聖女と騎士団長様の楽しい濡れ衣逃避行生活~婚約破棄と指名手配から始まる愛の癒やし旅。病気の人を魔法で治癒します~

「これより死霊(しりょう)病と人のグール()()()かしをいたします!」

 私は公民館の会議室にいる人々に宣言をした。

「デアーチェ・ロゼタンさんなど内周(ないしゅう)地域に住む人々は、水、牛乳、ワインが(おも)栄養源(えいようげん)でした。それを好きなときに飲んでいたようです」

 私はそう言い、ポレッタが持ってきてくれた赤ワインの(びん)、二本を机に置いた。

「そういえば疑問に思っていたことがあるんだけど」

 パメラが手を()げて言った。

死霊(しりょう)病の人は、(びん)(ふう)をどうやって開けるの? 水や牛乳、ワインはコルクで(ふう)をしているんだよ。彼らは日頃、無気力状態。できることは入浴と着替えくらいだろ。彼らにコルク開けでコルクが開けられるの?」
「レストランの主人に聞いたのですが、配達人が三日に一度、水、牛乳、赤ワインを配達してくれるのだそうです。配達してくるのはジャームデル王国から。そして配達人がその場でコルクを()いてくれる」
「な、なるほど。配達人がコルクを()いてくれるから、自分でやらなくていいわけか」
「そして三日()ったら、配達人はその(びん)を回収しにきます」
「び、(びん)の飲み口が開いたまま、三日間も放置するのか?」

 ジャッカルが顔をしかめて言った。

「牛乳もワインも悪くなるぞ。少なくとも俺は飲まないね。貴族の家みたいに(すず)しいワイン専用の保管室があればいいが。そんな立派なものはこの街にないだろ」

 ジャッカルが声を上げたとき、ラーバスもため息をついて言った。

「それに、『病原体(ビボス)』の感染(かんせん)の心配があるから、(びん)の回収は(すす)めないですけどね。ジャームデル王国の方針(ほうしん)があるのでしょう」
「三日間の放置についてですが、味と品質に関してはギリギリでしょう。そう考えると水と牛乳についてはまあ一応……問題はありません。しかし、問題は赤ワインです」

 私は言った。

「私は少量、デアーチェさんの赤ワインをなめてみましたが驚くほど甘かったのです。こんなワインは味わったことがありません。皆さんはゾートマルクに配達される赤ワインを飲んだことはありますか?」
「俺はたまに飲む。だが、俺の飲んでいるのは甘くない美味い辛口ワインだぞ」

 ゴランボス氏がそう言ったので、私はうなずいた。

「それは外周(がいしゅう)地域の赤ワインですね」
「ふむ……。今思い出した。確か外周(がいしゅう)地域のワインと、内周(ないしゅう)地域に配達されるワインの(びん)は違うはずだ」

 ゴランボス氏がそう言ったとき、パメラは首を(かし)げて言った。

「ワインは二種類あるのか。でもそれはなぜ? 分ける理由が分からない」
「それには理由があります。外周(がいしゅう)地域に配達されるワインは飲んでも健康被害(ひがい)はありません。しかし、内周(ないしゅう)地域に配達されるワインは飲んだら健康被害(ひがい)が出る」

 会議室が(ざわ)めいた。

「配達された赤ワインで健康被害(ひがい)ですって?」

 ラーバスが声を上げた。

「そんなことが……私は二年間もここに住んでいるが、そんなことは気付きませんでしたよ」

 ラーバスが言うと、私は「これを見てください」と言って机の上の赤ワイン、二本を指差した。

「左が外周(がいしゅう)地域の赤ワイン。右が内周(ないしゅう)地域の赤ワインです」

 外周(がいしゅう)地域の赤ワインの(びん)は緑色のガラス(びん)だ。

 一方、内周(ないしゅう)地域の赤ワインの(びん)は銀色だ。

 全く見た目が違う。

「見た目が全然違いますね。これでは絶対に間違えようがない。いえ、絶対に間違えて配達してはいけないのです」

 私は言った。

「なぜなら内周(ないしゅう)地域──つまり死霊(しりょう)病およびグール()する人々が飲んでいる赤ワインは、(なまり)(なべ)()てあるからです」
「な、(なまり)(なべ)だって? 何のために?」

