「……僕の聖女に手を出すな!」

 ウォルターがジャッカルに向かって、低い声で(うな)るように言った。

 ──私は恐ろしい予感がしていた。

(あらそ)い」が起こる──!

「ジャッカルよ。ウォルターは君に対して対抗(たいこう)心を抱いているようだ。どうだろう、ウォルター。ジャッカルと剣術勝負をしてみたら」

 デリック王子が(いど)むように笑いながら言った。

「それは良いですな、王子」

 ジャッカルは自信ありげに私を見やった。

「私が勝ったら──そうですね。その聖女アンナ・リバールーンをいただきましょうか」
「なに?」

 ウォルターは眉をひそめている。

 私は(困ったな……)と戸惑(とまど)った。
 
 ジャッカルはふふん、と鼻で笑った。

「ウォルター君、この(さい)はっきりさせようじゃないか。元騎士(きし)団長と、今の騎士(きし)団長──つまり私とどっちが強いか」
「……望むところだ」
「では、木剣(ぼっけん)を持ってきてくれ」

 ジャッカルが侍従(じじゅう)に言うと、侍従(じじゅう)は急いで詰所(つめしょ)に入り木剣(ぼっけん)を二つ取ってきた。

「だめ! やめて、ウォルター」

 私はあわててウォルターを止めようとした。

 彼は牢屋(ろうや)生活でお(かゆ)だけの食事をしていた。

 そして日の光を浴びない生活をしてきた。

 一見、彼は元気そうに見えるが、彼の体を(おお)う「(アーダ)」が少ない。

 (アーダ)とは体内から放出する「気」のことである。

「あなたは二年間も牢屋(ろうや)に入っていたのよ! 一ヶ月はしっかり休んで──」
「大丈夫だ。何も心配するな」

 ウォルターは木剣(ぼっけん)を持ち、静かに言った。

「二年間も牢屋(ろうや)に入っていたわりには、元気そうじゃないか? ウォルター君」

 ジャッカルは木剣(ぼっけん)を手に取り、それをながめつつ言った。

「ふむ、良い木剣(ぼっけん)だ。これならば良い勝負になろう──」

 (するど)い音がした。

 ジャッカルがウォルターに向かって、木剣(ぼっけん)(なな)め左から振ってきたのだ。

 (かわ)いた音が(ひび)き、ウォルターが自分の木剣(ぼっけん)で攻撃を受け止めた。

卑怯(ひきょう)な! ジャッカル!」

 私は声を上げた。

 ウォルターはまだ試合を正式に了承(りょうしょう)していないのに──!

「試合の形式やルールすら、まだ決まっていないわ!」
「ルールだって? 戦場にそんなものがあるのかねえ? ここだっ!」

 ジャッカルは素早く前に出てきて、木剣(ぼっけん)を突いた。

 しかしウォルターはそれを見切って、横に()けた。

「え? うあっ……」

 ジャッカルは勢い余って、よろけて転んだ。

 素早くウォルターが、木剣(ぼっけん)をジャッカルに向かって振り下ろす。

「ひ……いっ!」

 ジャッカルはそううめき、横っ飛びをしてそれをかわして立ち上がった。

 ジャッカルが立ち上がった瞬間、彼の首筋(くびすじ)にウォルターの木剣(ぼっけん)が当てがわれていた。

 す、すごい! 速い!

 私はウォルターのあまりの強さ、よどみのない動きに呆然(ぼうぜん)としてしまった。

「これは勝負あった! ウォルターさんの勝ちだ」
「まるで動物をおびき出すようなウォルター殿(どの)の攻撃!」
「さすがウォルターさん! 真剣ならばジャッカル騎士(きし)団長は首筋(くびすじ)から血が()き出していたぞ!」

 その場で見ていた人々が歓声を上げた。

「いやぁ~、参った参った」

 ジャッカルはそう言いつつ、笑顔をつくった。

「ウォルター君、君がここまで強いとはねえ。……私の負けだよ」

 彼はそう言いつつ……!

 木剣(ぼっけん)をまたしても振り上げ、ウォルターの頭目がけて振り下ろした。

 まさか? しょ、勝負は決まったのに!

 だが、ウォルターはそれをも紙一重(かみひとえ)で後ろに()け──!

 逆にウォルターはジャッカルの右脇腹(わきばら)を、横に(はら)った木剣(ぼっけん)でとらえていた。

 木剣(ぼっけん)は、右脇腹(わきばら)に当たる直前で止めたが──。

「あ、うう!」

 ジャッカルはバランスを(くず)して、地面に倒れ込んだ。

 右脇腹(わきばら)をかばい地面に倒れ込んだので、(にぶ)く情けない音がした。

「な、何なんだお前は……! ウォルター、貴様は一体……」

 ジャッカルは地面に尻もちをついて、ウォルターを見上げた。

「僕は元騎士(きし)団長だ」

 ウォルターはジャッカルに言った。

「う……く……くそおっ!」

 ジャッカルは地面に座って、(くや)しそうにしてわめいた。

 そしてため息をついて、木剣(ぼっけん)をウォルターに向けて地面に置いた。

 これは騎士道(きしどう)の「負け」の合図である。

 ウォルターの勝利だ……!

「おお!」

 周囲の人々は歓声を上げウォルターを祝福した。

「ウォルター様、素敵!」
「見事な太刀筋(たちすじ)でしたぞ、ウォルター殿(どの)!」

 私は胸を()でおろしたが──。

「お、おのれっ、ウォルターめ!」

 そう声を上げたのはデリック王子だった。

「ジャッカルのバカタレがっ! こんな囚人(しゅうじん)に負けちまうとは!」

 王子がジャッカルを(しか)り飛ばしている、そのとき──。

「まったく、何をくだらないことをしているの!」

 (するど)い女性の声が周囲に(ひび)いた。

 こ、この声は!

 そこにいる全員があわてて──私も(ふく)めて──背筋を伸ばした。

 高貴(こうき)な真っ白いドレスを着た、「あの女性」が庭園に入ってきたからだ。

「これは一体、どういうことか! なぜ囚人(しゅうじん)のウォルター・モートンが外に出ている!」

 デリックの母、女王イザベラ・ボルデールがそこに立っていた。

「お前のしわざか? 聖女の小娘(こむすめ)……!」

 イザベラ女王は私を(にら)みつけた。

 彼女の年齢は五十代後半──。

 背が高く()せた美しい女性である。

 しかしその(いか)めしい顔に、強烈(きょうれつ)な意志と頑固(がんこ)な性格があらわれていた。

 私はデリック王子と婚約(こんやく)していたときから、イザベラ女王に嫌われていた……!