「これより死霊病と人のグール化の解き明かしをいたします!」
私は公民館の会議室にいる人々に宣言をした。
「デアーチェ・ロゼタンさんなど内周地域に住む人々は、水、牛乳、ワインが主に栄養源でした。それを好きなときに飲んでいたようです」
私はそう言い、ポレッタが持ってきてくれた赤ワインの瓶、二本を机に置いた。
「そういえば疑問に思っていたことがあるんだけど」
パメラが手を挙げて言った。
「死霊病の人は、瓶の封をどうやって開けるの? 水や牛乳、ワインはコルクで封をしているんだよ。彼らは日頃、無気力状態。できることは入浴と着替えくらいだろ。彼らにコルク開けでコルクが開けられるの?」
「レストランの主人に聞いたのですが、配達人が三日に一度、水、牛乳、赤ワインを配達してくれるのだそうです。配達してくるのはジャームデル王国から。そして配達人がその場でコルクを抜いてくれる」
「な、なるほど。配達人がコルクを抜いてくれるから、自分でやらなくていいわけか」
「そして三日経ったら、配達人はその瓶を回収しにきます」
「び、瓶の飲み口が開いたまま、三日間も放置するのか?」
ジャッカルが顔をしかめて言った。
「牛乳もワインも悪くなるぞ。少なくとも俺は飲まないね。貴族の家みたいに涼しいワイン専用の保管室があればいいが。そんな立派なものはこの街にないだろ」
ジャッカルが声を上げたとき、ラーバスもため息をついて言った。
「それに、『病原体』の感染の心配があるから、瓶の回収は勧めないですけどね。ジャームデル王国の方針があるのでしょう」
「三日間の放置についてですが、味と品質に関してはギリギリでしょう。そう考えると水と牛乳についてはまあ一応……問題はありません。しかし、問題は赤ワインです」
私は言った。
「私は少量、デアーチェさんの赤ワインをなめてみましたが驚くほど甘かったのです。こんなワインは味わったことがありません。皆さんはゾートマルクに配達される赤ワインを飲んだことはありますか?」
「俺はたまに飲む。だが、俺の飲んでいるのは甘くない美味い辛口ワインだぞ」
ゴランボス氏がそう言ったので、私はうなずいた。
「それは外周地域の赤ワインですね」
「ふむ……。今思い出した。確か外周地域のワインと、内周地域に配達されるワインの瓶は違うはずだ」
ゴランボス氏がそう言ったとき、パメラは首を傾げて言った。
「ワインは二種類あるのか。でもそれはなぜ? 分ける理由が分からない」
「それには理由があります。外周地域に配達されるワインは飲んでも健康被害はありません。しかし、内周地域に配達されるワインは飲んだら健康被害が出る」
会議室が騒めいた。
「配達された赤ワインで健康被害ですって?」
ラーバスが声を上げた。
「そんなことが……私は二年間もここに住んでいるが、そんなことは気付きませんでしたよ」
ラーバスが言うと、私は「これを見てください」と言って机の上の赤ワイン、二本を指差した。
「左が外周地域の赤ワイン。右が内周地域の赤ワインです」
外周地域の赤ワインの瓶は緑色のガラス瓶だ。
一方、内周地域の赤ワインの瓶は銀色だ。
全く見た目が違う。
「見た目が全然違いますね。これでは絶対に間違えようがない。いえ、絶対に間違えて配達してはいけないのです」
私は言った。
「なぜなら内周地域──つまり死霊病およびグール化する人々が飲んでいる赤ワインは、鉛の鍋で煮てあるからです」
「な、鉛の鍋だって? 何のために?」
グラモネ老人が声を上げたので、私は答えた。
「ワインに酢酸鉛という成分を作り出すためです」
「わ、分かったぞ!」
グラモネ老人は声を上げた。
「ワインを鉛の鍋で煮ると酢酸鉛がワイン内に生成され、驚くほど甘くなる! それこそ柑橘類の飲料水、エードのようにだ!」
「そうです。だから死霊病の人でも飲みやすかったのです。──しかし、ワインを鉛の鍋で煮るのは、飲みやすくすることが目的ではありません。この酢酸鉛が体に蓄積されると……」