 グラモネ老人が声を上げたので、私は答えた。

「ワインに酢酸鉛(さくさんえん)という成分を作り出すためです」
「わ、分かったぞ!」

 グラモネ老人は声を上げた。

「ワインを(なまり)(なべ)()ると酢酸鉛(さくさんえん)がワイン内に生成され、驚くほど甘くなる! それこそ柑橘(かんきつ)類の飲料水、エードのようにだ!」
「そうです。だから死霊(しりょう)病の人でも飲みやすかったのです。──しかし、ワインを(なまり)(なべ)()るのは、飲みやすくすることが目的ではありません。この酢酸鉛(さくさんえん)が体に蓄積(ちくせき)されると……」
「貧血……腹痛……いや、それどころか脳障害(しょうがい)、神経障害(しょうがい)を引き起こす! 二年間以上も定期的に飲んでいれば、人間は無気力状態に(おちい)ったようになる!」

 グラモネ老人はそう自分で言って、驚いたように声を上げた。

「そうか……そうか! 死霊(しりょう)病の正体は、ワインの中の(なまり)だったのか!」
「しかも内周(ないしゅう)地域のほうは、(なまり)(おも)としたもので作り上げた(びん)です。すさまじい(なまり)の量がワインに()け込み、それはそれはとろけるように甘くなっていたでしょう。──悪魔の媚薬(びやく)のように」
「ちょ、ちょっと待ってよ。何のためにジャームデル王国はそんなものを配達する?」

 パメラが声を上げて質問すると、ラーバスが答えた。

「それはまさに人体実験です。内周(ないしゅう)地域の人間を使い、グール化《か》の準備(じゅんび)段階を作り出す。昼は死霊(しりょう)病を引き起こしておいて、夕方はグール化を引き起こす」

 ラーバスが言うと、パメラが「し、しかしそのグール()は」と言った。

「だ、誰かが魔族の薬剤(デモン・メディカ)を注射しないとグール()しないはずでは?」

 そうだ……誰かが魔族の薬剤(デモン・メディカ)を注射しないとグール()しない。

 逆に言えば、この街の誰かが人々をグール化《か》させているのだ。

 そういえば、ターニャはなぜ離れたローバッツ工業地帯の村で、死霊(しりょう)病になったのか?

 そんな疑問が頭に浮かんだそのとき──公民館の外で大きな音がした。

 あわてて公民館の窓の外を見ると──。

「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」

 外で自警(じけい)団の若者たちが声を上げている。

 たくさんの住人がグール()している!

 その数──約四十数名!
「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」

 外で自警(じけい)団の若者たちが声を上げている。

 たくさんの住人がグール()している!

 その数──約四十数名!

「ひ、ひいい! こ、この公民館の中にいれば安全なのか? た、助けてくれぇ!」

 ゴランボス氏はいかつい顔をゆがめて、私たちに(うった)えた。

「いや、ここにいるのは危険だ」

 ウォルターが首を横に振って言った。

「グール()した人間が入り口を(こわ)して入ってくる。建物内に逃げ場は少なく、僕らは追い詰められるだろう」

 ウォルターが言うと、ジャッカルもうなずいた。

「街の入り口付近なら逃げ場があっていいぜ。公民館内の人々を集めて、村の入り口付近に走ろう!」
「そうね──。皆さん、思い切って外に出てください! ここにいると危険です。街の入り口付近に移動してください!」

 私はパメラと一緒(いっしょ)に、公民館内にいる人々に声をかけてまわった。

 公民館内の人々──四十三名が集まったところで、外に出ることにした。

 朝の青空の光が私たちを包む。

「う、うわあああ」

 パメラが声を上げた。

 街中にグールがたくさんいる!

