僕──ウォルター・モートンが、アンナたちのいるゾートマルクの街から馬車で旅立ったのは四時間前だった。
御者は僕だ。
当然客車には誰も乗っていない。
馬車は荒野を進んでいく。
これから白魔法医師たちの隠れ里があるルバイヤ村に行き、今まで知り合った病人たちを救うため、協力者を連れて戻るのだ──。
◇ ◇ ◇
やがて岩場の平坦な高台を確認し、その高台の上に家々があるのを見た。
恐らくルバイヤ村だ。
僕はすぐ馬車を降り村に近寄った。
ゆるやかな階段の前には屈強そうな男が一人、立っていた。
「何だ? お前は」
「僕はウォルター・モートン。騎士だ」
「騎士だと? ダメだ、帰れ。お前のような者が来る場所ではない。ここは神聖なルバイヤ村だぞ」
「僕が仮住まいしている街や村に病人がたくさんいる。ここは白魔法医師の隠れ里だと聞いた。病気を治してくれる協力者を募っているんだ」
僕はラーバスに書いてもらった紹介状を彼に手渡した。
入り口の番人と思われる彼は、紹介状を見て首を横に振った。
「白魔法医師、ラーバス・アンテルムの紹介状か。ラーバスという男は知っている。しかし紹介状は偽物かも知れん。悪いがお引き取り願おう」
「頼む、話だけでも聞いてくれ。この村で最も偉い人に会いたい。あなたは誰だ?」
「俺はジェイラス・トルセ。このルバイヤ村の入り口の番人だ。それを聞けば満足だろう。さあ、帰ってくれ」
僕らが押し問答しているとき、上から「何をしている?」と声がした。
あご髭を生やした老人が岩場の上からこちらを見下ろしている。
「グラモネ様!」
番人のジェイラスは背筋を正して上を見上げ、岩場の老人に言った。
「この者が村に入らせろと言って聞かないのです」
「ふむ……誰だ? 君は」
老人が僕を見て聞いてきたので僕は答えた。
「僕は騎士のウォルター・モートンです」
「ウォルター……モートン……騎士……だと?」
老人は驚いた顔をしているように見えたが、そのとき……!
「ゴブリングールだぞ!」
村の右側から大声がした。
「敵襲! 敵襲!」
一人の若者が見張り台に立って叫んでいる。
ゴブリン……グール? 敵襲か?
迫ってくるのは普通のゴブリンではないらしい。
僕が東のほうを見ると、そちらには墓地があり何かがゾロゾロと歩いてくる。
……魔物だ!
その数、約二十数匹!
「どけい!」
ジェイラスは僕を押しのけて腰の剣を引き抜いた。
魔物はどんどん近づいてくる。
僕も剣を取り出した。
久しぶりに真剣を使用する!
「グウウウアアアア」
そんな魔物のうめき声が聞こえてくる。
僕は魔物の大群に近づくと奴らの姿を確認した。
魔物の肌は紫色で爪は伸び、牙が生えた──見たことのないゴブリンだ!
「こ、この魔物は……!」
どこかでこんな魔物を見た覚えはあるが、そんなことを考えている場合ではない。
戦闘が始まった。
ゴブリングールは棍棒を持ち、上からそれを振り下ろしてきた。
物凄い音を立て、荒野の岩を砕いた。
「と、とんでもない力だ! ゴブリンにこんな力はないはずだが」
僕はうめいた。
左耳元で風が鳴る。
別のゴブリングールが、左から爪を振り下ろしてきたのだ。
僕はその瞬間を見逃さなかった。
ゴブリングールの胴体を剣で斬り裂いた。
すると瞬間、仕留めたゴブリングールは宝石に変化した。
──魔物は魔力によって宝石から生み出されるのだ!
