「はあ? グール()現象を解明したいだと?」

 この太った医者は私たちを(にら)みつけて叫んだ。

「できるわけねぇだろうが! 俺が二年もかけて研究しているのによ。さっさと帰れよ。邪魔だよ、お前ら!」

 な、何だ、この中年男は?

 本当に医師なのだろうか?

 ラーバスは咳払(せきばら)いしながら言った。

「こ、この方は医師のバルジョ・ゴランボス先生だ」

 パメラは太った中年医師を見やり、眉をひそめている。

 ラーバスは私たちにこの医師のことを説明した。

「ゴランボス先生はジャームデル王国と密接(みっせつ)(つな)がりがある。私の診療(しんりょう)所にも多額の助成金(じょせいきん)を出してくださるのです」
「その通りだ!」

 ゴランボス氏はそう言って、太った腹を突き出して大きく笑った。

「俺はジャームデル国立大学を卒業し医師となった。(うわさ)では聖女とやらがこの街に来たと聞いたが、お前らのことだったのか?」
「は、はい。そうですが」

 私がそう言うと、ゴランボス氏はあからさまに顔をしかめた。

「聖女とかいう(わけ)の分からん(あや)しい団体の役員は、信用ならんね」
「せ、聖女は(あや)しくなんかありません!」

 私が抗議(こうぎ)すると、ゴランボス氏は舌打ちしながら言った。

「俺はまじないの(たぐい)は信じないんだよ。きちんとした大学卒業をして、医師免許(めんきょ)があってこそ、しっかりとした医療(いりょう)ができるってもんだ」

 正論だが……。

 するとパメラが疑問点を口に出した。

「じゃあさぁ、このグール()現象は、ゴランボス先生のお力ですでに解明できたの?」
「……そんなのできたら誰も困ってねえんだよ。だから研究を続けているんだろうが!」

 ゴランボス氏はわめいているが、私は言った。

「今日は私、聖女のアンナ・リバールーンがグール()しそうな患者(かんじゃ)様を()ますので」
「……聖女などよく分からんがまあ、いいだろう。だが、俺の監督(かんとく)のもとでなくちゃダメだ。お前らは医療(いりょう)素人(しろうと)なんだからな」

 そのとき、ラーバスの診療(しんりょう)所から女性看護師のポレッタが出てきた。

「ラーバス先生はお仕事がありますので、私が川の内周(ないしゅう)地域をご案内いたします」
「おお、助かる。俺がこいつらを案内するなんて面倒(めんどう)だ」

 ゴランボス氏は大きく笑った。

 ……ようやくゾートマルクの内周(ないしゅう)地域に足を()み入れられるわけか。

 ◇ ◇ ◇

 朝の九時半、ゾートマルクの外周(がいしゅう)地域の住人の操作(そうさ)()ね橋は下がった。

 ──彼らもジャームデル王国の監視人(かんしにん)だろうか?

 私たちが石橋を(わた)ると、ガラスが割れた家々が目についた。

 家はモルタルと石でできていて古くはないのだが、外壁(がいへき)やガラス、玄関の扉が(こわ)れている。

 (おそ)らくグール()した人たちが(こわ)したのだろう。

「ふん」

 ゴランボス氏は舌打ちした。

「こいつら、夕方から狂暴(きょうぼう)になるからなあ」

 横の家の前にあるベンチには、人が(だま)って座っている。

 地面を見つめているだけだ。

 他にはただゆらゆらと歩く人を、七名も見かけた。

 (かべ)をじっと見ている人が四人もいる。

 みんなグール()から()めてはいるが、正気(しょうき)を失っている状態だ。

「ポレッタ、この内周(ないしゅう)地域に話せる人はいないの?」

 私が聞くと、ポレッタは首を横に振った。

「会話ができる人はいません。……あっ」

 ポレッタは近くの公園の中を見つつ言った。

「あそこの公園にいるのは、二十三歳のリースマン・リングラムさんですね。リースマンさんは昨日、パメラさんを(おそ)った人です」
「えっ! き、昨日のグール!」

 パメラは目を丸くした。

「ガハハハ! お前らを(おそ)った人間が公園のあいつか!」

 ゴランボス氏は笑った。

「よし、許可をだす。あいつなら観察していいぞ」
「冗談じゃないよ……」

 パメラは眉をひそめた。

 しかし、この内周(ないしゅう)地域の人たちはどうやって生活しているんだろう?
 
 ◇ ◇ ◇
 
 内周(ないしゅう)地域の芝生(しばふ)公園に行くと、かなり()せた男性が芝生(しばふ)広場に座っていた。

 彼がリースマン・リングラムという人らしい。

 格好はシャツとズボン。

「おとなしそうだな。昨日、あたしを(おそ)ったグールにはとても見えない……」

 パメラは恐る恐るリースマン氏を見た。

 おや? 昨日は気付かなかったがリースマン氏の髪の毛が短い。

 つまり、髪の毛が整えられているのだ。

「彼の髪の毛はどうしているんですか?」

 私がポレッタに聞くと、彼女は答えた。

「月に一度、外周(がいしゅう)地域の美容師さんが、この人たちの髪の毛を切ってくれるんですよ」
「入浴は?」
「彼らは自分でシャワーを浴びたり、服を着たりすることはできます。グール()する前に自発(じはつ)的にするのです。ただ、シャワーが出しっぱなしになっていたり、ボタンをはめ間違えたりすることはしょっちゅうありますね」

 ポレッタがそう説明したので驚いた。

 自分で入浴や着替えができる……。

「あなたがリースマン・リングラムさんですか?」

 私が聞いてもリースマン氏は座って地面を(なが)めている。

 私は一つの仮説を考えていた。

 彼らに問題があるのは──頭の中──「脳」か?