「貧血……腹痛……いや、それどころか脳障害、神経障害を引き起こす! 二年間以上も定期的に飲んでいれば、人間は無気力状態に陥ったようになる!」
グラモネ老人はそう自分で言って、驚いたように声を上げた。
「そうか……そうか! 死霊病の正体は、ワインの中の鉛だったのか!」
「しかも内周地域のほうは、鉛を主としたもので作り上げた瓶です。すさまじい鉛の量がワインに溶け込み、それはそれはとろけるように甘くなっていたでしょう。──悪魔の媚薬のように」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何のためにジャームデル王国はそんなものを配達する?」
パメラが声を上げて質問すると、ラーバスが答えた。
「それはまさに人体実験です。内周地域の人間を使い、グール化《か》の準備段階を作り出す。昼は死霊病を引き起こしておいて、夕方はグール化を引き起こす」
ラーバスが言うと、パメラが「し、しかしそのグール化は」と言った。
「だ、誰かが魔族の薬剤を注射しないとグール化しないはずでは?」
そうだ……誰かが魔族の薬剤を注射しないとグール化しない。
逆に言えば、この街の誰かが人々をグール化《か》させているのだ。
そういえば、ターニャはなぜ離れたローバッツ工業地帯の村で、死霊病になったのか?
そんな疑問が頭に浮かんだそのとき──公民館の外で大きな音がした。
あわてて公民館の窓の外を見ると──。
「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」
外で自警団の若者たちが声を上げている。
たくさんの住人がグール化している!
その数──約四十数名!
「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」
外で自警団の若者たちが声を上げている。
たくさんの住人がグール化している!
その数──約四十数名!
「ひ、ひいい! こ、この公民館の中にいれば安全なのか? た、助けてくれぇ!」
ゴランボス氏はいかつい顔をゆがめて、私たちに訴えた。
「いや、ここにいるのは危険だ」
ウォルターが首を横に振って言った。
「グール化した人間が入り口を壊して入ってくる。建物内に逃げ場は少なく、僕らは追い詰められるだろう」
ウォルターが言うと、ジャッカルもうなずいた。
「街の入り口付近なら逃げ場があっていいぜ。公民館内の人々を集めて、村の入り口付近に走ろう!」
「そうね──。皆さん、思い切って外に出てください! ここにいると危険です。街の入り口付近に移動してください!」
私はパメラと一緒に、公民館内にいる人々に声をかけてまわった。
公民館内の人々──四十三名が集まったところで、外に出ることにした。
朝の青空の光が私たちを包む。
「う、うわあああ」
パメラが声を上げた。
街中にグールがたくさんいる!
とんでもない騒ぎになっていた。
外周地域も内周地域も関係なかった。
グールたちは民家の壁、商店街の看板を壊して回っている。
「あいつら!」
ジャッカルは自分の武器の八角棒を手に取った。
「ダメ!」
私は叫んだ。
「彼らは人間です! 一時的にグール化しただけです」
「……そうだ。彼らを傷つけることはできない。元は人間だからな」
ウォルターは真剣をしまい、そのまま白魔法医師たちとともにグールに立ち向かおうとしていた。
「ウォルター!」
「アンナ、大丈夫だ。見ていてくれ」
ウォルターは私にそう言ってグールに向かっていった。
グラモネ老人は叫んだ。
「よし、強制睡眠魔法を使おう!」
グラモネ老人とルバイヤ村の若い白魔法医師たちは強制睡眠魔法を唱え、次々とグールを眠らせていった。
そしてウォルターも強制睡眠魔法を使っている!
