「み、皆、来てくれ! グールだ! 朝からグールが出たぞおお!」

 外で自警(じけい)団の若者たちが声を上げている。

 たくさんの住人がグール()している!

 その数──約四十数名!

「ひ、ひいい! こ、この公民館の中にいれば安全なのか? た、助けてくれぇ!」

 ゴランボス氏はいかつい顔をゆがめて、私たちに(うった)えた。

「いや、ここにいるのは危険だ」

 ウォルターが首を横に振って言った。

「グール()した人間が入り口を(こわ)して入ってくる。建物内に逃げ場は少なく、僕らは追い詰められるだろう」

 ウォルターが言うと、ジャッカルもうなずいた。

「街の入り口付近なら逃げ場があっていいぜ。公民館内の人々を集めて、村の入り口付近に走ろう!」
「そうね──。皆さん、思い切って外に出てください! ここにいると危険です。街の入り口付近に移動してください!」

 私はパメラと一緒(いっしょ)に、公民館内にいる人々に声をかけてまわった。

 公民館内の人々──四十三名が集まったところで、外に出ることにした。

 朝の青空の光が私たちを包む。

「う、うわあああ」

 パメラが声を上げた。

 街中にグールがたくさんいる!

 とんでもない(さわ)ぎになっていた。

 外周(がいしゅう)地域も内周(ないしゅう)地域も関係なかった。

 グールたちは民家の壁、商店街の看板を(こわ)して回っている。

「あいつら!」

 ジャッカルは自分の武器の八角棒(はっかくぼう)を手に取った。

「ダメ!」

 私は叫んだ。

「彼らは人間です! 一時的にグール化しただけです」
「……そうだ。彼らを傷つけることはできない。元は人間だからな」

 ウォルターは真剣をしまい、そのまま白魔法医師たちとともにグールに立ち向かおうとしていた。

「ウォルター!」
「アンナ、大丈夫だ。見ていてくれ」

 ウォルターは私にそう言ってグールに向かっていった。

 グラモネ老人は叫んだ。

「よし、強制睡眠(すいみん)魔法を使おう!」

 グラモネ老人とルバイヤ村の若い白魔法医師たちは強制睡眠(すいみん)魔法を(とな)え、次々とグールを眠らせていった。

 そしてウォルターも強制睡眠(すいみん)魔法を使っている!

 ウォルターは白魔法が使えるようになっていた。

 驚いた──彼は本当に聖騎士(パラディン)になっていたのだ。

 睡眠(すいみん)魔法によってグールは眠り、倒れていく。

「な、何とかなったみたい。これでグールは全員眠らせたか?」

 パメラが言った。

「しかし……誰が住人に注射を打ったんだろう」
「おや? 橋のところに誰かがいるぞ!」

 ジャッカルが橋の方を指差して声を上げた。

 外周(がいしゅう)地域と内周(ないしゅう)地域を(つな)ぐ開閉式の橋の中央に、女性が一人、立っているのが見えた。

 まだグールがいるかもしれない!

 彼女を助けなくては。

 おや? 女性は後ろを向いているが見覚えがある……。

 だけど遠くにいるので誰だか確信(かくしん)がもてない。

「さあ、一緒(いっしょ)に街の入り口まで避難(ひなん)しましょう!」

 私は後ろを向いている女性に向かって叫んだ。

 あれ?

 この女性──。

「近づかないで!」

 聞き覚えのあるかわいらしい女性の声が聞こえた。

「アンナさんたちはこっちに来てはいけません!」

 女性は私たちのほうを向いた。

 ポレッタだった。

 まさか、ポレッタが魔族の薬剤(デモン・メディカ)を人々に打っていた張本人(ちょうほんにん)

 いや──。

 今度は外周(がいしゅう)地域の建物の(かげ)から、ポレットが立っている橋に誰かが歩いていくのが見えた。

 男性だ──。
 
 その男はすぐに誰だか分かった。

「ラーバス……!」

 私は思わず声を上げた。

 あの白魔法医師のラーバス・アンテルムが……ポレッタと橋の上で対峙(たいじ)している。

 ラーバスは注射器を持っていた。

 私は声を上げた。

「ラーバス! 早くこっちに来て。グール()した患者(かんじゃ)診察(しんさつ)を始めてください!」
「そうですよ、ラーバス先生! アンナさんの言う通りです。そんなところに()っ立ってないで……」
 
 ポレッタの言葉を聞いたラーバスはニヤリと笑い、自分の左手の平に注射した。

「手の平に注射すると、まんべんなくいきわたるんです。悪魔のささやきが。魔族の薬剤(デモン・メディカ)が!」

 ラーバスは注射し()え、注射器を捨ててそう叫んだ。

 すると……!

 彼の体が(ふく)れあがった。

 顔色は幽鬼(ゆうき)のように真っ白になり、身長──約二メートル三十センチほどの着物を着た巨人に変身した。

 巨大グールだ!

「ラーバス……! てめぇ、裏切者だったんだな!」
 
 ジャッカルが叫んだ。

「やるしかねえ。こいつは本物の魔族だ!」

 ジャッカルが橋に近づき八角棒(はっかくぼう)を構えて声を上げた。

 橋の周囲には白魔法医師たちも集まり、強制睡眠(すいみん)魔法を(とな)えだした。

「そんなものは効かぬ!」

 ラーバスが右手を横に振った。

 するとポレッタやジャッカル、白魔法医師が風圧で吹っ飛んだ!

「何という力だ」

 ウォルターが真剣を引き()きつつ、橋に近づいて声を上げた。

「しかし、今度は僕が相手だ。ラーバス、残念だよ。君を信頼していたのに」
「ほほう、白色(はくしょく)の王子か。よかろう、相手になろう」

 白色(はくしょく)の王子? どういう意味だろう?

 するとラーバスは思い切り右腕を振り上げて、ウォルターを手で横に(たた)(はら)おうとした。

 あ、あんな力技を体に受けたら、ウォルターだって骨折じゃ()まない!
 
 しかしウォルターはそれを後ろに()んで()けた。

 よ、よかった。

「ここだっ!」

 ウォルターは真剣を振り下ろした。

 何かが蒸発(じょうはつ)する音がした。

 ウォルターの剣がラーバスの右腕の一部を()()いていたのだ。

「う、ぐぐっ……。こ、この男……」

 ラーバスがうめいた。

 彼の大きな腕の一部が蒸発(じょうはつ)して()けだしている。

「あれは聖騎士(パラディン)白の剣術(ヴァイス・グラディウス)!」

 グラモネ老人が声を上げた。

「ウォルターよ、見事! 才能だけで聖騎士(せいきし)の技を習得してしまったか!」
「う、うぐぐぐ……」

 グール()したラーバスは蒸発(じょうはつ)しかかっている腕を()さえながら声を上げた。

「ゆ、許さん!」

 ゾートマルクでの最後の戦いが、今、始まろうとしていた。