ウォルターはラーバスとの戦いに勝利した。

 グラモネ老人の強制睡眠(すいみん)魔法で眠らされたラーバスは、自分の──ラーバスの診療(しんりょう)所に運び込まれた。

 一方、グールたちも担架(たんか)で公民館に運び込まれた。

 白魔法医師たちが様子を見るらしい。

 私、ウォルター、パメラ、ジャッカルは外周(がいしゅう)地域の公園で、元白魔法医師長のグラモネ老人に色々質問した。

「なぜラーバスは人をグール()させ、一時的とはいえ自らもグール()させたのでしょう?」

 私がそう質問すると、グラモネ老人は意外なことを言いだした。

「ラーバスのことはよく知っているよ。彼は危険な戦闘国家のジャームデル王国の第二王子だ」
「ええ? 王子?」
「ところが第一王子ではないから王にはなれない。彼は兄の第一王子に嫉妬(しっと)し絶望していた。そのとき、私の弟子になり白魔法医師の道を選んだのだ」
「ラーバスにそんな過去が……」

 そういえばグラモネ老人がこの街に来たとき、ラーバスは深く頭を下げていた……。

「だが彼は私の弟子になっているときも、ずっとジャームデル王国の監視下(かんしか)に置かれていた。父親のジャームデル国王の言いなりだ」
「そうだったのですか。ラーバスこそが、ジャームデル王国と(もっと)(つな)がっている人物だとは思いませんでした」
「ふむ──その後、私が白魔法医師を引退しルバイヤ村に行ったときも、ラーバスは私についてきた。しかし私は彼を追い出した。彼は(やみ)の道に進む研究をひそかに進めていたからだ。その後、ゾートマルクの街で改心し真面目に白魔法医師の仕事をしているのだろうと考えていたが、甘かったな……」

 彼はグラモネ老人がこの街に来たときに喜んだそぶりをしていたが、本当はかなり動揺(どうよう)していたはずだ……。

「これは憶測(おくそく)だが、ゾートマルクの街のグール()計画を率先(そっせん)し実行していたのも彼だと思う。ゾートマルクの監視員(かんしいん)をも統率(とうそつ)していたはずだ。父であるジャームデル国王に自分の仕事を見せたかったのだろう」
「ジャームデル王国はなぜ人々をグール()させたがったのでしょう?」
「人を(あやつ)最適(さいてき)な方法を探していたんだろう。ジャームデル王国は世界一の戦闘国家だ。国民全員を戦闘に参加させれば、恐ろしい戦力になりえるからな」
「でも、ラーバスはそんなことを本当に望んでいたのでしょうか?」
「きっと父王のジャームデル国王に()めてもらいたかっただけだ。目が覚めたら問いただそう。その前に牢屋(ろうや)にぶち込まねばならんが……」

 私はため息をついた。

 彼はパメラのことを診察(しんさつ)してくれた。

 ウォルターに聖騎士(せいきし)になれと(すす)めてくれた。

 そこまでは優秀な白魔法医師であり、助言者だった。

「私たちにとっては親切な人に見えました。しかし、すべてはラーバスがジャームデル王国の野望を完遂(かんすい)するための仮の姿だった……というわけですね」
「その通りだ。一応、白魔法医師としての(ほこ)りは失ってはいないのだろうが」

 グラモネ老人はうなずいた。

 ポレッタはラーバスの様子を見に行っているらしい。

 彼女はラーバスを愛しているはずだ。

 私はそのように思えた。

 ──私は話題を変えた。

「ローバッツ工業地帯に、ターニャという子どもの死霊(しりょう)患者(かんじゃ)がいます。ターニャはなぜ、離れた場所で死霊(しりょう)病になってしまったのでしょう?」
「ふむ……君の質問の答えは簡単だ。ジャームデル王国が、様々な国にあの『グール()赤ワイン』を流通させているからだ。ローバッツ工業地帯にも、商人によって住人の手に(わた)っている可能性は少なからずある」