ウォルターは白魔法が使えるようになっていた。
驚いた──彼は本当に聖騎士になっていたのだ。
睡眠魔法によってグールは眠り、倒れていく。
「な、何とかなったみたい。これでグールは全員眠らせたか?」
パメラが言った。
「しかし……誰が住人に注射を打ったんだろう」
「おや? 橋のところに誰かがいるぞ!」
ジャッカルが橋の方を指差して声を上げた。
外周地域と内周地域を繋ぐ開閉式の橋の中央に、女性が一人、立っているのが見えた。
まだグールがいるかもしれない!
彼女を助けなくては。
おや? 女性は後ろを向いているが見覚えがある……。
だけど遠くにいるので誰だか確信がもてない。
「さあ、一緒に街の入り口まで避難しましょう!」
私は後ろを向いている女性に向かって叫んだ。
あれ?
この女性──。
「近づかないで!」
聞き覚えのあるかわいらしい女性の声が聞こえた。
「アンナさんたちはこっちに来てはいけません!」
女性は私たちのほうを向いた。
ポレッタだった。
まさか、ポレッタが魔族の薬剤を人々に打っていた張本人?
いや──。
今度は外周地域の建物の陰から、ポレットが立っている橋に誰かが歩いていくのが見えた。
男性だ──。
その男はすぐに誰だか分かった。
「ラーバス……!」
私は思わず声を上げた。
あの白魔法医師のラーバス・アンテルムが……ポレッタと橋の上で対峙している。
ラーバスは注射器を持っていた。
私は声を上げた。
「ラーバス! 早くこっちに来て。グール化した患者の診察を始めてください!」
「そうですよ、ラーバス先生! アンナさんの言う通りです。そんなところに突っ立ってないで……」
ポレッタの言葉を聞いたラーバスはニヤリと笑い、自分の左手の平に注射した。
「手の平に注射すると、まんべんなくいきわたるんです。悪魔のささやきが。魔族の薬剤が!」
ラーバスは注射し終え、注射器を捨ててそう叫んだ。
すると……!
彼の体が膨れあがった。
顔色は幽鬼のように真っ白になり、身長──約二メートル三十センチほどの着物を着た巨人に変身した。
巨大グールだ!
「ラーバス……! てめぇ、裏切者だったんだな!」
ジャッカルが叫んだ。
「やるしかねえ。こいつは本物の魔族だ!」
ジャッカルが橋に近づき八角棒を構えて声を上げた。
橋の周囲には白魔法医師たちも集まり、強制睡眠魔法を唱えだした。
「そんなものは効かぬ!」
ラーバスが右手を横に振った。
するとポレッタやジャッカル、白魔法医師が風圧で吹っ飛んだ!
「何という力だ」
ウォルターが真剣を引き抜きつつ、橋に近づいて声を上げた。
「しかし、今度は僕が相手だ。ラーバス、残念だよ。君を信頼していたのに」
「ほほう、白色の王子か。よかろう、相手になろう」
白色の王子? どういう意味だろう?
するとラーバスは思い切り右腕を振り上げて、ウォルターを手で横に叩き払おうとした。
あ、あんな力技を体に受けたら、ウォルターだって骨折じゃ済まない!