 とんでもない(さわ)ぎになっていた。

 外周(がいしゅう)地域も内周(ないしゅう)地域も関係なかった。

 グールたちは民家の壁、商店街の看板を(こわ)して回っている。

「あいつら!」

 ジャッカルは自分の武器の八角棒(はっかくぼう)を手に取った。

「ダメ!」

 私は叫んだ。

「彼らは人間です! 一時的にグール化しただけです」
「……そうだ。彼らを傷つけることはできない。元は人間だからな」

 ウォルターは真剣をしまい、そのまま白魔法医師たちとともにグールに立ち向かおうとしていた。

「ウォルター!」
「アンナ、大丈夫だ。見ていてくれ」

 ウォルターは私にそう言ってグールに向かっていった。

 グラモネ老人は叫んだ。

「よし、強制睡眠(すいみん)魔法を使おう!」

 グラモネ老人とルバイヤ村の若い白魔法医師たちは強制睡眠(すいみん)魔法を(とな)え、次々とグールを眠らせていった。

 そしてウォルターも強制睡眠(すいみん)魔法を使っている!

 ウォルターは白魔法が使えるようになっていた。

 驚いた──彼は本当に聖騎士(パラディン)になっていたのだ。

 睡眠(すいみん)魔法によってグールは眠り、倒れていく。

「な、何とかなったみたい。これでグールは全員眠らせたか?」

 パメラが言った。

「しかし……誰が住人に注射を打ったんだろう」
「おや? 橋のところに誰かがいるぞ!」

 ジャッカルが橋の方を指差して声を上げた。

 外周(がいしゅう)地域と内周(ないしゅう)地域を(つな)ぐ開閉式の橋の中央に、女性が一人、立っているのが見えた。

 まだグールがいるかもしれない!

 彼女を助けなくては。

 おや? 女性は後ろを向いているが見覚えがある……。

 だけど遠くにいるので誰だか確信(かくしん)がもてない。

「さあ、一緒(いっしょ)に街の入り口まで避難(ひなん)しましょう!」

 私は後ろを向いている女性に向かって叫んだ。

 あれ?

 この女性──。

「近づかないで!」

 聞き覚えのあるかわいらしい女性の声が聞こえた。

「アンナさんたちはこっちに来てはいけません!」

 女性は私たちのほうを向いた。

 ポレッタだった。

 まさか、ポレッタが魔族の薬剤(デモン・メディカ)を人々に打っていた張本人(ちょうほんにん)

 いや──。

 今度は外周(がいしゅう)地域の建物の(かげ)から、ポレットが立っている橋に誰かが歩いていくのが見えた。

 男性だ──。
 
 その男はすぐに誰だか分かった。

「ラーバス……!」

 私は思わず声を上げた。

 あの白魔法医師のラーバス・アンテルムが……ポレッタと橋の上で対峙(たいじ)している。

 ラーバスは注射器を持っていた。

 私は声を上げた。

「ラーバス! 早くこっちに来て。グール()した患者(かんじゃ)診察(しんさつ)を始めてください!」
「そうですよ、ラーバス先生! アンナさんの言う通りです。そんなところに()っ立ってないで……」
 
 ポレッタの言葉を聞いたラーバスはニヤリと笑い、自分の左手の平に注射した。

「手の平に注射すると、まんべんなくいきわたるんです。悪魔のささやきが。魔族の薬剤(デモン・メディカ)が!」

 ラーバスは注射し()え、注射器を捨ててそう叫んだ。

 すると……!

 彼の体が(ふく)れあがった。

 顔色は幽鬼(ゆうき)のように真っ白になり、身長──約二メートル三十センチほどの着物を着た巨人に変身した。

 巨大グールだ!

