人々が(さわ)ぐような声が、城の入り口のほうで起こった。

 城の庭園にやってきたのは──。

 それはそれは素敵な男性だった。

「ど、どなた? あの立派な男性は?」
「素敵! スーツがよくお似合い!」

 侍女(じじょ)たちが城の入り口前──庭園の中で(さわ)いでいる。

 その注目の男性は、金色の刺繍(ししゅう)がなされた白地のスーツを着ている。

 このスーツが、すらりとした彼にとても似合っていた。

 眉、髪の毛もしっかり整えられている。

 囚人(しゅうじん)──元騎士(きし)団長のウォルター・モートンだ。

 私も彼のあまりの変わりように、腰を抜かしそうになった。

「ど、どこの王子様かしら! こんな星のような男性、お見かけしたことがありませんわ!」
「は、話しかけちゃおうかしら」

 侍女(じじょ)たちが歓声を上げている。

「お、おいっ! 元騎士(きし)団長のウォルター先輩(せんぱい)だぞ!」
「団長だ!」
「見ろ、ウォルターさんだ! に、二年間の牢屋(ろうや)生活から出てこられたのか? 俺たちは、夢でも見ているのか?」

 城の庭園で剣術稽古(けいこ)をしていた騎士(きし)団員たちも、大(さわ)ぎをしている。

 おそらく騎士(きし)団員たちは、ウォルターの無実を知っているのだ……。
 
「ね、ねえ! アンナ! あの素敵なお方は誰?」
 
 ジェニファーがあわてて私のところに駆けつけてきた。

「ご存知でしょう? 私の()し使いである、元囚人(しゅうじん)の、ウォルター・モートン氏ですよ」

 私が胸を張ってそう言うと、ジェニファーは目を丸くして声を上げた。

「えーっ? あの男性って、あんたがもらい受けた囚人(しゅうじん)? ウ、ウソおっしゃい!」
「ウソなんてとんでもない。正真正銘(しょうしんしょうめい)の元囚人(しゅうじん)ですよ。彼に身なりを整えて出てきなさい』と伝えたのです」
「な、な、何で、あんな素敵な方を、アンナのような平民がもらい受けるのよ~っ!」

 アンナは(くや)しそうに、石畳(いしだたみ)の上で地団駄(じたんだ)()んでいる。

「あ、い、いや……。これは参ったな」

 ウォルターは女性や騎士(きし)団員たちに取り囲まれて、(あん)(じょう)困惑(こんわく)している。

「ちょっと通してくれ。会いたい人がいるんだ」

 ウォルターを助けなきゃ!
 
 私は彼に向かって手を振った。

「ウォルター! こっちですよ!」
「アンナ! そこにいたのか」

 ウォルターは私の前に歩いてきた。

 本当に戸惑(とまど)った顔をしている。

 ちょっとかわいそうね。

「何とかしてくれ。大(さわ)ぎだ」
「皆に歓迎(かんげい)されているじゃないですか。良かったわ」

 私はそう言って声をかけた。

 しかし、そのとき──。

「何を(さわ)いでいる!」

 男性の声がした。

 デリック王子が庭園に入ってきたのだ。

 デリック王子は私とウォルターに気付くと、ツカツカと近づいてきた。

「誰かと思えば、お前か? ウォルター。この反逆(はんぎゃく)者め……。牢屋(ろうや)から出ることができて、本当に良かったな!」
「デリック王子、お久しぶりでございます。この(たび)は、牢屋(ろうや)から出していただくという恩赦(おんしゃ)を受けまして、感謝しております」

 ウォルターはギラリと目をデリック王子のほうに向けた。

「お、おお」

 デリック王子はウォルターの眼光(がんこう)気圧(けお)され一歩後ずさったが、すぐに体勢(たいせい)を立て直した。

 王子は私をジロリと(にら)みつけたが、ウォルターが私の前に立って私を守ろうとしてくれた。

「お前を牢屋(ろうや)から出してやったのには理由がある」

 デリック王子は口を開いた。

「俺は明日、ジェニファーとの婚約(こんやく)発表をする。めでたい日だ。だからその記念にお前の罪を軽減(けいげん)させ、お前を二年ぶりに牢屋(ろうや)から出してやることを取り決めた」
「感謝します、王子」

 デリック王子は静かに、それでいて力強く言った。

「それはあなたに対する、私の正当防衛(ぼうえい)が認められた──。そのようにとらえてよろしいのですね?」
「……な、何のことかな?」

 デリック王子は額の汗を()きながらも、ニヤリと笑った。

「に、二年間の牢屋(ろうや)生活は長かったろう。……あっ、そ、そうだ。お前は騎士(きし)団長としてよくやっていた時期もあった。多少は小遣(こづか)いをくれてやってもいいぞ? それとも土地が欲しいか? 荒れ野で良ければな、ワハハ!」

 私は「なるほど」と思った。

 お金や土地を与えて、ウォルターの無実の口(ふう)じをすると……。

 しかし、ウォルターは言った。

「金も土地もいりません。できれば──私は元の職務(しょくむ)復帰(ふっき)したいのですが」
「……職務(しょくむ)復帰(ふっき)? どういうことだ?」
騎士(きし)団長に復帰(ふっき)したいのです」

 おお……。

 周囲にいた騎士(きし)団員たちがため息をついた。

 まさか、二年ぶりに天才騎士(きし)、ウォルター・モートンが騎士(きし)団長に復帰(ふっき)する?

 これは素晴らしいことだ──。

 そのような意味を含むため息だ。

「残念だが、ウォルター」
 
 デリック王子は首を横に振った。

「ジムに聞いたかも知れぬが、現在、騎士(きし)団員は百名おり定員に達している。また、騎士(きし)団長は俺の信頼する男が就任(しゅうにん)中だ。おい、ジャッカル! 来い!」

 デリック王子が声を上げると、庭園にある詰所(つめしょ)の二階のベランダから、誰かが飛び降りてきた。

「お呼びですか、デリック王子」

 地面に降り立ったのは、ひょろりとした背の高い男だった。

「久しぶりだねえ、元騎士(きし)団長のウォルター・モートン君」

 男はウォルターをニヤニヤ笑って見て言った。

「彼は現在の騎士(きし)団長、ジャッカル・ベクスターですよ」

 ジムが小声で私に説明してくれた。

 ジャッカルは細面(ほそおもて)の青年だ。

「おや?」

 ジャッカルはウォルターの後ろに立っている私を見た。

「ほほう、君は……(うわさ)の聖女様、アンナさんだね? 君の治癒(ちゆ)魔法は評判だ。一度、私の古傷(ふるきず)治療(ちりょう)してくれないかな」

 ジャッカルは私に向かって、右手を差し出してきた。

 握手をしてくれ、ということなのだろうか?

 私が握手に応じようか迷っていると、

「ううっ!」

 ──ジャッカルがうめいた。

 ウォルターがジャッカルの右腕を(つか)んでいる!

「……僕の聖女に手を出すな!」

 ウォルターがジャッカルに向かって、低い声で(うな)るように言った。

 ──私は恐ろしい予感がしていた。

(あらそ)い」が起こる──!