……いや、私はそう申し上げました、母上! ウォルターを牢屋(ろうや)から出して良いと!」

 デリック王子はまるで兵隊みたい姿勢を正して言った。

「し、し、しかし、最終的にはウォルターの判断に(まか)せました。アンナは、彼を外に出るように()きつけたのです!」

 えっ? ()きつけた?

「話は分かった。聖女の小娘(こむすめ)よ! お前は自分の『女』を利用して、囚人(しゅうじん)の心を動かしたと」

 イザベラ女王はまるで私の心をのぞきこむような表情で言った。

「と、とんでもない! 私は『女』など利用してはいません!」

 私は(うった)えた。

「そもそも、私はお前が気に()わなかったのじゃ! アンナ」

 イザベラ女王は背が高かったので、私を上から見下げた。

「聖女だと? 治癒(ちゆ)魔法で人を(いや)すだと? ふん、きれいごとを。うちの息子までたぶらかしおって! 息子が婚約(こんやく)相手をジェニファーに変更(へんこう)して、やっと安心したわ」
「お、王子をたぶらかしてなんておりません!」

 私は抗弁(こうべん)した。

 ジェニファーは大貴族の娘で、彼の父のロンダベル公爵(こうしゃく)は武器商人だった。

 彼はイザベラ女王と共謀(きょうぼう)し、他国に対して武器の商売をして大(もう)けをしていた。

 だからイザベラ女王はジェニファーをかわいがっていたのだ。

 ──イザベラ女王は右手を上げて叫んだ。

「来たれ! 強者(つわもの)よ!」

 すぐに真っ赤な兵士が十名、ウォルターの周囲を取り囲んだ。

 あの真っ赤な(よろい)(かぶと)の兵士は普通の兵士ではない!

 女王親衛(しんえい)隊だ!

 グレンデル城の騎士(きし)団とは別に、女王のために(きた)え上げられたグレンデル王国最強の兵士たちである。

「ウォルターを牢屋(ろうや)に入れよ!」

 イザベラ女王は叫んだ。

 ウォルターは四方八方から剣を突き付けられ、身動きができない。

「な、何をするんです! ウォルターは休ませなければなりません!」

 私が叫ぶと、女王親衛(しんえい)隊は私も取り囲んだ。

「ウォルター! 私はここよ!」

 私はウォルターに向かって手を伸ばす。

 ウォルターもそれに(こた)えるように、手を伸ばした。

 しかし、私とウォルターの距離(きょり)はかなり離れている!
 
「アンナも()らえよ! 牢屋(ろうや)に閉じこめてしまえ!」

 女王は叫んだが、驚いたことに周囲の騎士(きし)団が女王親衛(しんえい)隊とぶつかりあった。

「アンナ様をお守りせよ! ウォルター先輩(せんぱい)をお守りせよ!」

 ジムが率先(そっせん)して叫んでいる。

 ジム……あなた──ありがとう!

 騎士(きし)団員と女王親衛(しんえい)隊がぶつかりあっているので、私の包囲は一時的に解かれた。

「アンナ! こっちだ!」
 
 庭園の門の外に、馬車が停車した。

 御者(ぎょしゃ)は親友のパメラ・モナステリオ!

「あんたが城の王の間に呼ばれたと聞いたんで、嫌な予感がして来てやったぞ!」

 彼女は二十一歳の女魔法使いだ。

「ウォルター!」

 私がウォルターに向かって叫ぶと、ウォルターは女王親衛(しんえい)隊に()らえられ連れていかれるところだった。

「何やってんだよ! 自分の命を守るのが先だろっ、アンナ!」

 パメラの声でハッとして、私は泣きそうになりながらパメラのほうに向かって走った。

 何で……何で……こんなことに。
 
 ウォルター!

「乗れえっ」
 
 パメラが叫んだ。

 私は馬車の客車に飛び乗ると、すぐに馬車は発進した。

 女王はその光景を見ながら私を(にら)みつけ、自分の扇子(せんす)を地面に(たた)きつけた。

「アンナを追え!」

 女王親衛(しんえい)隊たちが叫ぶが、騎士(きし)団員たちも押し返す。

 騎士(きし)団員の皆さん……!

 ああ、私のせいでイザベラ女王や女王親衛(しんえい)隊に歯向かうようなことをさせてしまった!

「アンナ様を追手(おって)からお守りしろ! 女王親衛(しんえい)隊め、ウォルター先輩(せんぱい)を返せ!」

 ジムが叫んでいる声が聞こえた。

 グレンデル城の庭園はもう大(さわ)ぎだ。

 ◇ ◇ ◇

 馬車は全速力で町の大通りを()っていく。

 今日は平日なので、大通りは馬車の通りがほとんどない。

 私の座っている客車には(ほろ)がなく身を(かく)せないので、私は体勢(たいせい)を低くしていた。

「どうしてウォルターを助けられなかったのだろう……」

 私はそうつぶやいた。

 (くや)しくて仕方なかった。

 ──客車には私の他に一人、銀髪(ぎんぱつ)小柄(こがら)な少年が乗っている。

 美しい少年だ。

 年齢は十七歳から十九歳くらいか?

「あなた……誰?」

 しかし銀髪(ぎんぱつ)少年は呑気(のんき)に砂糖がかかった()げパンを食べている。

 御者(ぎょしゃ)のパメラは叫んだ。

「追手《おって》が来る!」

 今度は女王直属(ちょくぞく)騎馬(きば)隊たちが、私を追ってくるのが見えた。

 何てしつこい!

国境(こっきょう)を突っ切るぞっ」

 パメラは叫んだ。

 この大通り──グレンデル大通りを()()ぐ進むと、隣国(りんごく)ロッドフォール王国の国境(こっきょう)にぶち当たる。

「ネストール・モナステリオ! あんたの出番だよ! 何、呑気(のんき)()げパンに食らいついてんだぁっ!」
 
 パメラはわめく。

「姉ちゃん、俺、戦うの嫌いなんだけど」

 銀髪(ぎんぱつ)の少年──ネストールは文句を言った。

「あ、パメラの弟なんだ?」

 私がネストールに聞くと彼は「そうだよ」とぼんやり言った。

 ──パメラは叫ぶ。

「いいからネストール! 何とかしろ! このままじゃ牢屋(ろうや)行きだぞ!」
「何で俺が……。わかったよ、終わったらリンゴパイおごってね」

 (すさ)まじい音とともに、騎馬(きば)隊が追ってくる。

 騎馬(きば)隊は十名ほど──。

 これは追いつかれるか?

「よっ」

 ネストールはそう声を上げた。

 私は目を丸くした。

 彼はおもむろに馬車の客車から、後ろへ飛び出したのだ。

 向かってくるのは、十名の騎馬(きば)隊──!