「ラーバス……! てめぇ、裏切者だったんだな!」
 
 ジャッカルが叫んだ。

「やるしかねえ。こいつは本物の魔族だ!」

 ジャッカルが橋に近づき八角棒(はっかくぼう)を構えて声を上げた。

 橋の周囲には白魔法医師たちも集まり、強制睡眠(すいみん)魔法を(とな)えだした。

「そんなものは効かぬ!」

 ラーバスが右手を横に振った。

 するとポレッタやジャッカル、白魔法医師が風圧で吹っ飛んだ!

「何という力だ」

 ウォルターが真剣を引き()きつつ、橋に近づいて声を上げた。

「しかし、今度は僕が相手だ。ラーバス、残念だよ。君を信頼していたのに」
「ほほう、白色(はくしょく)の王子か。よかろう、相手になろう」

 白色(はくしょく)の王子? どういう意味だろう?

 するとラーバスは思い切り右腕を振り上げて、ウォルターを手で横に(たた)(はら)おうとした。

 あ、あんな力技を体に受けたら、ウォルターだって骨折じゃ()まない!
 
 しかしウォルターはそれを後ろに()んで()けた。

 よ、よかった。

「ここだっ!」

 ウォルターは真剣を振り下ろした。

 何かが蒸発(じょうはつ)する音がした。

 ウォルターの剣がラーバスの右腕の一部を()()いていたのだ。

「う、ぐぐっ……。こ、この男……」

 ラーバスがうめいた。

 彼の大きな腕の一部が蒸発(じょうはつ)して()けだしている。

「あれは聖騎士(パラディン)白の剣術(ヴァイス・グラディウス)!」

 グラモネ老人が声を上げた。

「ウォルターよ、見事! 才能だけで聖騎士(せいきし)の技を習得してしまったか!」
「う、うぐぐぐ……」

 グール()したラーバスは蒸発(じょうはつ)しかかっている腕を()さえながら声を上げた。

「ゆ、許さん!」

 ゾートマルクでの最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
 グール()したラーバスは蒸発(じょうはつ)しかかっている腕を()さえながら声を上げた。

「ゆ、許さん!」

 しかしウォルターは少しずつ(あゆ)みを進め、今度は剣でラーバスの胸を()こうとした。

 だが──。

爆発魔法(イクスプロシオン)!」

 ラーバスが呪文を(とな)えると周囲が爆発した。

 ウォルターが爆風(ばくふう)で吹っ飛ぶ。

「ウォルター!」

 私はあわてて()()ろうとしたが、パメラに止められた。

「あんたは聖女だよ! 戦いでは足出(あしで)まといになるだけ。愛する男の戦いを見てな!」

 するとウォルターは(ちゅう)で体をひねり──着地した。

 爆風(ばくふう)には巻き込まれたが、体は(きず)ついていない!

 私はホッとした。

「うぬっ……。爆発魔法(イクスプロシオン)()けただと?」

 ラーバスが声を上げたとき、ウォルターは再度、右(なな)め上から剣を振り下ろし──。

 また蒸発(じょうはつ)する音が聞こえた。

 ラーバスはウォルターの剣で左肩から鎖骨(さこつ)まで、()()かれていた。

 そして切断面(せつだんめん)()蒸発(じょうはつ)している……!

「うっ、うぐぐ……」

 ラーバスはうろたえたように見えたが、彼はそのとき笑ったようにも見えた。

「──目覚めよ(レ・ヴァンタルシェ)!」

 ラーバスは聞いたことのない魔法の呪文を唱えた。
 
 魔族の古代語か?

 その瞬間、ウォルターの周囲に眠っていた五名のグールたちが起き上がったのだ。

 睡眠(すいみん)から目覚めさせる魔法だ!