しかしウォルターはそれを後ろに跳んで避けた。
よ、よかった。
「ここだっ!」
ウォルターは真剣を振り下ろした。
何かが蒸発する音がした。
ウォルターの剣がラーバスの右腕の一部を斬り裂いていたのだ。
「う、ぐぐっ……。こ、この男……」
ラーバスがうめいた。
彼の大きな腕の一部が蒸発して溶けだしている。
「あれは聖騎士の白の剣術!」
グラモネ老人が声を上げた。
「ウォルターよ、見事! 才能だけで聖騎士の技を習得してしまったか!」
「う、うぐぐぐ……」
グール化したラーバスは蒸発しかかっている腕を押さえながら声を上げた。
「ゆ、許さん!」
ゾートマルクでの最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
グール化したラーバスは蒸発しかかっている腕を押さえながら声を上げた。
「ゆ、許さん!」
しかしウォルターは少しずつ歩みを進め、今度は剣でラーバスの胸を突こうとした。
だが──。
「爆発魔法!」
ラーバスが呪文を唱えると周囲が爆発した。
ウォルターが爆風で吹っ飛ぶ。
「ウォルター!」
私はあわてて駆け寄ろうとしたが、パメラに止められた。
「あんたは聖女だよ! 戦いでは足出まといになるだけ。愛する男の戦いを見てな!」
するとウォルターは宙で体をひねり──着地した。
爆風には巻き込まれたが、体は傷ついていない!
私はホッとした。
「うぬっ……。爆発魔法を避けただと?」
ラーバスが声を上げたとき、ウォルターは再度、右斜め上から剣を振り下ろし──。
また蒸発する音が聞こえた。
ラーバスはウォルターの剣で左肩から鎖骨まで、斬り裂かれていた。
そして切断面が溶け蒸発している……!
「うっ、うぐぐ……」
ラーバスはうろたえたように見えたが、彼はそのとき笑ったようにも見えた。
「──目覚めよ!」
ラーバスは聞いたことのない魔法の呪文を唱えた。
魔族の古代語か?
その瞬間、ウォルターの周囲に眠っていた五名のグールたちが起き上がったのだ。
睡眠から目覚めさせる魔法だ!
「むっ! や、やめろ!」
ウォルターがグールたちに取り囲まれ掴まれた。
「よせ! どいてくれ!」
しかしウォルターは反撃できない。
グールは人間なので手を出せないのだ。
ラーバスはウォルターの優しさを計算していたのだろう。
「ハハハ! 雷撃魔法!」
ラーバスは形勢逆転を確信したのか、笑いつつ攻撃魔法を唱えてきた。
宙から雷が発生し──ウォルターは背中に雷撃を受け倒れ込んだ。
「ウォルター!」
私は叫んだがもう遅い──。
ウォルターの体から煙が出ている……。
一方、ウォルターを取り囲んでいたグールたちは皆、雷撃で気絶している。
ラーバスはもう一度、雷撃魔法を唱えようとしていた。
「もう一撃──雷撃魔法!」
「おーっと! そうはいくかって」
……そんな声がして、何かが切り刻まれる音がした。
え?
何者かがラーバスの左にいて、ナイフでラーバスの左腕を斬り裂いていたのだ。
見覚えのある銀髪の少年……。
ネストールだ!
「あいつ! いつの間にゾートマルクの街に来たんだ?」
パメラが声を上げた。
「お、お前……何者だ?」
ラーバスは苦痛に顔を歪めてネストールを見やった。
「ローバッツ工業地帯から女王たちが帰ったから、こっちに来たよ。この街に美味いパン屋ある? ラーバスさん」
「き、貴様……! わ、私の雷撃魔法の詠唱の途中で……邪魔しおって!」
「ウォルター! 今だ!」
ネストールが叫ぶと、ウォルターはヨロヨロと立ち上がった。
「よ、よせ! くそ、もう一度、雷撃魔法を……!」
ラーバスは左手を前に突き出そうとしたが、左腕をネストールに斬られているので腕が上がらない。
「ここだ!」
ウォルターは今度こそ──剣でラーバスの胸を突き刺した。
「う、うう……な、なぜだ」
ラーバスの胸──恐らく心臓は蒸発し溶けだしている。
するとラーバスの姿は縮こまり、普段の青年の姿に戻ってしまった。
「ラーバスは死霊病を患っていない。だからグール化の効果時間が短いのだ」
グラモネ老人が言った。
ラーバスはウォルターの前で膝をついたが、「こ、これで終わりじゃない」と言い──。
ウォルターの首を両手で締めだした。
切り刻まれたもう力の入らない両腕で……。
その両腕は震えている。
「ま、魔族の闇を、お前に流し込んでやる!」
ボロボロの両腕が闇の気に包まれる。
あ、あの闇の気にとり憑かれたら……ウォルターが闇に取り込まれてしまう!