「うわあ! た、助けてくれ!」
向こうでは剣を持った村人が、ゴブリングールに殴り倒されていた。
魔物たちはもう約十匹程度に少なくなっていたが、それでも村人たちに応戦していた。
僕は殴られ倒れた村人のそばに駆けつけ、殴ったゴブリングールの体を剣で斬り裂いた。
宝石化を確認し、今度は後ろから襲い掛かってきたゴブリングールの胴を貫いた。
「や、やるな、お前!」
ジェイラスは僕を見て声を上げた。
おや? 彼の剣は不思議な透明の炎のようなものをまとっている。
その剣でゴブリングールを斬り裂くと、ゴブリングールの断面は蒸発して溶けてしまった。
な、なんだ? あの剣の術は? 見たことがないぞ。
それから三十分の戦闘が続き、村人は倒れ魔物も宝石化していった。
やがてゴブリングールは三匹となり、墓地へ逃げていった。
「大丈夫か!」
僕は倒れて失神している村人を背負った。
「……こっちだ。村に運んでくれ」
ジェイラスも怪我をした村人を背負っている。
僕は村人を背負い、階段を上がってルバイヤ村に入ることになった。
◇ ◇ ◇
ルバイヤ村は岩場を削って作った上がり階段の上にあった。
高台の上は木造の家々が建ち並んでいる。
先程の老人──グラモネ老人の家はその村の最も大きな家にあった。
かなり大きい建物だ。
家というよりは木造の診療所に見える。
「君のおかげで助かった」
グラモネ老人が診療所の診察室の中で僕を出迎えた。
「君の名前は……ウォルター・モートンか。椅子に座りなさい」
「はい」
「私は元白魔法医師長のグライモス・グラモネだ。ここは白魔法医師の隠れ里ルバイヤ村の診療所だ。私が村長で、弟子の白魔法医師たちはこの村に七十名ほどいる。皆、この村で白魔法の研究と研鑽をしているのだ」
グラモネ老人は自分も木の椅子に座り、そう言った。
僕に対する警戒心は解かれたのだろうか。
窓から下を見下ろすと、ジェイラスはまた村の入り口の番をしている。
隣の部屋を見ると、さっきの戦闘で怪我をした人々がたくさんのベッドに寝かされていた。
「先程の魔物は、ゴブリングールという魔物だそうですね」
僕はグラモネ老人に聞いた。
「僕は初めてその魔物に遭遇しましたが、似た魔物を見たことがあります」
「グール化した人間だろう?」
「ええっ? そ、そうです」
僕は驚いた。
グラモネ氏に言い当てられたからだ。
「まず、死霊病とグール化を分けて考えなければならない。二つは別の症状だ」
僕は再び驚いた。
死霊病とグール化は同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。
「全然違うものだ。死霊病は脳の病気。グール化は呪術的な薬剤を使った症状である」
「し、知っているのですか?」
僕は真剣な表情でグラモネ老人を見た。
御者は僕だ。
当然客車には誰も乗っていない。
馬車は荒野を進んでいく。
これから白魔法医師たちの隠れ里があるルバイヤ村に行き、今まで知り合った病人たちを救うため、協力者を連れて戻るのだ──。
◇ ◇ ◇
やがて岩場の平坦な高台を確認し、その高台の上に家々があるのを見た。
恐らくルバイヤ村だ。
僕はすぐ馬車を降り村に近寄った。
ゆるやかな階段の前には屈強そうな男が一人、立っていた。
「何だ? お前は」
「僕はウォルター・モートン。騎士だ」
「騎士だと? ダメだ、帰れ。お前のような者が来る場所ではない。ここは神聖なルバイヤ村だぞ」
「僕が仮住まいしている街や村に病人がたくさんいる。ここは白魔法医師の隠れ里だと聞いた。病気を治してくれる協力者を募っているんだ」
僕はラーバスに書いてもらった紹介状を彼に手渡した。
入り口の番人と思われる彼は、紹介状を見て首を横に振った。
「白魔法医師、ラーバス・アンテルムの紹介状か。ラーバスという男は知っている。しかし紹介状は偽物かも知れん。悪いがお引き取り願おう」
「頼む、話だけでも聞いてくれ。この村で最も偉い人に会いたい。あなたは誰だ?」
「俺はジェイラス・トルセ。このルバイヤ村の入り口の番人だ。それを聞けば満足だろう。さあ、帰ってくれ」
僕らが押し問答しているとき、上から「何をしている?」と声がした。
あご髭を生やした老人が岩場の上からこちらを見下ろしている。
「グラモネ様!」
番人のジェイラスは背筋を正して上を見上げ、岩場の老人に言った。
「この者が村に入らせろと言って聞かないのです」
「ふむ……誰だ? 君は」
老人が僕を見て聞いてきたので僕は答えた。
「僕は騎士のウォルター・モートンです」
「ウォルター……モートン……騎士……だと?」
老人は驚いた顔をしているように見えたが、そのとき……!
「ゴブリングールだぞ!」
村の右側から大声がした。
「敵襲! 敵襲!」
一人の若者が見張り台に立って叫んでいる。
ゴブリン……グール? 敵襲か?