「むっ! や、やめろ!」

 ウォルターがグールたちに取り囲まれ(つか)まれた。

「よせ! どいてくれ!」

 しかしウォルターは反撃(はんげき)できない。

 グールは人間なので手を出せないのだ。

 ラーバスはウォルターの優しさを計算していたのだろう。

「ハハハ! 雷撃魔法(トゥルエノ)!」

 ラーバスは形勢(けいせい)逆転を確信したのか、笑いつつ攻撃魔法を(とな)えてきた。

 (ちゅう)から(かみなり)が発生し──ウォルターは背中に雷撃(らいげき)を受け(たお)()んだ。

「ウォルター!」

 私は(さけ)んだがもう(おそ)い──。

 ウォルターの体から(けむり)が出ている……。

 一方、ウォルターを取り囲んでいたグールたちは皆、雷撃(らいげき)で気絶している。

 ラーバスはもう一度、雷撃(らいげき)魔法を(とな)えようとしていた。

「もう一撃(いちげき)──雷撃魔法(トゥルエノ)!」
「おーっと! そうはいくかって」

 ……そんな声がして、何かが切り(きざ)まれる音がした。

 え?

 何者かがラーバスの左にいて、ナイフでラーバスの左腕を()()いていたのだ。

 見覚えのある銀髪(ぎんぱつ)の少年……。

 ネストールだ!

「あいつ! いつの間にゾートマルクの街に来たんだ?」

 パメラが声を上げた。

「お、お前……何者だ?」

 ラーバスは苦痛に顔を(ゆが)めてネストールを見やった。

「ローバッツ工業地帯から女王たちが帰ったから、こっちに来たよ。この街に美味(うま)いパン屋ある? ラーバスさん」
「き、貴様(きさま)……! わ、私の雷撃(らいげき)魔法の詠唱(えいしょう)途中(とちゅう)で……邪魔(じゃま)しおって!」
「ウォルター! 今だ!」

 ネストールが(さけ)ぶと、ウォルターはヨロヨロと立ち上がった。

「よ、よせ! くそ、もう一度、雷撃(らいげき)魔法を……!」

 ラーバスは左手を前に()き出そうとしたが、左腕をネストールに()られているので腕が上がらない。

「ここだ!」

 ウォルターは今度こそ──剣でラーバスの胸を()き刺した。

「う、うう……な、なぜだ」

 ラーバスの胸──(おそ)らく心臓は蒸発(じょうはつ)()けだしている。

 するとラーバスの姿は(ちぢ)こまり、普段の青年の姿に戻ってしまった。

「ラーバスは死霊(しりょう)病を(わずら)っていない。だからグール()の効果時間が短いのだ」

 グラモネ老人が言った。

 ラーバスはウォルターの前で(ひざ)をついたが、「こ、これで終わりじゃない」と言い──。

 ウォルターの首を両手で()めだした。

 切り(きざ)まれたもう力の入らない両腕で……。

 その両腕は(ふる)えている。

「ま、魔族の(やみ)を、お前に流し込んでやる!」

 ボロボロの両腕が(やみ)の気に包まれる。

 あ、あの(やみ)の気にとり()かれたら……ウォルターが(やみ)に取り込まれてしまう!