しかしウォルターの顔は冷静だった。
ウォルターはラーバスの腕を掴み、そのまま彼の体を背負って投げた。
「ぐは」
そんな声とともに、ラーバスは背中から地面に投げ落とされた。
地面に寝転んだラーバスの額に、ネストールがナイフを当てがった。
「勝負あったね? ラーバスさん」
「う、うう……」
ラーバスはそのまま気絶してしまった。
「ウォルター!」
私はすぐにウォルターの元に駆け寄り、彼を抱き締めた。
ゾートマルクの街は昼の太陽の光に照らされて輝いていた。
ウォルターはラーバスとの戦いに勝利した。
グラモネ老人の強制睡眠魔法で眠らされたラーバスは、自分の──ラーバスの診療所に運び込まれた。
一方、グールたちも担架で公民館に運び込まれた。
白魔法医師たちが様子を見るらしい。
私、ウォルター、パメラ、ジャッカルは外周地域の公園で、元白魔法医師長のグラモネ老人に色々質問した。
「なぜラーバスは人をグール化させ、一時的とはいえ自らもグール化させたのでしょう?」
私がそう質問すると、グラモネ老人は意外なことを言いだした。
「ラーバスのことはよく知っているよ。彼は危険な戦闘国家のジャームデル王国の第二王子だ」
「ええ? 王子?」
「ところが第一王子ではないから王にはなれない。彼は兄の第一王子に嫉妬し絶望していた。そのとき、私の弟子になり白魔法医師の道を選んだのだ」
「ラーバスにそんな過去が……」
そういえばグラモネ老人がこの街に来たとき、ラーバスは深く頭を下げていた……。
「だが彼は私の弟子になっているときも、ずっとジャームデル王国の監視下に置かれていた。父親のジャームデル国王の言いなりだ」
「そうだったのですか。ラーバスこそが、ジャームデル王国と最も繋がっている人物だとは思いませんでした」
「ふむ──その後、私が白魔法医師を引退しルバイヤ村に行ったときも、ラーバスは私についてきた。しかし私は彼を追い出した。彼は闇の道に進む研究をひそかに進めていたからだ。その後、ゾートマルクの街で改心し真面目に白魔法医師の仕事をしているのだろうと考えていたが、甘かったな……」
彼はグラモネ老人がこの街に来たときに喜んだそぶりをしていたが、本当はかなり動揺していたはずだ……。
「これは憶測だが、ゾートマルクの街のグール化計画を率先し実行していたのも彼だと思う。ゾートマルクの監視員をも統率していたはずだ。父であるジャームデル国王に自分の仕事を見せたかったのだろう」
「ジャームデル王国はなぜ人々をグール化させたがったのでしょう?」
「人を操る最適な方法を探していたんだろう。ジャームデル王国は世界一の戦闘国家だ。国民全員を戦闘に参加させれば、恐ろしい戦力になりえるからな」
「でも、ラーバスはそんなことを本当に望んでいたのでしょうか?」
「きっと父王のジャームデル国王に褒めてもらいたかっただけだ。目が覚めたら問いただそう。その前に牢屋にぶち込まねばならんが……」
私はため息をついた。
彼はパメラのことを診察してくれた。
ウォルターに聖騎士になれと勧めてくれた。
そこまでは優秀な白魔法医師であり、助言者だった。
「私たちにとっては親切な人に見えました。しかし、すべてはラーバスがジャームデル王国の野望を完遂するための仮の姿だった……というわけですね」
「その通りだ。一応、白魔法医師としての誇りは失ってはいないのだろうが」
グラモネ老人はうなずいた。
ポレッタはラーバスの様子を見に行っているらしい。
彼女はラーバスを愛しているはずだ。
私はそのように思えた。
──私は話題を変えた。