迫ってくるのは普通のゴブリンではないらしい。
僕が東のほうを見ると、そちらには墓地があり何かがゾロゾロと歩いてくる。
……魔物だ!
その数、約二十数匹!
「どけい!」
ジェイラスは僕を押しのけて腰の剣を引き抜いた。
魔物はどんどん近づいてくる。
僕も剣を取り出した。
久しぶりに真剣を使用する!
「グウウウアアアア」
そんな魔物のうめき声が聞こえてくる。
僕は魔物の大群に近づくと奴らの姿を確認した。
魔物の肌は紫色で爪は伸び、牙が生えた──見たことのないゴブリンだ!
「こ、この魔物は……!」
どこかでこんな魔物を見た覚えはあるが、そんなことを考えている場合ではない。
戦闘が始まった。
ゴブリングールは棍棒を持ち、上からそれを振り下ろしてきた。
物凄い音を立て、荒野の岩を砕いた。
「と、とんでもない力だ! ゴブリンにこんな力はないはずだが」
僕はうめいた。
左耳元で風が鳴る。
別のゴブリングールが、左から爪を振り下ろしてきたのだ。
僕はその瞬間を見逃さなかった。
ゴブリングールの胴体を剣で斬り裂いた。
すると瞬間、仕留めたゴブリングールは宝石に変化した。
──魔物は魔力によって宝石から生み出されるのだ!
「うわあ! た、助けてくれ!」
向こうでは剣を持った村人が、ゴブリングールに殴り倒されていた。
魔物たちはもう約十匹程度に少なくなっていたが、それでも村人たちに応戦していた。
僕は殴られ倒れた村人のそばに駆けつけ、殴ったゴブリングールの体を剣で斬り裂いた。
宝石化を確認し、今度は後ろから襲い掛かってきたゴブリングールの胴を貫いた。
「や、やるな、お前!」
ジェイラスは僕を見て声を上げた。
おや? 彼の剣は不思議な透明の炎のようなものをまとっている。
その剣でゴブリングールを斬り裂くと、ゴブリングールの断面は蒸発して溶けてしまった。
な、なんだ? あの剣の術は? 見たことがないぞ。
それから三十分の戦闘が続き、村人は倒れ魔物も宝石化していった。
やがてゴブリングールは三匹となり、墓地へ逃げていった。
「大丈夫か!」
僕は倒れて失神している村人を背負った。
「……こっちだ。村に運んでくれ」
ジェイラスも怪我をした村人を背負っている。
僕は村人を背負い、階段を上がってルバイヤ村に入ることになった。
◇ ◇ ◇
ルバイヤ村は岩場を削って作った上がり階段の上にあった。
高台の上は木造の家々が建ち並んでいる。
先程の老人──グラモネ老人の家はその村の最も大きな家にあった。
かなり大きい建物だ。
家というよりは木造の診療所に見える。
「君のおかげで助かった」
グラモネ老人が診療所の診察室の中で僕を出迎えた。
「君の名前は……ウォルター・モートンか。椅子に座りなさい」
「はい」
「私は元白魔法医師長のグライモス・グラモネだ。ここは白魔法医師の隠れ里ルバイヤ村の診療所だ。私が村長で、弟子の白魔法医師たちはこの村に七十名ほどいる。皆、この村で白魔法の研究と研鑽をしているのだ」
グラモネ老人は自分も木の椅子に座り、そう言った。
僕に対する警戒心は解かれたのだろうか。
窓から下を見下ろすと、ジェイラスはまた村の入り口の番をしている。
隣の部屋を見ると、さっきの戦闘で怪我をした人々がたくさんのベッドに寝かされていた。
「先程の魔物は、ゴブリングールという魔物だそうですね」
僕はグラモネ老人に聞いた。
「僕は初めてその魔物に遭遇しましたが、似た魔物を見たことがあります」
「グール化した人間だろう?」
「ええっ? そ、そうです」
僕は驚いた。
グラモネ氏に言い当てられたからだ。
「まず、死霊病とグール化を分けて考えなければならない。二つは別の症状だ」
僕は再び驚いた。
死霊病とグール化は同じ意味を表す言葉だと思っていたからだ。
「全然違うものだ。死霊病は脳の病気。グール化は呪術的な薬剤を使った症状である」
「し、知っているのですか?」
僕は真剣な表情でグラモネ老人を見た。