 しかしウォルターの顔は冷静だった。

 ウォルターはラーバスの腕を(つか)み、そのまま彼の体を背負って投げた。

「ぐは」

 そんな声とともに、ラーバスは背中から地面に投げ落とされた。

 地面に寝転んだラーバスの(ひたい)に、ネストールがナイフを当てがった。

「勝負あったね? ラーバスさん」
「う、うう……」

 ラーバスはそのまま気絶してしまった。

「ウォルター!」

 私はすぐにウォルターの(もと)()()り、彼を抱き()めた。

 ゾートマルクの街は昼の太陽の光に照らされて(かがや)いていた。
 ウォルターはラーバスとの戦いに勝利した。

 グラモネ老人の強制睡眠(すいみん)魔法で眠らされたラーバスは、自分の──ラーバスの診療(しんりょう)所に運び込まれた。

 一方、グールたちも担架(たんか)で公民館に運び込まれた。

 白魔法医師たちが様子を見るらしい。

 私、ウォルター、パメラ、ジャッカルは外周(がいしゅう)地域の公園で、元白魔法医師長のグラモネ老人に色々質問した。

「なぜラーバスは人をグール()させ、一時的とはいえ自らもグール()させたのでしょう?」

 私がそう質問すると、グラモネ老人は意外なことを言いだした。

「ラーバスのことはよく知っているよ。彼は危険な戦闘国家のジャームデル王国の第二王子だ」
「ええ? 王子?」
「ところが第一王子ではないから王にはなれない。彼は兄の第一王子に嫉妬(しっと)し絶望していた。そのとき、私の弟子になり白魔法医師の道を選んだのだ」
「ラーバスにそんな過去が……」

 そういえばグラモネ老人がこの街に来たとき、ラーバスは深く頭を下げていた……。

「だが彼は私の弟子になっているときも、ずっとジャームデル王国の監視下(かんしか)に置かれていた。父親のジャームデル国王の言いなりだ」
「そうだったのですか。ラーバスこそが、ジャームデル王国と(もっと)(つな)がっている人物だとは思いませんでした」
「ふむ──その後、私が白魔法医師を引退しルバイヤ村に行ったときも、ラーバスは私についてきた。しかし私は彼を追い出した。彼は(やみ)の道に進む研究をひそかに進めていたからだ。その後、ゾートマルクの街で改心し真面目に白魔法医師の仕事をしているのだろうと考えていたが、甘かったな……」

 彼はグラモネ老人がこの街に来たときに喜んだそぶりをしていたが、本当はかなり動揺(どうよう)していたはずだ……。

「これは憶測(おくそく)だが、ゾートマルクの街のグール()計画を率先(そっせん)し実行していたのも彼だと思う。ゾートマルクの監視員(かんしいん)をも統率(とうそつ)していたはずだ。父であるジャームデル国王に自分の仕事を見せたかったのだろう」
「ジャームデル王国はなぜ人々をグール()させたがったのでしょう?」
「人を(あやつ)最適(さいてき)な方法を探していたんだろう。ジャームデル王国は世界一の戦闘国家だ。国民全員を戦闘に参加させれば、恐ろしい戦力になりえるからな」
「でも、ラーバスはそんなことを本当に望んでいたのでしょうか?」
「きっと父王のジャームデル国王に()めてもらいたかっただけだ。目が覚めたら問いただそう。その前に牢屋(ろうや)にぶち込まねばならんが……」

 私はため息をついた。

 彼はパメラのことを診察(しんさつ)してくれた。

 ウォルターに聖騎士(せいきし)になれと(すす)めてくれた。

 そこまでは優秀な白魔法医師であり、助言者だった。

「私たちにとっては親切な人に見えました。しかし、すべてはラーバスがジャームデル王国の野望を完遂(かんすい)するための仮の姿だった……というわけですね」
「その通りだ。一応、白魔法医師としての(ほこ)りは失ってはいないのだろうが」

 グラモネ老人はうなずいた。

 ポレッタはラーバスの様子を見に行っているらしい。

 彼女はラーバスを愛しているはずだ。

 私はそのように思えた。

 ──私は話題を変えた。

「ローバッツ工業地帯に、ターニャという子どもの死霊(しりょう)患者(かんじゃ)がいます。ターニャはなぜ、離れた場所で死霊(しりょう)病になってしまったのでしょう?」
「ふむ……君の質問の答えは簡単だ。ジャームデル王国が、様々な国にあの『グール()赤ワイン』を流通させているからだ。ローバッツ工業地帯にも、商人によって住人の手に(わた)っている可能性は少なからずある」

 グラモネ老人はしばらく考えながら言った。

酢酸鉛(さくさんえん)によって甘く飲みやすくなった赤ワインは子どもでも飲めてしまうからな。親が栄養補助(ほじょ)飲料として(だま)されて、商人に売りつけられてしまったということは考えられる」