「ローバッツ工業地帯に、ターニャという子どもの死霊病患者がいます。ターニャはなぜ、離れた場所で死霊病になってしまったのでしょう?」
「ふむ……君の質問の答えは簡単だ。ジャームデル王国が、様々な国にあの『グール化赤ワイン』を流通させているからだ。ローバッツ工業地帯にも、商人によって住人の手に渡っている可能性は少なからずある」
グラモネ老人はしばらく考えながら言った。
「酢酸鉛によって甘く飲みやすくなった赤ワインは子どもでも飲めてしまうからな。親が栄養補助飲料として騙されて、商人に売りつけられてしまったということは考えられる」
これはローバッツ工業地帯の村に戻り、確かめてみる必要があるだろう。
「問題はグール化《か》が沈静し、死霊病の状態に戻った人々だ。私はグール化について研究を重ねた。しかし死霊病については何も分からん。──アンナ、君ならどうやって死霊病を治癒するかね?」
「するべきことは分かっています。死霊病は鉛中毒患者です」
今度は私が答える番だった。
「リモネという酸っぱい柑橘類があります。レモンとも言いますが……」
「ほほう?」
「体内の鉛とリモネの酸を結合させてしまうのです」
「な、何と? 死霊病患者に、リモネの果汁を飲ませるということだな?」
「はい。しかし、それだけは単に民間療法の域を出ません。やはり積極的に魔法によって、鉛とリモネの酸を結合させて尿として外に出してしまうのが一番でしょう」
「う、うーむ! 何という奇想天外な発想なのだ!」
「鉛中毒の治癒方法は聖女医学の医学書に掲載されているはずです」
「し、しかし、リモネの酸を摂取するのは胃に負担をかけそうだな……。一度牛乳などを飲んでから、果汁を摂取させるか……ふむ」
「……アンナ、いったん、グラモネ様たちを連れてローバッツ工業地帯に戻ろう」
今まで黙って聞いていたウォルターが提案した。
するとグラモネ老人はうなずきながら言った。
「ふむ……君たちはなかなか素晴らしい。行動力もある。……我々と協力して大病院を建造しないかね?」
「ええっ?」
「昔、そういう計画があったが頓挫した。しかし、今の君たちならばできそうだな」
そしてグラモネ老人が気づいたように言った。
「そういえば、ラーバスがウォルター、君のことを『白色の王子』と言っていたな」
「は、はい」
ウォルターがうなずき、グラモネ老人は続けた。
「実は君の『ウォルター・モートン』という名前で気づいた。私の勘が正しければ、君は大国グランディスタという王国の王子だと思う」
「ええっ?」
ウォルターも私も目を丸くした。
ウォルターはあわてて言った。
「わ、私はグレンデル城近くに捨てられていた捨て子ですよ」
「グランディスタのモートン一族といえば有名な王族だ。赤ん坊を旅立たせるのが常でな……。グランディスタでは赤ん坊に白い衣に身を包むのが習わし。それを『白色《はくしょく》の王子と呼ぶ。そして旅立った王子はウォルター・モートンと言うはずだ」
なぜラーバスはウォルターが「白色の王子」であることを知っていたのだろう?
恐らくジャームデル王国の情報網で、様々なことを知っていたのではないかと思う。
◇ ◇ ◇
翌日、私たちはグラモネ老人と白魔法医師たち五名を連れて、ローバッツ工業地帯の村に戻った。
ルバイヤ村からはゾートマルクの街に明日、十名の白魔法医師が来るらしい。
私の次の目標は……!
死霊病とグール化の患者、体にパンの毒素を持った患者の完全治癒。
私たちの大病院を建造すること。
そしてウォルターと一緒に、幸せに暮らすことだ。
【第一部完】