 グラモネ老人はしばらく考えながら言った。

酢酸鉛(さくさんえん)によって甘く飲みやすくなった赤ワインは子どもでも飲めてしまうからな。親が栄養補助(ほじょ)飲料として(だま)されて、商人に売りつけられてしまったということは考えられる」

 これはローバッツ工業地帯の村に戻り、確かめてみる必要があるだろう。

「問題はグール化《か》が沈静(ちんせい)し、死霊(しりょう)病の状態に戻った人々だ。私はグール()について研究を重ねた。しかし死霊(しりょう)病については何も分からん。──アンナ、君ならどうやって死霊(しりょう)病を治癒(ちゆ)するかね?」
「するべきことは分かっています。死霊(しりょう)病は(なまり)中毒患者(かんじゃ)です」

 今度は私が答える番だった。

「リモネという()っぱい柑橘類(かんきつるい)があります。レモンとも言いますが……」
「ほほう?」
「体内の(なまり)とリモネの(さん)結合(けつごう)させてしまうのです」
「な、何と? 死霊(しりょう)患者(かんじゃ)に、リモネの果汁(かじゅう)を飲ませるということだな?」
「はい。しかし、それだけは単に民間療法(りょうほう)(いき)を出ません。やはり積極的に魔法によって、(なまり)とリモネの(さん)結合(けつごう)させて尿(にょう)として外に出してしまうのが一番でしょう」
「う、うーむ! 何という奇想天外(きそうてんがい)発想(はっそう)なのだ!」
(なまり)中毒の治癒(ちゆ)方法は聖女医学の医学書に掲載(けいさい)されているはずです」
「し、しかし、リモネの(さん)摂取(せっしゅ)するのは胃に負担(ふたん)をかけそうだな……。一度牛乳などを飲んでから、果汁(かじゅう)摂取(せっしゅ)させるか……ふむ」
「……アンナ、いったん、グラモネ様たちを連れてローバッツ工業地帯に戻ろう」

 今まで(だま)って聞いていたウォルターが提案(ていあん)した。

 するとグラモネ老人はうなずきながら言った。

「ふむ……君たちはなかなか素晴らしい。行動力もある。……我々と協力して大病院を建造しないかね?」
「ええっ?」
「昔、そういう計画があったが頓挫(とんざ)した。しかし、今の君たちならばできそうだな」

 そしてグラモネ老人が気づいたように言った。

「そういえば、ラーバスがウォルター、君のことを『白色(はくしょく)の王子』と言っていたな」
「は、はい」

 ウォルターがうなずき、グラモネ老人は続けた。

「実は君の『ウォルター・モートン』という名前で気づいた。私の(かん)が正しければ、君は大国グランディスタという王国の王子だと思う」
「ええっ?」

 ウォルターも私も目を丸くした。

 ウォルターはあわてて言った。

「わ、私はグレンデル城近くに捨てられていた捨て子ですよ」
「グランディスタのモートン一族といえば有名な王族だ。赤ん坊を旅立たせるのが(つね)でな……。グランディスタでは赤ん坊に白い(ころも)に身を包むのが(なら)わし。それを『白色《はくしょく》の王子と呼ぶ。そして旅立った王子はウォルター・モートンと言うはずだ」

 なぜラーバスはウォルターが「白色(はくしょく)の王子」であることを知っていたのだろう?
 
 (おそ)らくジャームデル王国の情報網(じょうほうもう)で、様々なことを知っていたのではないかと思う。

 ◇ ◇ ◇

 翌日(よくじつ)、私たちはグラモネ老人と白魔法医師たち五名を連れて、ローバッツ工業地帯の村に戻った。

 ルバイヤ村からはゾートマルクの街に明日、十名の白魔法医師が来るらしい。

 私の次の目標は……!
 
 死霊(しりょう)病とグール()患者(かんじゃ)、体にパンの毒素を持った患者(かんじゃ)の完全治癒(ちゆ)

 私たちの大病院を建造すること。

 そしてウォルターと一緒(いっしょ)に、幸せに()らすことだ。

【第一部完】