 これはローバッツ工業地帯の村に戻り、確かめてみる必要があるだろう。

「問題はグール化《か》が沈静(ちんせい)し、死霊(しりょう)病の状態に戻った人々だ。私はグール()について研究を重ねた。しかし死霊(しりょう)病については何も分からん。──アンナ、君ならどうやって死霊(しりょう)病を治癒(ちゆ)するかね?」
「するべきことは分かっています。死霊(しりょう)病は(なまり)中毒患者(かんじゃ)です」

 今度は私が答える番だった。

「リモネという()っぱい柑橘類(かんきつるい)があります。レモンとも言いますが……」
「ほほう?」
「体内の(なまり)とリモネの(さん)結合(けつごう)させてしまうのです」
「な、何と? 死霊(しりょう)患者(かんじゃ)に、リモネの果汁(かじゅう)を飲ませるということだな?」
「はい。しかし、それだけは単に民間療法(りょうほう)(いき)を出ません。やはり積極的に魔法によって、(なまり)とリモネの(さん)結合(けつごう)させて尿(にょう)として外に出してしまうのが一番でしょう」
「う、うーむ! 何という奇想天外(きそうてんがい)発想(はっそう)なのだ!」
(なまり)中毒の治癒(ちゆ)方法は聖女医学の医学書に掲載(けいさい)されているはずです」
「し、しかし、リモネの(さん)摂取(せっしゅ)するのは胃に負担(ふたん)をかけそうだな……。一度牛乳などを飲んでから、果汁(かじゅう)摂取(せっしゅ)させるか……ふむ」
「……アンナ、いったん、グラモネ様たちを連れてローバッツ工業地帯に戻ろう」

 今まで(だま)って聞いていたウォルターが提案(ていあん)した。

 するとグラモネ老人はうなずきながら言った。

「ふむ……君たちはなかなか素晴らしい。行動力もある。……我々と協力して大病院を建造しないかね?」
「ええっ?」
「昔、そういう計画があったが頓挫(とんざ)した。しかし、今の君たちならばできそうだな」

 そしてグラモネ老人が気づいたように言った。

「そういえば、ラーバスがウォルター、君のことを『白色(はくしょく)の王子』と言っていたな」
「は、はい」

 ウォルターがうなずき、グラモネ老人は続けた。

「実は君の『ウォルター・モートン』という名前で気づいた。私の(かん)が正しければ、君は大国グランディスタという王国の王子だと思う」
「ええっ?」

 ウォルターも私も目を丸くした。

 ウォルターはあわてて言った。

「わ、私はグレンデル城近くに捨てられていた捨て子ですよ」
「グランディスタのモートン一族といえば有名な王族だ。赤ん坊を旅立たせるのが(つね)でな……。グランディスタでは赤ん坊に白い(ころも)に身を包むのが(なら)わし。それを『白色《はくしょく》の王子と呼ぶ。そして旅立った王子はウォルター・モートンと言うはずだ」

 なぜラーバスはウォルターが「白色(はくしょく)の王子」であることを知っていたのだろう?
 
 (おそ)らくジャームデル王国の情報網(じょうほうもう)で、様々なことを知っていたのではないかと思う。

 ◇ ◇ ◇

 翌日(よくじつ)、私たちはグラモネ老人と白魔法医師たち五名を連れて、ローバッツ工業地帯の村に戻った。

 ルバイヤ村からはゾートマルクの街に明日、十名の白魔法医師が来るらしい。

 私の次の目標は……!
 
 死霊(しりょう)病とグール()患者(かんじゃ)、体にパンの毒素を持った患者(かんじゃ)の完全治癒(ちゆ)

 私たちの大病院を建造すること。

 そしてウォルターと一緒(いっしょ)に、幸せに()らすことだ。

【第一部完】

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